人を動かすには
四人で練習で焼いた、山のように積み重なった焼肉串を平らげた。
愛季と佐倉さんを家に送るということで、雪夜を家に残して再び駅に向かう。
何より、愛季に聞きたいことがあった。
「愛季はさ、どこで雪夜が文化祭を押し付けられたって聞いたんだ?」
「え? あー、噂になってましたから」
「その噂、全然広まってない筈だぜ」
「ん?」
訝し気な目になる愛季。そりゃそうだろう。外部の男がなぜ中等部の内情を知っているのか、当然の疑問だろう。佐倉さんに目線を送ると、すぐにスマホの画面を見せてくれる。
「佐倉さんが後輩に聞いてくれたんだけどさ」
「あ、卒業生でしたか。え、佐倉先輩って呼びますね」
「あはは、うん、まぁ、好きに呼びなよ……いや、先輩で良いか、先輩呼びの方が距離感近い気がしてきた」
「で、どこで愛季は知ったんだ。雪夜の状況」
「雪夜ちゃんに相談されて……」
「雪夜は一人で何とかするつもりだったって言ってたぞ。あの時」
「あー……」
「君が雪夜の敵なのか味方なのか、今日の内に確認しておきたい」
「なんか、聞き方真っ直ぐ過ぎませんか? んーもし敵なら?」
「そうだね……」
俺の持つ最大の切り札を抜くなら、この場面だろう。まだ実際に使うつもりはない。これは本当にどうしようもなくなったら、だ。
スマホの画面を見せつけるように差し出す。口座を管理するアプリの画面がそこには映っている。
「これだけ金があれば、君に何ができるだろうか」
「……え、こわ」
八桁程並んだ残高を誇る口座を見せつけ。
「俺は全てを雪夜のために使い切る覚悟がある」
「あー。うん。わかった。わかりましたから。そんな怖いもの見せながら怖い顔しないでください。ちゃんと話しますから。からかい過ぎました。ごめんなさい」
この時間の電車はすっかり空いている。三人で揺られながら、愛季の話を聞く。
「まぁ、あれですよ。嫌な話を聞いちゃったんですよね。あたし、結構顔広いんですよ。自分で言うのもなんですが、結構上手に立ち回って、誰とでも仲良い、的な?」
「雪夜とは……」
「雪夜ちゃんは一番一緒にいて気が楽、ですね。嘘じゃないですよ。誤魔化しでも。本当に」
そこで佐倉さんが「はい」と手を上げる。
「じゃあつまり、何人かの生徒が雪夜ちゃんを困らせるために先生を脅して雪夜ちゃんに文化祭準備を押し付けた、であってるんだ」
「はい。そうですよ」
「ふーん。すごいね将暉くん。予想通りじゃん。で、なんで先生が脅されるわけ?」
「それがちょっとわからないんですよね。ヤバそうなのはわかるんですけど」
何だろう。先生を揺すれるネタ、か。
色々浮かびはするが、今のところどれも結びつかない。結論ありきの思考は危険だな。一旦忘れよう。
「しかしまぁ、なんで雪夜ちゃんなんだろうね」
という佐倉さんの言葉に、愛季はすぐに反応する。
「成績優秀で読モもしてる子。なんて嫉妬の的じゃないですか。クラスで話す子もあたしくらいですし」
「え? でも。前……」
「お兄さんが何を見かけたのかは知りませんけど、まぁ、学校始まって最初の頃は近くの席だから、とか。たまたま出席番号近かったから話してみたとかあるじゃないですか」
「そ、そうなんだ」
中学どころか高校ですらそういう展開……いや、話しかけてもらったことはあるか、あるけど……どういう対応したのだろう、俺。
「流れで一緒に帰りがてら、例えば駅前で遊ぶってなって、その子の出身小学校が同じ繋がりで別の子と繋がったり」
……そういう風に人の繋がりって広がっていくのか。知り合いの知り合い、ってやつか。
