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君が国を取れ ~辺境領主の転生者、兵法で無双して『闇軍師』と恐れられる~  作者: 久保カズヤ@試験に出る三国志


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第10話:信なれば則ち欺かず


 真っ青な顔色で身を起こし、寝台に座っている一人の老将。目は血走っており、今にも倒れこんでしまいそうだった。

 傍らに侍る人間族の医者はその老将に安静にするよう訴えかけているが、どうも聞く耳を持っていないらしい。


「おぉ、大王様、よくぞ、よくぞご無事で」


「爺や……っ!」


「本来ならば罪深き我が身を縛り、この首を差し出さなければならないところ、斯様な姿で、申し訳御座いませぬ」


「何を言うか、よくぞ生きて戻った。頼む、爺や、医者の言うことを聞き横になってくれ。余をこれ以上悲しませるなっ」


 魔王せつらんの言葉でようやく「爺や」こと「玄牙岱げんがたい」将軍は、申し訳なさそうな顔で寝台に横たわる。

 白い髭は乾ききり、千切れてパサパサになっていた。別れたあの日と比べ随分と痩せこけているが、眼光の鋭さは以前の比ではない。


「先生、将軍の容体は」


「あ、これはご領主殿。恐るべき精神力です。常人ならば指一本動かせない程に衰弱しているはずなのですが」


「とにもかくにも安静にすべき、ということですね」


「はい。これだけの気力があれば、快癒も早いかと。しかしあくまでも安静にしていればの話です。下手に疲労を重ねれば病を招きかねません」


「承知しました。引き続き、よろしくお願いします」


 医者は頭を下げ、部屋を静かに出て行った。魔王せつらんと寧殿は将軍の手を握り、再会を喜んでいる様子だ。

 俺も寝台に近づくと、ふと将軍と目が合う。本当に真っすぐな人なのだろう、その視線だけで何を言いたのかが何となく分かった気がした。


「寧殿、大王様、申し訳御座いませんが席をお外し願えませんか?将軍と、話したいことがあります」


「……分かった、行くぞ、寧」


 二人が退席すると、しんと静かになった。夕の日の光に照らされて、部屋はオレンジに染まっている。

 僅かに、薬湯の臭いがする。席を外したあの医者が、薬を煎じてくれているのだろう。


「西公、大王様をお救いいただき、感謝いたす。先の軍議の場での非礼をお詫びしたい」


「大王様を救ったのは貴方です。貴方の流した血に比べれば、俺の働きなど無に等しい。感謝を申し上げます」


「……多くの兵を、失ってしまった。まとまった戦力を率いて帰還できれば攻勢にも移れたであろうに、なんとも、なんとも口惜しい」


「早速ですが、事態は急を要します。西都で別れた後、将軍達が戦った相手の情報を教えていただきたいのです。恐らくその敵が、この林氏領を攻めるでしょうから。やはり、全千の本軍ですか?」


「いや、その息子の威景の部隊だ。全千軍の先鋒を預かるのは、決まってあの男。我らなど、全千の出る幕ですらなかった」


「威景とは、どのような将なのでしょうか」


「どのような、か。あれは言うなれば、乱世の男だな。父とはまた違った形の化け物だ」


 鄂牙威景。不敗将軍である全千の嫡男であり、全千軍きっての猛将としてその名は轟いている。

 玄牙将軍曰く、その戦ぶりは残虐かつ残忍。しかし将兵の心をよく掴み、軍からの支持は厚かった。


 そんな威景の父と大きく異なる点は「姑息な手段も厭わない」ところにある。

 決戦で強いのは間違いなく全千だが、戦って被害が大きくなるのは威景軍を相手にしたときなのだとか。

 勿論、威景も天下に名だたる豪傑であり、侮れない将であった。


「西公、林氏の持ち得る兵力は」


「我が領内で徴兵し、出征に出せる兵数は最大で五万人ですが、これはすぐに集められる兵数ではありません」


「林氏は中央より常時、十万の国境警備軍を借り受けているだろう。非常時だ、そこから引き抜けば更に増やせると思うが」


「彼らは東方の生まれであり、林氏領が故郷ではありません。それに兵役の年数は一年と定められており、その任務も国境警備のみなのです。つまり戦う理由がない」


「そんなことを言ってられる場合ではないだろう」


「そう、そんなことを言っていられる場合ではないからこそ、規則は守る必要があります。しんなればすなわあざむかず、とも申しますし」


「なんだそれは」


 かの有名な軍略家「太公望」の言葉をまとめた兵法書「六韜」の一節。

 指揮官に威信があれば、兵士が指揮官を欺くことは無い、という意味である。


 戦いに勝つには、兵士が指揮官の命令通りに動くことが重要であり、その為には兵士からの信用が重要である。

 この指揮官は信じるに足る人だと。そしてその「信」を得るために最も重要なことが「約束を守ること」だ。


「信用無き指揮官に、兵は従いません。兵が従わねば、戦に勝てません」


「全千軍の兵は、一人で同族を十人倒せるほどの精鋭揃い。分かっているのか。戦は、とにかく数だ」


「分かっています」


「……ならば、良い。色々と言ってはみたが、この一連の戦いの中で敵に一矢を報いたのは西公だけだ。大王様のあの顔を見て分かった、貴殿は信じるに値する。これよりこの玄牙岱は西公と大王の駒として働くことを誓おう」


