本気が伝わる
夜。こっそりと家を抜け出す。堂々と出て行っても、多分何も言われないけど。
これで仕上げだ。終電には間に合うだろうけど、一応タクシー代の用意もして行こう。ちょっとギリギリの時間だ。
向かった先は雪夜の中学校の教職員用の駐車場。校舎の壁に身を隠しながら様子を伺う。
「……来たか」
高橋が自分の車に向かっていたところで立ち止まる。自分の車をガラの悪い奴らが囲んでいることに。
「おー先生さんよー、話が違うじゃねぇか」
「どうなってんのマジで? なんで追い出されなきゃいけないんだよ、ん?」
そう言いながらバンっ! と音がする。大方ボンネットを思い切り叩いたのだろう。
「とりあえずお小遣いくれよ」
「あんたで遊んだ後あんたの娘さんと遊ぶことになってんだけど、どうせなら一緒に遊ぶか? ん?」
その時だった。
十人ほどの警官がぞろぞろとその場を囲んだのは。
「なっ、は? 嵌めやがったのてめぇ」
「不法侵入? こいつに用があっただけって」
「器物損壊って別に傷ついてねぇだろ見ろよ」
そこまで聞いて俺はその場を後にする。ここからはもう、俺の関わることではない。
考えていた経路の通り誰にも見つからないように学校を出た。
「終わったの?」
「あぁ……って、佐倉さん!?」
「こんばんは。酷いなぁ、驚き過ぎじゃない? 通報してあげたの誰だと思ってるのさ」
「それはそうだけど。来るとは思わなくて。一旦離れよう」
「うん」
それから二人で近くのコンビニまで走る。これ以上関わるのは避けたい。
なんとなく二人でアイスを買って店を出る。どちらからともなくアイスで乾杯した。
「当たり前のようにダッツなんだ」
「新しい味出てたから」
「結構普段から買ってる人の発言じゃん」
「雪夜が好きなんだよ」
「ふふ……どうなるかな?」
「あいつが娘さんのことで脅されていたとか、それで金を毟られてたとかそういう証拠が出ればしばらくは出てこれなくなるのかな、どうだろ、主犯だけ捕まって取り巻きは軽めとかありえるかな。そこらへんはわからないや」
俺の提案は娘さんの安全が少しは確保できるかもしれない、あいつらをある程度不意打ちで一網打尽にできるかもしれない、そんな手段だ。
文化祭をあいつらの目論んだ通りの展開とは真逆の結果で終わらせる。つまりは雪夜の屋台が大成功で大盛況で終わらせる。
同時に、娘さんを親の実家なり旅行なりなんなり、とにかく県外とかそういうすぐには手を出せない場所に遠出させる。そこら辺の予算はその場で手渡した。「できません」なんて言わせないために。結局脅してる。金を使って。
確実に実行させるためにその場で電話で奥さんには今の状況を説明させた。ちょっと贅沢な旅行できるように、予算を追加したところで「わかった、わかったからもういい!」なんて言いながら電話を始めた。
金を突き返そうとする高橋に「それは手切れ金でもあるから」とだけ言う。意味が分から無さそうな高橋に続けて「この件に俺たちが関わったことは口外するなってこと」と言うと、高橋は壊れたからくり人形のようにただガクガクと首を縦に振った。
あとは文化祭が終わる頃に来るであろうあいつらからの文句に対して完全に無視を決め込むように指示した。。
警察には俺が連絡しようと思ったが佐倉さんに「わたしが演技するから良いよ」と。学校の駐車場に怪しい人たちがいる旨を伝えるようにだけ言った。
「なんで来たの?」
「本当に怪しい人たちが駐車場に来てなかったら悪戯電話みたいじゃん。来るように仕向けたけど本当に来るかどうかは別の話。もし来なかったら車の後部座席にでも隠れて一緒に家まで行くつもりだったんでしょ?」
「それは……その通りだけど……ならやっぱり元々現場に来る予定だった俺がやるべきだったじゃん」
そう言うと、佐倉さんはどうしてだろう、笑っているのに、目がどこか寂し気で。
「まだわたしのこと、視界に入れてくれないんだ」