「でも、なんだかんだ合う合わないはなんとなくわかって、自動的に繋がりが自然消滅したりってあるじゃないですか。あたしはまぁ、それぞれに合わせて対応変えたりするので、繋がりは大体維持してますけど」
……人間関係に関してはこの子の方がしっかりしてるな。自分が情けなくなる。
「で、良い繋がりもあれば悪い繋がりもあるわけで。で、今回は悪い繋がりの方からうーんってなる話を聞いたわけで」
「辛くないのか? そんなに色んな関係を管理していて」
「慣れですよ。それに、頑張ってても気がついたらしばらく関わってないなぁって自然消滅しちゃうこともあるので。そうしたら管理する繋がりが減るので。本題に戻りますね。あたしとしては、雪夜ちゃんに暑い思いをさせるの承知の上で、当日の接客は任せて欲しいんです。あの人たちは、直接的に妨害するつもりですよ。なんなら、招待チケットでガラの悪い人も呼ぶみたいで」
「……そこまでするか。とすると」
目的地の駅。電車を降りる。
どうやら寄らなければいけない場所が一か所増えたらしい。慎重を期する時間はもう無い。問答の中でヒントを導き出す……あ、そういえばまだ拾えてないヒントがある。
「そういえば、良くない話の部分を詳しく聞いても良いか?」
「んー。いや、ほんと。お兄さんの予想通りの話しかないですよ。高橋先生脅せばいける、的な。あ、そういえばヤバい写真もあるしとか。ついでに今度お小遣い増やしてもらおうかな、とか言ってた気がします」
「……どっちだ」
「どっちだろうね」
佐倉さんも頷く。頭の中に同じ選択肢が浮かんでいるのだろう。
「え?」
「……愛季、知らないならそのままで良いよ」
「うん」
「んー?」
わざわざ教えることでもないだろう。確定じゃない情報をベラベラ話すのは好ましくない。
そう思っていたけど。一人で行くつもりだったんだけどなぁ。
「良いのかよ。こんな時間まで」
「約束でしょ、最後まで全部見届けるって」
「お兄さん、あたしがいないと、ここにいる大義名分が立ちませんよ」
「はぁ」
夜の学校はどうしてこうも不気味なのか。そろそろ八時を回る頃、教室の電気もちらほらついている程度で、文化祭の設営をしていた大半の生徒は帰っている。
全生徒が帰るまでは先生も帰るに帰れないだろう。大変だなぁと少し思う。
さて。正直、できれば一人で動きたい気持ちはある。愛季の言い分はごもっともだし、佐倉さんには賭けで負けている。
俺のペースについて来れないなら置いて行きたい、なんて思ったから今まで最初から一人を選んできた。その点、佐倉さんは思いついたことをぶつけて打ち返してもらう相手として今のところありがたい。そう思い始めている自分がいる。自分で自分の提案に意見を出すのにも限界はある。
こんな思考で佐倉さんに告白しようとしていたのか、俺。恋人どころか、誰かと一緒にいて良いタイプの人間じゃない。
思考がわき道に逸れてるな。最近、そんなことばかりだ。雑念が多い。
「今日中に決着を付けて、逆に利用したい相手がいる」
「その相手対策なの? さっきコンビニに寄ったの」
「まぁな」
コンビニの袋を持ち上げて見せる。ちょっとだけずっしりと来る重みがある。
「さて、……中等部の先生でも、担当なら」
運が良い。俺たちの屋台の前に佇む男がいる。
「さて」
「あ、待ってください。……あたしから話しかけても良いですか?」
「なんで」
「えっと、場を温めるというか、話し合いの空気を作るというか。お兄さんや佐倉先輩から行っちゃうと、帰れって空気になると思うので。それと……先生が何をしたのか、誤魔化さずちゃんと教えてもらって、良いですか? その……ちゃんとわかってないと、接し方に齟齬がでそうなので」
