乗りかかった船
文化祭は明日だ。
だというのに。いや、準備が順調だからそこまで拘ることではないと思うのだが、教職員が一回も見に来ない。雪夜が言うには雪夜のクラスの担任がこの中等部からの出店の担当らしいのだが。
「さて、改めて売り方の確認だ」
メニューを絞りつつ味付けで最低限のバリエーションにすることで客の回転を早めつつ複数の味付けを食べてみたいという客が現れる可能性を残し、まとめ買いによる客単価が上がる余地を残す。早々に売り切れ終了するならそれはそれで成功だろう。
二日目のことは考えずに、一日に全力を注ぎ込める。
方針が決まれば後は動くだけ。
「桐藤くん、こんな感じで良い?」
「あぁ、ばっちり指示通りだ。明日コンロを組み立てて火起こしさえできれば営業できる」
肉を受け取って指定された冷蔵庫に入れて、スペースに戻ってくると、雪夜たちの屋台が出来上がっていた。
校門からさながら来場客を出迎えるようにずらっと並ぶ屋台の列、その一番奥、昇降口から出てすぐ目の前が俺たちに割り当てられた場所。
バーベキューコンロを奥に、屋台の正面に対して垂直になるように配置。長机を屋台正面と平行になるように、コンロの真横、すぐ近くに配置。こうすることにより、焼き上がった肉を振り返りの動作を挟まずに長机に置かれた、網を設置した銀バットに並べることができる。
そして会計を担当する人がそこから肉をプラスチックトレイに取り、指定された調味料をかけて渡す。
この方式で、二人で一日乗り切ってもらう。それが俺たちの出した結論だった。
「家に同じ配置を再現して準備してある。練習してみよう」
「あーそういうことだったんだ、朝からリビングでガタガタ何してるんだろって思たっら」
「雪夜ちゃんのお兄さん、そこまでしてくれるんですね。雪夜ちゃんのために」
「……急になに?」
「べっつにー」
炭火の近くに一人で何時間を立たせるわけにはいかない。ただでさえ休憩を取れるかは当日になるまでわからない状況、最悪一日中二人で屋台に立ちっぱなしになるかもしれない。
閑散としていれば交替で休憩を取れるかもだが、どちらにせよ、二人とも肉を焼けなきゃいけないし、注文を取ってお金のやり取りをして、プラスチックトレイに並べて調味料を適量かけて渡せなければいけない。
「炭の火起こしもバーナー用意してあるからすぐにできるだろうが、やり方は改めて教える。さて、帰って練習だな」
と、伸びをしたところで背後からの視線に気づいた。なんか、ねっとりとした視線だ。振り返ると、眼鏡をかけたぱっと見は若い。二十代後半くらいの男性教師だ。
「あ」
雪夜が声を上げる。ってことは。
「高橋先生」
そう呟いて雪夜が俺を見て頷く。この文化祭、中等部からの出店の担当教師か。
雪夜の担任はすっかり立ち上げが終わった屋台を見回し。それから。
「え、えと、出店はできそうかな?」
と、信じられないと言った様子で聞いてくる。
「はい、従兄とその友人に手伝ってもらいました」
即座に雪夜がそう返すと。
「そ、そうか。じゅ、準備できたのか。そうか……」
雪夜の担任らしいその男は戸惑った様子のまま、もう一度あたりを見渡し。
「じゃ、じゃあ、明日も頼むぞ」
それだけ言い残して逃げるように校舎に入っていく。
「なんというか、準備出来ているのが不都合のように見えたな」
「言われてみると、確かに」
佐倉さんも頷き。
「んー……ちょっと調べてみようかな、聞いてみるね。さっき知り合い見かけたし」
「あ、え、おう」
知り合い、他校に知り合い。しかもさらっと話しかけに行けるのか。
「……俺もそんな風にできるようにならなきゃな」
なら、そのためにも。
「俺も行くよ」
「え、あーそうだね。違和感覚えたの、将暉くんだもんね、聞くべきことは将暉くんの方がわかるか。じゃあ、一緒に行こっか」
「あぁ。悪い、雪夜。先に帰って練習していてくれ」
「うん」
それからもう一つ。一応対策しておくか。
今からできることだと。まぁ、そうだな。
「カメラのアピール、かな」
一旦帰って戻って来なきゃな、これは。
佐倉さんの言う知り合いは、この高校の二年だから同い年か。中等部からのエスカレーター式で高等部に入った人で、雪夜の担任の高橋先生のことも知っていた。
二年生は体育館に出店するみたいで、佐倉さんが見つけて声をかけると、準備の手を止めて出てきてくれた。
「高橋先生? あー。女子から人気で、うちの学年にも告白した、って子いたなぁ。って、佐倉っち知らないの?」
