予期せぬ遭遇
「……次はこれ着て」
「……そろそろ十着目だぞ」
「まだまだ」
昼食を終え、今日の一番の目的である服選びに来たわけだが、全く終わる気配が無かった。
最初、三着持たされて更衣室に押し込まれた。まぁこれで良いかと俺は思ったのだが。
「なんか違う」
という一言共に次々と服を押し付けられ、早着替え競争の練習でもさせられているのかと、次々と普段自分が絶対に選ばないような服を着させられた。
「なぁ雪夜。これは多分納得できる奴が見つからないパターンだ。どこかで落としどころを見つけないと」
「そんな中途半端な理由で将暉くんは勝負服を決めるの?」
「でもよ……」
見た目の良し悪しなんて直感というかぱっと見の印象でしかない。
まとまっているかとか、派手過ぎないかとか、そんな感じだ。
そういう意味では、雪夜の選んでくる服はある程度俺の趣味を反映してくれている気がする。暗に『地味』と『落ち着いた大人っぽさ』は違うと教えてくれているとも取れるが。
「それとも、ピンと来たのがあったの?」
「それなら、これだけど」
「黒か。やっぱり黒か。まずは黒から卒業しようか」
「え?」
「暖色系も選べるようになった方が良い」
「……俺には明るすぎないか?」
「今日、将暉くんに許した返事ってなんだっけ?」
「はい」
「良い返事」
押し付けられた服を手に大人しく試着室のカーテンを再び閉じた。年上の威厳なんてものを気にしたことは無かったけど、
明るいオレンジのジャケットの中に黒いTシャツ。鏡を見てもコラージュ画像を見ているような違和感を覚える。
「着替え終わった?」
カーテンからひょっこり顔を覗かせる雪夜が鏡に映っているのに気づいて振り返る。上から下まで見下ろし、「なるほど」と頷いて。
「これはまだ早いね」
やけに優しい顔で雪夜は首を横に振った。
「うん。決めた。わかったよ」
そして雪夜が選んだ最初の組み合わせは俺の好みより若干明るいもの。水色のジャケットにベージュのズボンだった。
「眼が死んでる。姿勢は良いのにな。剣道、やってたんだっけ」
「うん。知ってたんだ」
「よく素振りしてるじゃん。今でも」
頬を掻く。頑張っているところを見られるということに、変な気恥ずかしさがあった。
あと二セット買う予定だ。あと二つ、どれにしよう。誤魔化すように店内を見回す。見回してふと、引き寄せられるように店内を歩いている人と目があった。その人はこちらに向けて歩いていた。
「やっ、見つかっちゃったか」
「佐倉さん……奇遇だね」
「そだね。奇遇だ」
そう言いながらも佐倉さんの視線はチラチラと雪夜の方に向いている。
「あ、えと。従妹の雪夜。中学生。雪夜、この人が佐倉さん。クラスメイト」
「雨音雪夜です」
「佐倉未希。よろしくね。そうだ、ちょっとおやつ食べない? 近くに美味しいコーヒーが飲めるところあってさ」
「コーヒー……」
「ん? 雪夜?」
「ううん……行きます。是非、コーヒー飲んでみたいです」
「飲んだことないの?」
「まぁ……ちょっと」
曖昧な笑みを浮かべて雪夜は買うと決めた服を三セット手に取りながら財布を取り出す。
「え、ちょっと。待った待った」
今日の支払いは俺と言う話だった筈なんだけど。そんな言葉も耳に入らないのかそのままレジに突撃していく。
「可愛い従妹さんだね」
「え、あぁ、うん」
「ふふ……」
振り返った先、佐倉さんの笑みにどこか凄味を感じるのは気のせいだろうか。レジで支払いを済ませる雪夜に向ける視線にどこか鋭さを感じた。
そうこうしている間に雪夜が戻ってきて、服が入った紙袋を押し付けてくる。
「行きましょう!」
「うん!」
ズカズカと競い合うように店を出ていく二人、その圧に休日の人だかりにモーセが海を割るかの如く道が作られる。声をかけるタイミングを伺っていたと思われる男たちもスーッと身を引いて、俺は慌てて二人の後を追った。
佐倉さんに連れられて訪れたカフェは、ショッピングセンターの隅に隠れ家のように、秘密基地のようにポツンとあった。店内は落ち着いた雰囲気の木目調のデザインで、明るくは無いが静かで長時間ぼーっと過ごすには良い場所に思えた。
目の前に並べられたコーヒーとサンドイッチ。横目で見ると雪夜はモグモグと両手で持ったサンドイッチを小さく口を開けて少しずつ押し込んでいた。
静かに、唇を湿らせるようにコーヒーを一口。こういう喫茶店に来たことないからなのもあるだろう、一人で来れば多分楽しめたのだろうが、今はどうにも、一挙手一投足に神経を配ってしまう。
「従妹同士二人で出かけるって仲良いよね」
そんな沈黙を破ったのは佐倉さんだった。
「将暉くんがいつまでも服を買い替えないから」
「あるもの使えば良いと思ってな」
「桐藤さん、ここ半年で随分と雰囲気変わりましたからね」
「え、あ……」
言葉が出てこない。金縛りにでもあったかのようだ。見てくれているなんて思っていなかったから。
「どうしたの?」
「あー、いや……そう言ってもらえるとは思わなかったから」
「事実じゃん」
クスクスと微かな笑みをこぼして。
「わたしはちゃんと見てたし知ってるんだよ、君のこと」
「う……」
「ふふ……苦しそうな顔してる。初めて見たかも」
「……なぁ、聞きたいんだが」
「教えないよ」
「まだ内容は」
「わかるわかる。わたしと君がなんの勝負してたかって話でしょ。気にしなくて良い。わたしだけがそのつもりだったって話だからさ」
思考を巡らせる。重要なヒントな気がしたから。だけど、佐倉さんが俺を意識する要素ってなんだ。
「本当にわからないんだね。まぁいいや」
ぴょんと立ち上がった佐倉さんの皿もカップも既に空で、え、いつの間に食べた?