なんて言う。
どうしてだろう。どういう意味なのだろう。
「視界に入れさせるって……でも」
俺は佐倉さんのことが……。
「意味はまぁ、わからないだろうね。……君にとってわたしはもう、とっくに無視できない存在なのにって。これ以上何を求めるんだって感じだよね」
そう。その通りだ。でも、それでも、わたしは……佐倉未希は、あなたの視界に、桐藤将暉の視界に、わたしを入れたい。
あなたが無視できない存在になりたい。
一緒にピザを食べてからの今日までの日々の中で、改めて思ったんだ。あなたが見てる世界に、あなたの描く物語に、わたしを登場させてみたいって。
肝心な時、当たり前のように一人で行動しようとするのは、きっと自分の世界に誰もついて来れないって思ってるから。あなたの世界にまだ、わたしはいないから。傍にわたしはいるけど数に入れてない。いないのと一緒だから。
一年生からずっと、定期試験では一位を譲ったことが無い。でも多分、そのことを彼は意識していない。当たり前だから。水が上から下に流れるように。この程度の試験で桐藤将暉が一位を逃すわけがない。だから興味が無い。順位表を見に来た姿すら見たことが無くて、たまたま通りがかっても見向きもしない。目の前の出来事に興味が無くて、どこか遠くを見ている。
そんな彼の見ている世界を、当たり前を、壊したかった。
「君の視界に髪の先くらいは入り込めたと思うんだ。だから今度のテストで全身入れて見せるから」
「テスト……?」
やけにこだわるな、テストに。
「不思議そうな顔するね、定期試験の総合得点の順位、二位の名前すら知らないんじゃない?」
「二位……?」
思い出してみる。
記憶を呼び起こす。必死に呼び起こす。映像記憶だ。定期試験、廊下に張り出される順位表。俺の順位は一位で、そして佐倉さんの話から推察するに、俺が見るべきはその下。確かそこには……佐倉未希!
「……二位、か」
「! 思い出したんだ」
「無理矢理、順位表を見た時の記憶を辿って、映像で呼び起こして」
「なんだろう、脳の機能レベルで差を思い知らされた気がする……そう、この一年ずっと君が一位でわたしが二位なの。だから今年は負けないよ」
思わず息を飲んだ。佐倉さんの本気が伝わってきたから。敵意でも害意でもない。爽やかな対抗心。ただ純粋に本気で勝ちたいという気持ちがこれでもかと伝わってくる。初めてだった、誰かに本気の目を向けられたのは。
「でも、手を抜かないでね」
「え?」
「今、それなら自分が二位でも良いか、とか考えてそうな顔していたから」
「あ、いや……」
俺は今、そんな顔をしていたのか?
「そんなことでもらう一位に、意味は無いから」
「それは、うん。もちろん。わかってる……わかってる。わかってるよ」
そう、わかっている。でも、気圧されたのは事実かもしれない。こんなんじゃダメか、いつか負ける。そんな気がした。
いつだって、どんなことだって、本気になれる人が一番強い。多分、きっとそうだ。そうでなければ、せめてそうでなければ、あまりにこの世界は救いようがない。
「わかった。勝負しよう、次のテスト」
「ううん。次のテストだけじゃない、卒業まで、模試だってなんだって、すぐにそっちを挑戦者にしてあげるから」
それから、佐倉さんを家まで送った。
会話は無かった。気まずい沈黙ではない。無理に何か話す必要はない、そんな沈黙だ。
「それじゃあ、週明けに」
「あぁ」
「良い目してるね」
「え?」
「あーあ、わたし、自分で難易度上げちゃったかなぁ」
「良い目……?」
「うん。君のそういう目を見たかったの。じゃないと、視界に入れてもらえないから。ちゃんと、目の前見てる」
それから、帰ってきて勉強机に座った。家で教科書を開いたのは久しぶりだ。テストなんて、ただ問われたことに答えを返すだけの作業だった。その作業の点数で本気で競い合うなんて初めてだ。