「うん。え、うちの学年で何か教えてたっけ?」
「あー、確かにうちの学年で何か担当したことは無いかな。でもイケメンで話題だったよ」
「そなんだ。えー、で、その子はどうなったの?」
「いやー、玉砕だよもちろん。それでもその先生、前と変わらず接してて逆にもっと仲良くなったって感じだった。うちも少し良いなって思ったもんそれ見て」
何と言うか、さっき目撃した挙動不審な様子と上手く結びつかないな。
「ところでさぁ、佐倉っちさぁ、この人もしかして彼氏~?」
「んー。まだ違うかな」
「ま、まだ、へ~佐倉っちにも遂に春が? まぁむしろいない方が不思議だったしな~あ、うち草野美亜。よろしく」
「よろしく。草野さん」
「よろ~明日来たらうちのクラスで売ってるラムネ買ってね。色々揃えてるから」
「色々?」
と思いながら屋台の方を見ると。
「ラムネって色々味あるんだ」
看板を見ながら初めて知った。イチゴ味とかメロン味とかぶどう味とか。へぇ。
「そそ。うちも知らなかったけど。あ、そろそろ戻ってこいって感じの視線感じる。じゃね」
「うん、またね、ありがと……人柄は知れたけど、って感じだね」
「あぁ。まぁ……」
でもまぁ。
冴えたやり方とは言えないかもしれないが。
調べるべきこと、というか、それ以外に調べる方向性が無いと言うべきか。
まぁ時間も無い。やるべきことは絞るべきだろう。別に、何もわからなくても雪夜たちの出店を成功させることへの障害になるわけでもない。一応の対応というか、雪夜の今後の学校生活を守るためには必要かもしれない、そんな程度の話だ。
「はぁ……やることが多い」
最速行動を心がけよう。
電車の時間を確認しながら歩き出す。
「じゃあ、佐倉さん。また」
「ん? 一緒に行くよ、桐藤くんの家」
「え、でも」
「乗りかかった船、ってやつ。昨日も言ったでしょ。それに、将暉くんが時折する真剣な目。最後まで見届けさせて。あー理由弱いか。じゃあ……いざって時はここの卒業生がいた方が都合良いでしょ?」
「……まぁ」
「ね?」
「俺がここに今日中に戻ってくると考えてそうな」
「違うの?」
「違わないが。……じゃあ、一つ手伝ってもらって良い? 佐倉さんの家、パソコンとプリンター、ある?」
「あるよ」
「じゃあ。よし。……あー」
「来る? うち?」
「頼んで良い?」
「良いよ」
あっさりとした承諾に思わずのけ反る。
「行こっ。急いだ方が良いんでしょ」
「あ、うん」
っと、その前に。
「何してるの?」
「んー。証拠を残してる」
自分たちで設営した屋台。学校から貸与された白いテントと長机とまだ組み立ててないコンロ。事細かに写真を撮る。そして。
「しかしまぁ、名門私立なだけあってセキュリティすごいな監視カメラ」
「え? あ、ほんとだ」
「意識したこと無ければまぁ、気づかないよな。うん」
角度的に、俺たちのテントの中までは見えないだろうが、誰がその時に近くにいたかくらいはわかるはず。
それでも、まぁ。やれることはやろう。
「スマホ、おいてくの?」
「ん、あぁ。ちょっとな」
「……警戒してるの? 誰かが妨害してるって」
「この件についてある程度結論は出そうなんだ。とりあえず、佐倉さんの家に行こう」
「うん」
スマホのカメラを録画状態にしてテントの骨組みの桁に糸で縛り付けておく。
学校を出て、歩きながら。
「まず、雪夜に仕事を押し付けた連中、先生が説得中って話だったけどさ、そもそもこの事態、学校に伝わってると思うか?」
「え?」
「多分だけど、あの高橋とかいう雪夜の担任の手の中でにぎりつぶされてんじゃないかな、と」
少なくともそれが可能な立場だ。
進捗ゼロで、必要そうな進捗が出てないことだって、高等部の方には中等部は中等部で準備しますと言えば良い、高等部の文化祭だから中等部側の先生方は担当の先生に任せきりだろう、上手くいってるか確認されても上手くいってますとだけ言えば厳しく追及されないだろう。
「まぁ、具体的に証拠があるわけでもない、なぜそんなことをしているのかの説明もできない」
そう。動機だ。
「なぜ雪夜を狙ってそんなことをしたのかがさっぱりだ」
雪夜に全てを押し付けた生徒をなぜ庇う。
「将暉くんは、元々の担当がいたって考えてるの?」
「え? そりゃ」
「んー。賭けしない?」
「ん?」
「今から中等部の後輩達に連絡します。わたしの考察通りなら……」
「なら?」
「わたしに最後まで付き合わせて」




