妨害から始まる文化祭
開場の三十分前に駅前で佐倉さんと合流した。
最近、佐倉さんと一緒にいる時間が随分と増えた気がするが、それでも、顔を見た瞬間に心臓は心地よく高鳴る。待ってる時間すらいまだにソワソワしていて、そんな時間すらニヤニヤしてしまいそうな自分がいる。人混みの中ですら、佐倉さんだけ輝いて見える。
「やっ、おはよ」
「おはよう」
「じゃあ、今日も頑張って行こうか」
「あぁ」
「なんだか、桐藤くんって頼もしいね」
「急にどうした」
「んー、昨日思ったんだけどさ。いや、昨日ついて行ったのに任せきりだったなぁって」
「気にしなくて良いよ。そもそも俺が言い出したことだから。それに佐倉さんには今から頼ることになるし」
「でもさ、愛季ちゃんは危ない役割だったし。わたしは別に、難しいことでもないし」
佐倉さん、もしかして落ち込んでいるのか。
落ち込むようなこと無いと思うんだけど、いや、佐倉さんが落ち込んでいるのならと、目の前の佐倉さんが真実だ。なら、俺はちゃんと伝えるべきだ。
「……実を言うと、佐倉さんにはストッパーとしてありがたいと思ってる」
「と、言うと?」
「まぁ、何というか。俺とは違う視点、俺には無い経験則や手法を持っている佐倉さんを、結構頼りにしてた」
これは正直な気持ちだ。なんだけど。佐倉さんの表情はわかりやすく訝し気なものに変わる。
「ほんとに?」
「うん」
「なんかこう、俺一人でやる。一人で十分だってすごく背中に書いてあった気がするんだけど」
「そんなことはない。あー、いや、佐倉さんがそう感じたことを否定するつもりはないんだ。ただ、それは俺が今までそういう生き方をしてきたってだけで、佐倉さんがいなかったらこんなスムーズにいかなかったのは間違いないんだ」
「ふぅん」
「別に信じてくれなくて良い。言葉なら何とでも言い繕えるのもその通りだから」
口先だけでわかってもらおうなんて、そんな子どもじみたことは思わないさ。
「んー……うん。君って拗ねたりするんだね」
「? ……拗ねてる?」
「うん。ごめん。度が過ぎたね。疑い過ぎてごめん。素直に受け止めるべきだった」
「別に拗ねたつもりはないが、わかってくれたのなら、うん」
拗ねる? 俺が?
悲しく思うのは余計な期待を抱くからで、怒りだって余計な希望を抱くからで。
「んー」
他人に期待しない。他人に求めない。そう決めていたのに。それでも俺は、佐倉さんに惹かれた。だからもう、俺もまた感情という不具合を抱えた人間とちゃんと認識を改めなければな。
人は所詮、合理的に選んでいるつもりでも、癖や感情、状況や環境に選ばされていることが往々にしてある。非合理な選択をしてしまう生き物だと、俺だって例外ではないと、改めて自認しなければ。
「怖い人たち、来るかもしれないんだよね?」
「まぁ、一応。むしろ来てもらわなけば困る。それが前提の計画だから。対策もある」
「んー、なんだろう。桐藤くんが実は武闘派とか?」
「まさか。でもまぁ、場合によっては佐倉さんを頼ることになるかもしれない」
「……わたし、喧嘩とか無理だよ」
「そっちは期待してない。佐倉さんが店頭に立って明るく挨拶するだけで対策になる」
「どういうこと?」
「明るい雰囲気がそれだけで対策になるものさ」
地域の挨拶や店員のいらっしゃいませですら防犯になる。大したことなさそうなことでも効果があったりするものだ。
「そっか、わたしのこと、評価してくれるんだ」
「そりゃ」
「視界に入ってなかったくせに」
「ん? ……ずっと見てたよ」
「それはそれで怖いし、そういうことじゃないんだよなぁ」
あぁ……そういえば俺、佐倉さんに何か勝負挑まれてたんだっけ……。
「あ、ピンと来てない顔してる」
「そんな顔してたか?」
「うん。意外と顔に出るね。ほんとに興味ないんだね」
「なんの話かわからないから何とも」
「あぁ。うん。いや、前も言った通りその話で責めるつもりも無いんだけど。やっぱへこむ」
責めるつもりはなくても、やはりこだわってることではあるらしい。
さて、学校は既に賑わいを見せている。校門入ってすぐの受付でチケットを見せ名前を書いて中に入る。中は覚悟していたよりかは空いている印象だ。
「ん?」