トンと軽く机に叩きつけられた手、グイっと近づけられる顔。大きな瞳が捉えて離さない。呼吸すら触れ合うような距離。小さく告げられる言葉すら耳にはっきりと残った。
「嫌でも視界に入れるから」
それは宣戦布告なのか。言われた言葉の意味に辿り着けないまま、遠ざかっていく背中をただ見送ることしかできなかった。
「ふぅん」
そんな俺の横で、どこか不機嫌そうに雪夜が鼻を鳴らす。
「あー、ごめん。居づらかったよな」
「別に」
そう言いながらも不機嫌そうな表情のままマグカップを持ち上げ微かに傾ける。じっと黒い水面を見つめ、「よしっ」となにやら気合いを入れて口を付け。
「~~~~~~~!!!」
「だ、大丈夫か?」
顔は見えない。長い髪がカーテンのように、俯いた雪夜の表情を隠した。
「雪夜?」
プルプルと微かに震えて、ゆっくりと顔を上げた雪夜の目尻には微かに涙が浮かんでいた。
「にぎゃい」
「あー……砂糖とミルク入れてないんだ」
「子どもっぽいじゃん」
「そんなことないでしょ。カフェラテだってメニューにあるし」
「アメリカンとかエスプレッソとかブルーマウンテンとかよくわからないから一番上のを頼んだだけだもん……」
そう言いながら雪夜は角砂糖を溶かしミルクを注いで一口、ほっとした顔を浮かべる。けれどすぐに不機嫌そうな顔でこちらを見上げ。
「じろじろ見て、何?」
「ん? あぁ。悪い」
「別に良いけどさ」
「あ、そうだ。服代。ここで返すよ。レシートある?」
「……別に良い」
「いや、そういうわけには」
「良いの!」
「わ、わかった」
無理にでも金を押し付けようとすればそのまま怒って帰って家の中が険悪になりそうな雰囲気だ。それは避けたい。
「かっこよくなってくれれば良いの」
思わず息を飲んだ。ぼそっと呟かれた言葉も静かな店内だからはっきりと聞こえてしまう。
時間にすればほんの三秒だろう。でも、言葉を絞り出すまでに季節を三週ほど巡ったような気がした。顔が熱い。頭を冷やそうとしてお冷を流し込む。冷静になってでもやっぱり顔が赤くなってる気がする。
「あ、えっと……食べ終わったらどこか行きたいところあるか?」
結局、誤魔化すように話題を変えることしかできなかった。雪夜も小さく息を吐いて態度を緩めて。
「んー……目的は果たしたし個人的な買い物も無いし、帰ろうかな……」
「結局一日俺の買い物ばかりだったし、雪夜も欲しいものあったらついでに見ようぜ」
「良いよ。課題したいし。手伝って欲しいな」
「わかった」
服代は別の機会に返そう。
帰り、雪夜はすたすたと俺の前を歩いて行く。その背中を眺めながらぼーっとさっきまでのことを振り返る。
なんか、どっと体力を持っていかれたような気分だ。肺の中身を全部吐き出すように息を吐いた。
「なに? ため息なんかついて」
「いや、あっという間だったなって」
「何が?」
「今日が」
「そう……楽しかった?」
「どうだろ」
「なにそれ」
振り返った雪夜の目に過ぎったのは怒りではなく不安の色だった気がする。
曖昧な答えは好きでは無い。今日感じた事、胸の内に浮かんだ感情をどうにか一言にできないか、なんて考えてそして。
「楽しかった、な」
充実していて、そして目まぐるしい休日なんて随分と久しぶりな気がして。
「うん。楽しかった」
「そう」
雪夜が微かに微笑んだ気がした。ほんの一瞬、残り香のような気配だけ残して雪夜は踵を返し、迷いの無い足取りで心なしかさっきまでよりも軽やかに歩いて行く。