「……佐倉さん、頼む」
「えー……えっとね……あのね……二つくらい考えてることあるんだけど」
「え? そ、そんな……ゴクッ」
佐倉さんに耳打ちで教えてもらっている愛季。何回か頷き、でも少しだけ恥ずかしそうに身じろぎしたと思ったら、今度は険しい顔に変わる。
「わ、わかりました……そういうことなら。じゃあ、ちょっと行ってきます」
愛季に頷きだけ返して俺と佐倉さんは物陰に身をひそめる。すぐに愛季からの電話。通話状態に切り替える。可愛らしく小走りで近づいていく愛季は、ぴょんと男の視界に入り。
「せーんせっ。高橋先生」
「!? な、なんだ。和泉か」
愛季が前に出てあの男に声をかけた。うん。よし、これなら会話は聞けるな。
何やら慌てた様子の男、暗がりでよく見えないが、曖昧な笑みを浮かべてる気がする。
「なにしてるんですか?」
「いや、和泉こそ。なにしてるんだ? 準備が終わってるなら早く帰りなさい」
けれどすぐに平静を取り戻し、先生らしい態度を見せる。
「いや~丁度先生に聞きたいことがあったんですよねぇ」
「なにかな?」
「先生って、お願い聞いたらお小遣いくれるって、本当ですか?」
「なっ……こ、こんなところで」
愛季はわざとらしく身体を寄せて、腕に抱き着く。……そんなことまで頼んだ覚えは無いんだが。
「違うんですか?」
「は、離しなさい」
一瞬、愛季が振り返り首を横に振る。まだ待ての合図だ。
「せんせ? どうなんですか?」
「い、いい加減にしなさい」
「は、初めてでも、大丈夫、ですか?」
話を切り上げようとする相手に対して、言い逃れのしようのない言質を引き出すつもりか。できるのか?
佐倉さんも同じ疑問を抱いたようで、その表情には心苦しさまであった。
「愛季に任せるが……危ないと判断したら仕掛ける」
「うん」
愛季は長机に腰をかける。俺も心苦しい。こんな、色仕掛けみたいなことをさせている状況。
「今のうちに何して欲しいか教えてくださいよ。せんせー帰ってくるまでにやり方調べておきますし」
「君は何を……まさか」
スマホの画面が愛季に向けられる。愛季は目線を俺たちに向け、一つ頷く。その瞬間。愛季は奴のスマホを取り上げ、俺と佐倉さんが動き出す。
「あ、なっ」
戸惑う間もなくすぐに三人で囲むように立つ。
「なっ、まさか」
罠にかかったという状況を理解したようで、愛季からスマホを奪い返そうとするが。そこは俺と佐倉さんで肩を掴んで抑える。
「は、はなせ」
「さてさて、一体何が……え? あ、あの……お兄さん」
愛季の戸惑う声に腕の力が抜けそうになる。なんだろう。
「和泉! お前、お前まで、む、娘を! それに雨音を! 友達を嵌めて!」
「ん?」
……ってことは。
頭の中でピースが次々とはまっていく。
「ぐっ!」
「あっ」
高橋が伸ばした手が愛季の持っていたスマホに当たり、手から零れる。それを咄嗟に空中で掴んで距離を取る。
「……これって」
チャットアプリのトーク画面だ。素早く内容を頭に入れる。じっくり読むのは後だ。
「お、お前、雨音を手伝ってた奴らだろ! お前たちが、お、お前たちが! そこまでして雨音を失敗させたいか!」
「これ、あんたの娘か?」
スクロールしていた時に目に入った画像。何やら困りながらも無理矢理笑顔を作らされている、そんな印象を受ける。背景も夜の街灯の少ない道という印象。パッと見はどこか不安を覚える写真だ。
「あ? 何をいまさら……」
脅されているとは思っていたが、そっちか。
「あんたの娘さん、この学校じゃないんだな。塾にでも行ってる感じか?」