屋台の前、明らかにガラの悪いとわかる連中が三人、雪夜たちの屋台の前を塞ぐように座っている。その正面、肩を怒らせ雪夜が朝の眠たい空気を切り裂くように叫ぶ。
「他の人に迷惑なので退いてください! 休憩したいなら校舎内に場所があります!」
「あー? どこにいるんだよ。他の人。え?」
「だよなぁ、この屋台全然客いないもんなぁ」
「それは! あなたたちが!」
「え? 客のせいにするの? 客がいないのは屋台の責任だよなぁ」
ゲラゲラと下品な笑いが聞こえてくる。
その近く、雪夜の制服と同じ女子生徒たちがその光景を見て何やら笑っていた。
思ったより露骨な手で来たな。そしてわざわざ見に来るとは……いや、自分たちの妨害の効果が如何程のものか、確かめたいよな。
「っ……!」
「桐藤くん、待った」
「え?」
すぐに先生方が校舎から出てきた。……確かに、俺が今ここで揉めるのは悪手だ。
けれど、先生方が来ても男たちは退こうとしない。スマホを弄って地面に座り込み、何を言われても気にしない様子だ。
「桐藤くん……」
「っ……」
ここまでするか。精々怖がらせる程度で済むだろうと嵩を括ってたところはある。大きな騒ぎになりたくないとか、警察沙汰になりたくないとか、そんな考えがある様子もない。むしろそれくらい織り込み済みに見える。
「すまない、佐倉さん」
「な、なに?」
「早速頼らせてくれ」
「うん」
どちらにせよ、あの不良達は任せるほかない。俺たちがやるべきことは別にある。
「んー。つまり。そのお肉と一緒にうちのラムネを一緒に売れば良いの?」
「うん。お願いします」
昨日話した佐倉さんの知り合い、草野美亜さんの屋台を訪れた。
交渉してくれているのは佐倉さんだ。俺は少し離れたところで雪夜に連絡している。
『今、別の販売方法を用意しているから、準備だけ進めて欲しい』
『わかった。とりあえず焼き始めるね』
『頼む。交渉がまとまり次第、取りに向かうから』
『うん。ありがと』
体育館に入る直前、先生とまだ揉めているのが見えた。警察は呼ばれるだろうが、あのガラの悪い奴らを呼び出した奴らが近くにいる。なら、妨害の第二弾くらいはあると考えるべきだ。
勝利条件が屋台の成功なら、別の販売ルートを用意すべきだ。何より、雪夜たちに味方がいることを強くアピールできる手段が欲しかった。
「お肉とラムネなら良い組み合わせだと思うんだよね。相乗効果があると思うんだ」
「……そんなにヤバい感じなのか? 中等部の出し物に突っかかってる奴ら」
草野さんの横にいるのはクラス代表の男子生徒のようだ。どこか大袈裟なと言いたげな様子で言葉を続ける。
「不良は多分、先生方がすぐに追い出してくれるとは思うけど、それじゃ済まないのか? ガラの悪い奴らは去年もいたけど、ヤバそうと判断されたらすぐに警察に頼る方針になってるし」
「わたしたちはそれじゃ済まないと思ってる。現に、中等部の子たちが不良たちの対処に困ってるクラスメイトを見て笑ってた。不良退かされた今度は自分たちが何かしてくるんじゃないかな、って」
即答した佐倉さんに、草野さんも思わず目元を抑えた。
「え、ヤバくね。そこまでする? フツー」
「だからね、助けて欲しい。お願いします」
佐倉さんは真っ直ぐに頭を下げた。俺もすぐに横に並び頭を下げる。
誠心誠意頭を下げたのなんて、初めてかもしれない。
でも、そうか。結局のところ彼女たちには俺たちを助ける理由なんて無い。差し出せる利益も無い。ただ、俺たちが困っているだけ。そんな状況でできることは、誠心誠意お願いする。それだけだ。
頭を下げること何秒経っただろう。誠意というピストルを突きつけて脅迫しているような気分になってきた頃。
「わかった。移動販売もするつもりだから一緒に売るし、あと屋台で一緒に売るから、それで良いかな?」
「ありがとう」
それしか言葉は思い浮かばなかった。頭は上げない。そうすべきだと思ったから。
「この礼はちゃんと……」
「あ、いーよいーよそんなの」
そう言って草野さんは頭を下げる俺の顔を下から見上げて。
「中等部の後輩を助けるのって高等部の先輩として普通じゃん? 他校の子にお礼されるの、なんか変だし。というわけで早く頭上げてね」
「あ、うん」
言われた通りに頭を上げた。……いや、ぼーっとしている場合じゃない。
早く、雪夜達の様子を見に行かないと。




