誇れる自分
佐倉さんの家に行って、それから必要なものを用意して学校に戻り、設置。
「何を確認してるの?」
「生徒たちが当日使う食材が保管されてる調理実習室。うん。ちゃんと施錠されてるな」
「警戒するね」
「あぁ」
それからスマホを回収して動画を確認しながら俺たちは雪夜たちのところへ向かう。
そう、二人で、だ。賭けは佐倉さんの勝ちだ。
二人で電車に並んで座る。帰宅ラッシュの時間と若干ズレていたおかげで、かろうじて席が空いていた。
「うん。杞憂で終わりかな、とりあえず」
「そうだね。まぁ、そりゃ、そんな、ねぇ。で、君はわたしが持ってきたヒントでどこまで考えたの?」
「……? 佐倉さん何かしらの推理があってあんなことを言い出したわけじゃないの?」
「まぁ、うん。思いつき」
「そ、そっか」
そんな一足飛びで思考の過程を跳び越すような発想に至るのか。多分、俺だったら色んな可能性を検討して最後に「もしや」と思い至る可能性。
「まさか、文化祭の担当生徒自体がそもそもいない、どころか、中等部から出店してる、って話が今年は出てなかったとはな」
雪夜の担任と雪夜、それと愛季しか知らない、かなりクローズ状態で進んでいることだった。
「じゃあ、あの企画書は誰が書いたんだ?」
「高橋先生じゃないの? 無茶な企画で雪夜ちゃんを失敗させたくて」
「俺はそうは思わない」
「なんで?」
「高橋先生は恐らく、出店自体を頓挫させたかったんじゃないか?」
「んー?」
「そして企画書を書いたやつは、雪夜に失敗させたい奴だ」
「つまり、複数犯で目的が違うってこと?」
「俺はそう見てる」
「詳しく聞いて良い?」
「そうだな……」
電車が停まる。俺たちが降りる駅だ。
帰宅ラッシュ終わりかけと言っても、降りる人数はそこそこいる。話す余裕を無くして黙々と改札に向かって人の流れに従って歩く。その間に考えをまとめる。
「失敗させたいんだったら、そもそも出店まで漕ぎつけなきゃいけないだろ」
「んー。確かに?」
「出店できなかったというのも十分失敗と言えるけど、でも、佐倉さんが今調べた感じ、そもそも中等部内では文化祭の出店のことすら知られてない」
佐倉さんが頷く。俺も佐倉さんに後輩とのメッセージのやり取りは見せてもらっている。十人くらいには確認してもらった。
「そして、元企画者が無茶な企画だけ残して逃げたという前提、雪夜は二日前にメンバーとして招致されたという事実。これが出店すら難しいという状況に繋がって、雪夜に恥をかかせる目的を邪魔している」
「なるほどね。今の雪夜ちゃんは、どうにもならない状況を丸投げされた被害者にしかならない。出店できちゃったら雪夜ちゃんの手腕が評価されちゃうわけだ」
「そう。でも、ここから致命的に雪夜の評判を落とす手が、一個だけ残ってるんだ」
「なに?」
「出店を強行したけれど大失敗しました。ってやつ。それも、どうにか頑張ったけど仕方ないでは済まされないやつ」
「……どんな?」
「わりと何でもいい。火の扱いミスって小火を起こしたとか、食材を杜撰に保管して食中毒を発生させたとか。客と喧嘩したとか」
「それじゃあ、先生は、まるで雪夜ちゃんを守ろうとした、みたいに」
「だからまぁ、なんか、脅されてそうだなって」
「だ、だれに?」
「雪夜を貶めようとしている奴に。雪夜が無理ですって断ってれば話はそこで終わりだったし、雪夜が出店できる状況に辿り着けなくてもそれで終わりだったけど、まぁ、設営完了してしまったわけだ」
家の前に着いた。今、この中で雪夜と愛季は当日の練習をしているだろう。
「現に、無茶な企画ではあったけど無理な企画では無かった。ギリギリでも頑張れば実現できる範囲だった」
ただし、それはあの雪夜の担任がちゃんと協力していたら、だけど。雪夜一人では無理だったはずだ。俺や佐倉さん。愛季の存在はもちろんイレギュラーだ。
「……今からでも、やめる?」
「いや、やる。正面から叩き潰す」
「君、意外と好戦的だね」
「かなり手遅れではあるけどさ、雪夜の前では頼れる奴でいたいんだよね。それだけ」
「ふぅん」
「ん?」
「んーん」
佐倉さんのどこか口の中に何かを隠したような話し方。飲み込もうとして飲み込めない何かがある、そんな声に首を傾げるけど。
「良いんじゃない。良いお兄ちゃん」
「できてるかな」
「なんでそうありたいの?」
「なんだろ……誰かに胸を張れる自分でありたい。誰かに見せられる背中でありたい。横に並んだ時、大丈夫と思ってもらえる横顔でありたいって。そう思ったきっかけ……恥ずかしいな」
「聞かせてよ」
無邪気な笑顔は、告白よりは恥ずかしくないでしょ、そう言っているような気がした。
「ほぼ告白のようなものだけど。君に誇れる自分を想像したら、そうなった」
「そなんだ。なんか照れるね」
「最初は漠然と、だったんだ。でも、雪夜が家に来ることになって、その時に定まったんだ。まずは雪夜に頼ってもらえる人になろう、って。まだまだ全然だけどさ」
思い返すと、雪夜に助けられてばかりだ。今回だって、最初は素直に頼ってもらえなかった。愛季に教えてもらうまで知らなかった。相談すらしてもらえなかった。
そりゃそうだ。雪夜は知ってるもんな。全部を諦めて、目に映る物全てどうでも良いと思ってた頃の俺を。
俺たちが家に入ると、雪夜たちは黙々と練習をしていた。既に一時間ほどの練習をしていたようだが、俺たちが実際に客役として注文をする模擬出店での練習もさらに一時間ほど重ねて。
「良い感じだな。明日は外で一日ぶっ続けになるかもしれないけど、そのつもりでやるしかない。ホットプレートじゃなくて炭火になるから条件は大きく変わるが……」
「大丈夫だよ。将暉くん」
俺の言葉を遮り、雪夜は肉を一串差し出して。
「雪夜たちを信じて、明日はお客さんとして遊びに来て」
「……最後に一つ聞いて良いか?」
「なに?」
「なんで出店しようと思ったんだ、この状況で」
「今更それ聞くんだ。将暉くん、『いける』って言って勝手に話、どんどん進めたのに」
「それは申し訳ない」
「別に良いけどさ」
雪夜は肩を竦めて苦笑いしながら。
「将暉くんならそうするって思ったんだ。嵌められたのならその策も罠も全部まとめて正面から叩き潰すって」
ついさっき、自分で言ったことを思い出した。まんま同じこと言われるなんて予想していなくて。誤魔化すようにモグモグと焼肉串を頬張る。……うん。ちゃんと美味い。
「……桐藤くんが驚く顔、初めて見たかも」
「完全に予想してなかったって顔してますね、お兄さん」
「そりゃ……うん……いけるか?」
「ここまで来たなら、やるしかないでしょ。だから見ててよ。勝つから」
「あぁ」
なら俺は安心して、やるべきことができる。




