いつまでも誰かの後ろに
「雪夜ちゃん、どうしよう」
「大丈夫。とにかく準備しよう」
もうすぐ、将暉くんがもうすぐ来てくれる。お店を始められるから。
先生達と不良達はまだ言い争っていた。怒鳴っても不良達はヘラヘラと笑って退こうとしない。ただ、剣呑な雰囲気だけが広がっていく。
さながらそこだけ立ち入り禁止された場所のように、文化祭に遊びに来た人たちは気まずそうに離れて歩いた。
これが狙いなのだろうか。ここは昇降口の目の前。校舎内の出し物にアクセスできる場所。だから、ほぼ確実に来場者は通る。つまり、とても目立つ場所。
……いやだな。
このまま待ってても、将暉くんが何とかしてくれる。それは間違いない。けれど。
将暉くんなら、大人しく助けられるのを待つなんて、しない。
多分、もうすぐ警察が来てこの不良たちは連れて行ってくれる。でも、それでも。
少しだけ顔を上げて目線を動かせば、そこには雪夜たちのクラスメイトの子たちがスマホをこちらに向けながらニヤニヤとこっちを見ている。
昨日、将暉くんの帰りは遅かった。今日のために何かをしてくれていたんだと思う。現に、高橋先生が朝、手伝ってくれた。何があったのか聞けなかったけど。
今日この日、将暉くんならそうすると思って、出店することを選んだ。
けれど、助けてもらって今、ここにいる。全部、全部助けてもらった。将暉くんは「何も気にせず成功させて来い」って言ってくれた。
でも、本当にそれで良いの?
良くない。
だって、この企画の中心にいるのは、雪夜だから。
いつまでも、誰かの後ろに隠れていられないから。
「愛季、お願いしても良い?」
「ん? 良いよ」
愛季は肉に目を向けたまま、焼く手を止めず、あっさりとそう言う。
「まだ内容言ってないよ」
「雪夜ちゃんが頼ってくれたの嬉しいから、良いよ」
「……いつか騙されるよ」
「良いよ。雪夜ちゃん、悪いことできない子だし」
「なにそれ」
「雪夜ちゃん、頑張ってね」
「? うん。じゃあ、お肉、お願いね」
警察が到着した。だから、あとは彼女たちだ。
不良達がいなくなり、屋台の前はすっきりと、ようやく平常の景色を取り戻した。
愛季が一昨日と昨日丸っとかけて完成させた看板がきっとよく見える。
「よし」
騒ぎが収まっても、お客さんがすぐに来るようになるわけではない。妨害の効果を実感する。
雪夜の視線に気づいたのか、向こうから来てくれる。三人、ニタニタと笑みを浮かべている。
「雨音ちゃんさ~困ってそうだね」
「別に」
「うちら手伝おっか?」
「必要ない」
「え~」
「それよりも、カメラ向けないでくれない」
「読モでしょ? 常にカメラ向けられてると思わないと」
「許可ない撮影は断ってるから」
今度は自分たちで屋台の前を占拠するつもりか。
制服着ている分、質が悪い。来場者から見れば外部の人たちを相手するつもりなく、身内で駄弁っているだけに見えるだろう。近づきづらい。さっきの不良達とは別の理由で。実情は違えど、傍から見れば、仲間内で盛り上がっているように見える集団の中には入りづらいはずだ。
将暉くんならどうするか。
ようやく表に出てきた黒幕を落としに行かないわけがないと言うはずだ。
どうやって? 息を一つ吸って、吐く。
愛季。雪夜のこと悪いことできなそうって言ってたけど、別にそんなことないよ。
今から見せるね。
「あのさ、暇なの? 一時間もこっちジロジロ見て。彼氏ほしーとか言ってたのに。もうすぐ夏休みだよ? できなかったんだ。だから仲間内で集まって冷やかし? 寂しいね。女友達三人でプールや海で逆ナンでもするの?」
「は?」
「それともさっき連れてかれた人たちが彼氏? 付き合う人くらい選びなよ。あ、もしかしてこの屋台見てたんじゃなくてそこでナンパ待ちしてた? ごめんね、気を使わせちゃって。雪夜たちのこと放っておいていいよ。売れるといいね、とりあえずそのニタニタ顔やめたら? 二重顎できてるよ。笑顔の練習くらいしたら? 下手くそ」
「っ、てめっ」
意味が分からないだろう。急にこんなこと言われても。でも、感情が行動に直接つながるタイプらしい。
「いつっ」
長机が音を立てて蹴り倒される、長机に足を取られる形で尻もちをついた雪夜のお腹に鈍い痛みが走る。
「ぐっ」
胃の中身がせり上がってくる。どうにか飲み込んで押し戻しても喉の奥が酸っぱい。歯を食いしばって耐える。耐えてるのに、何で目の奥から熱い何かがこみ上げてくるんだ。
「この! 景品のくせに! この!」
何度も、何度も、踏みつけられるように蹴られる。腕で庇っても伝わる衝撃は、先ほどまでの吐き気を思い出させて、飲み込むものが無くても飲み込んだ。
「雪夜ちゃん!」
「雪夜!」
将暉くんと愛季の声が聞こえる。
「くそっ、お前がいなかったら、この!」
あ、せっかく愛季が描いてくれた看板が。
そこまでさせるつもり、無かったのに。
でも。
蹴りはすぐに収まった。愛季が羽交い絞めにして抑え込んでる。他の二人は将暉くんがにらみを利かせていた。
「雪夜ちゃん、大丈夫?」
半身を起こしてくれた佐倉さんに小さく頷きを返すとほっと息を吐いて。
「もう……無茶して」
「え」
温かい。人肌の温もりだ。なんだろう。柔らかい何かに頭を包まれてる。
抱きしめられているのに気づくのに数秒かかった。
「うぅ」
え、泣いてる? 泣いてるのは雪夜じゃない。
「もう大丈夫、大丈夫だから」
「あ、あの」
「一緒に保健室行こっ、ね」
「はい……あ」
……先生方、何度もすいません。校舎から飛び出す勢いでかけてくる先生方を見て心の中で謝った。




