大変な思い出ばかりでなく
「お兄さん! どんどん焼いてください!」
「あぁ、任せろ」
お昼時、需要が高まったのだろう。午前中のトラブルが嘘のように、お肉が飛ぶように売れていく。
保健室に行った雪夜の代わりに俺が肉を焼く。肉の焼き加減は散々研究した。炭と網があるのだ。美味しく焼いて見せるさ。熱いしマスク付けてるし若干苦しいが、この程度。俺のテクに乱れはない。
愛季も調味料の加減に慣れてきたようで、列も順調に捌けてる、と思う。
「将暉くん、ごめん、お待たせ。ありがと」
声に顔を上げると、どこか憑き物が落ちたような顔をした雪夜が屋台の裏に入ってくる。
「すごい行列だね」
「佐倉さんの知り合いの子が自分のクラスから三人派遣してくれて。呼び込みしてくれた。立地も良いからどんどん行列できてね」
「その佐倉さんはラムネの売り子手伝ってくるって」
「そっか。……大丈夫なのか?」
「うん。痣も残らなさそうだから来週の撮影も問題なし」
体操服をちらっと上げて見せてくる。若干赤い気がするが、確かに大丈夫そうだ。というかなんか目に毒だな。思わず目を逸らしてしまう。……あぁ、なるほど。
「そっか。夏だし、へそ出しとかあるか」
「……見たいの? 雪夜のへそ出し」
「そうは言ってない」
「見たくないんだ」
「……そうも言ってない」
「あはは、ごめん。じゃあ、代わるね」
「あぁ……いや、しばらく一緒に焼こう。多分手が足りない」
「ん。ありがと」
見なければいけないものが減って少し楽になるから、口を動かす余裕が出てくる。
「雪夜、なんで、その……」
「雪夜がやらなかったら、将暉くんがこうするつもりだったんでしょ」
「……どうしてそう思う?」
「だからコンロを奥に配置したんでしょ。怒らせて、暴れさせても、大きな被害が出ないようにするために」
「……そういう考えはあった」
目的が変わっただけ。暴力沙汰があった時の対策か、暴力沙汰を誘っても問題の無い配置かの違いだ。
「将暉くんがどうやって勝つか考えたら、これしか浮かばなくて。そこから逆算したんだ。その証拠に。お腹、見せてみてよ」
「え?」
「さっき雪夜のお腹見たでしょ」
「……はい」
正確には見せられたんだが。大変良いものを……じゃない。同居してる女子中学生の従妹相手に思う感想じゃないだろ。
「ほれ」
「だよね。なんかお肉焼き辛そうだったし」
俺の腹には、雑誌が仕込まれている。囲んで殴られても腹は雑誌に任せて顔や頭を守れば良いとか考えていた。取り出すタイミングを見失い、さっきから邪魔になってたが。
「よく見てらっしゃる」
「答え合わせはね、佐倉さんと保健室で大体やったんだ。でもね、いくつかわからないことがある。教えてくれる?」
「俺に答えられることなら」
「じゃあまず。高橋先生のこと、なんで雪夜に教えてくれなかったの?」
「……あー」
「将暉くん?」
「雪夜には見せたくないやり方で事を進めようとしたから、かな」
「どういうこと? 良いよ。約束する。愛季や佐倉さんの様子を見てても、将暉くんへの感情が変わった様子見えないし。きっと将暉くんが考えすぎなだけ。雪夜も嫌わないよ」
「実は俺、結構金はあるんだ。それを使って、ある意味脅したな、結果的に」
「ふぅん。それだけ?」
「うん」
「なんで?」
「もっとスマートに解決したかった。大金チラつかせて脅すのは……なんか違う」
「ふぅん」
上手く言えない。雪夜の前ではカッコつけたい。雪夜には胸を張っていたい。それだけなんだけど。結果的に隠し事になってしまって少し複雑な気分だ。
話しながらも肉は次々に焼き上がり皿に並べられていく。
「? 脅したの? 佐倉さんの話では大分事情が違うみたいだけど」
「ある意味脅したようなものだよ」
「そこら辺の話、詳しく聞かせてよ」
「……明日で良いか?」
「なんで?」
「実を言うと、まだ終わってないから、かな。終わってからまとめて話そうかなとは思ってた」
「ふぅん」
顔を上げなくてもわかる。雪夜は今物凄く不機嫌な顔してる。
「じゃあ、期待して良いんだ、今日が終わったら」
「あぁ」
そのつもりは無かったが、一から十まで俺の口から話さなければいけないことが決まった。
それから、油が跳ねる音だけがこの場を支配した。頭に巻いたタオルにどんどん汗が染み込んでいくのがわかる。深く息を吸い込んだらむせるのがわかる熱気の中、黙々と手を動かし続けた。そして、やり続ければ少しずつゴールが見えてくるもので。
「あの、さ」
「雪夜、一旦愛季のフォローに入ってくれ。肉焼きは追いついたから列を捌きたい。ん? 何か……」
「ううん。あとで良い。わかった」
それから三十分ほど、在庫の肉も底を見えてきた頃だろうか。
「やっ」
「やほ」
佐倉さんと草野さんが屋台に入ってくる。
「交代だよ」
ポンと草野さんに背中を叩かれる。
「交代って、佐倉さんはともかく、草野さんは……」
「まぁ、佐倉っちの友達だし」
「最後くらい、この出し物のために働かせて欲しいな。桐藤くんたちも少し、文化祭楽しんできなよ。大変な思い出ばかりじゃなくてさ」
佐倉さんの目は、雪夜の方を向いていた。そしてゆっくりと俺の方を向くと。
「ね?」
「文化祭か。何を見れば良いんだろうな」
「えー。そんなこと言っちゃいます? お兄さんがわからなきゃ、中学生のあたし達にわかるわけ無いじゃないですか」
「そうは言ってもなぁ。雪夜は見たいところあるか」
「えっと……ごめん、そもそも他には何やってるかわからない」
もうすぐ一日目も終わる時間。閑散とし始め、出し物を出す側も片付けと明日の準備を意識しだす時間だ。
「俺たちもテントを残して撤収しなければいけないしな。佐倉さんには肉が売切れたら連絡してくれと言ってある。まぁ、三十分くらいだろうな」
「そっか。じゃあ、展示ゆっくり見て回りましょっ、文化祭の空気だけでも楽しいですよ、きっと」
そう言って愛季は笑う。
この、ただ話しながら歩くだけの時間が楽しいと言わんばかりに。
それから。
「雪夜ちゃん、お化け屋敷空いてるみたいだけど……」
「無理です」
「まだ誘ってもいないよ?」
「興味があるならお一人でどうぞ」
「わ、わかった。うん。やめておこうね」
パズルを解くと料金が無料になるというカフェがあったので覗いてみたら。商品が予定数捌けなくてヤバいと泣きつかれて。
「……よし、ケーキ無料。これも……よし、コーヒーも無料だな」
「え、マジすかお兄さん。あたしのも良いですか?」
「組み木パズルか。難易度高いの選んだな。あぁ、パフェなら納得だな。はい」
「話しながら解いちゃいましたよ。この人こわい。雪夜ちゃんは……」
「えっと、こうして……こう。あ、できた。やった、紅茶とマカロン無料!」
「雪夜ちゃんのってスライドパズルですか? 苦手なんですよね。家に多分ぐちゃぐちゃの奴放置されてます」
「おっと、佐倉さんから連絡だな。食べたら出よう」