 俺の腕を握り、引き寄せる。大鬼族らしからぬ小柄で細身の体だが、その力はやはり強い。

 危うく体勢を崩しかけつつ、俺は腰を曲げて将軍に顔を近づける。将軍の充血した目には、涙が見えた。


「その上で、頼む西公。儂を、再び戦場に出してくれないか」


「先程、医者にも言われたでしょう。大王様からも。今はとにかく休むことだけを考えて──」


「──もう儂には、何もないのだっ」


 押し殺すような小さな声の、悲痛な叫びだった。

 俺の腕を掴んでいる手は小刻みに震え、次第に力が抜けていく。


「この戦いで、息子は蒼嶺巌そうれい がんと共に討死し、孫はこの敗走の中で、儂を庇って死んだ。目の前で、腹を槍に貫かれた」


「……」


「もう何も残っていないのだ、儂には。大王様のため、死んでいった者達のため、一人でも多くの敵を殺すことだけでしか、儂はもう生きていられんのだ」

 

 将軍の眉がひしゃげ、涙が溢れる。二人だけになったからこその涙なのだろう。

 ここで俺は、将軍になんと言葉をかければ良いのかが分からなかった。


 前世は戦争のない平和な国で生涯を暮らし、今世もまた色々大変だが恵まれた立場にあった。

 そんな俺に、老いてから全てを失った玄牙岱殿の気持ちはやはり理解しえないものだ。


 本音を言えばゆっくりしてほしい。怨恨に身を染め、戦場の亡霊となってほしくはない。

 しかし俺がそれを言って何になる。そんな慰めが欲しくて、将軍は俺に、俺だけに涙を見せているわけじゃないだろう。


「将軍、もう何も残っていないのであれば、これから新しく作れば良いのではないでしょうか」


「……なんだと」


「魔王、鄂牙雪蘭は王都を追われ、林氏領に逃げ込んだ。しかしそこから魔王は賊軍を討ち果たし、再び天下を一統する覇者として君臨することになる。そしてその魔王軍で最たる戦働きをした将こそが、玄牙岱であった。どうです?こんな歴史書を作ってみたくはありませんか?」


「そんなこと、本当に出来るのか?」


「勿論、簡単ではありません。そしてそんな茨の道の中で功労者になるには、最も過酷な役目が与えられます。ま、老人には酷な役目ですのでご無理をなさらずとも」


「抜かせっ!!」


 声を張り上げたと思ったら、すぐに口角を上げる。良かった、ちょっとだけヒヤっとしちゃった。

 我ながら安い挑発だと思う。しかし、こういう老人はたぶん"挑発"が一番燃えるのだろう。


 悲痛な面持ちに、闘志が宿る。

 どれだけ踏みつけられようと、闘志を宿せる将を名将という。俺はそう思っている。


「……次の戦は近いのだろう。ならばそれまでに槍を振るえるようにしておく。そのときは西公、儂に最も過酷な役目を与えよ、良いな」


「老いて益々盛んな御方だ。ただ、本当にご無理はなさらず。大王様にこれ以上、涙を流させないでください」


「貴殿が居る。もう、大王様は大丈夫だ。だから存分に無理をさせてもらうぞ」


 笑ってくれてはいるが、果たして、俺が将軍にかける言葉はこれで良かったのだろうか。

 俺はこの老将を見て、まだこの将は戦えると喜んでしまった。使えると、思ってしまった。


 そして、地獄を潜り抜けてきたこの人を、俺は再び地獄に突き落とそうとしている。

 そうしないと切り抜けられない死地に居るのだ、甘えたことを言うつもりはない。それは分かっている。


 でも、だったらなぜ、俺はこうして将軍と顔を見合わせて笑っていられるのだろうか。

 もう日が沈む頃。湯気の立つ薬湯を携えた医者が、静かにガラリと戸を開けた。


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面白いと思っていただけましたら、レビュー、ブクマ、評価など、よろしくお願いします。

評価は広告の下の「☆☆☆☆☆」を押せば出来るらしいです(*'ω'*)

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