「ねぇ、質問する前にまずは認識共有しようよ……」
佐倉さんの言葉に咳ばらいをひとつ。先走り過ぎたか。
「……俺は別に、あんたの娘さんをどうこうするつもりは無いんだよ、敵は同じだ」
俺の頭の中に残っていたあり得るパターンの内、一番対処に困る奴が残ってしまったか。
正直、この男の自業自得で生まれた弱点に付け込まれていたってパターンなら一番やりやすかった。
やる事が脅しから交渉に変わる。だが交渉は交渉でもあくまでも威圧的交渉でなければいけない。
事情があったにせよ、雪夜を守るために従ったにせよ。はっきり言ってやり方がどっちつかずだ。
「あんたのやり方で娘さんが守れるとでも? 無理矢理でも出店させろと言われるだけだろ」
そんなことはわかっているようで目を逸らされる。
息を吸って吐いた。人を動かす言葉というものについて考えたことがある。当然だろう、告白しようとしているのだから。
未だ結論は得られていない。どういう言葉なんだろうかと、ずっと考えている。でも、今必要とされているのは、この男を動かす言葉。
脅しで動かそうとしていたけれど、話が変わってしまった。
あぁ、一人だとなんと気楽だったか、手段を選ばずに済んだのに、愛季や佐倉さんがこの男の娘さんが危ないと知った以上、この事態を丸く収めてハッピーエンドに着地させなければいけない。
すごくため息吐きたい。でも、耐えろ。よし、耐えた。
頭の中の雪夜がやれやれと親指を立ててくれる。取り繕うことを覚えたかと。
少しだけ良い奴になりたい、なんて。
一度は人と関わることを拒否した。そんな俺だけど。手を伸ばしたい、そう思ってしまったから。
だから。
俺はここで、この人を切り捨ててはいけない。この人の娘さんを取り巻く問題まで背負い込む義務も義理も無い。でも、分不相応な願いを抱き、走り続けた者として、首を突っ込んでしまった以上、ここで諦めてはいけない。
雪夜にも顔向けできない。
「娘さん、悪い奴とつるまされてしまったとか、そんなところだろ。多分、雪夜を嵌めようとしていた奴らが、あんたの娘だと知って目を付けて、仲良くなろうとか言って、関わらせた、ってところか? あとは暗に脅されてそのままズルズルとって感じか」
微かに高橋は頷いた。
『娘さんとは仲良くさせてもらってるよ』
そんなメッセージと共に、明らかにガラの悪い男に挟まれて無理矢理笑顔を作ってる女の子の写真が添付されていた。
正直、手に余る。
「ご家族にも相談できてないんだろ、どうせ」
娘に「お前のことで脅されている」なんて言えてないだろう。
手に下げたコンビニ袋が、急に軽くなった気がした。金でどうにかなる話ではないとそっぽ向かれた気分だ。俺の切り札が急に頼りなくなる。
この男も、最初は金でどうにかなるなら、なんて思ってたのだろうか、お小遣いとかいう話もあったし。
「まずは、屋台は成功させる。これは絶対だ」
「は?」
「娘さんは将来、県外に行ってもらうしかない。これも決定事項だ」
「あ、あぁ」
「その上で、それまでの時間、娘さんの安全を確保する」
「どうやってですか?」
愛季の疑問はごもっともだ。護衛を付けるわけにもいかないのに、ってところだろう。
でも、手段はある。遠回りで面倒だが。
「まずは屋台を繁盛させる。これは最初にクリアしなければいけない条件だ」」
交渉しなければいけない相手が、一人増えた。
「それと高橋先生、あなたにもやらなければいけないことがある。一番重要なことだ」
「……何をすれば良い?」
その目は、罠か何かわからないけど、それでも縋ることに決めた人の目をしていた。




