冬の思い出2
「はぁ~~~」
お風呂の中で雪夜は思い切り息を吐いた。ようやく気が抜ける。思い出すのはさっきまでの将暉くんとのやりとりだ。
怯えや迷いを精一杯の虚勢の中に押しとどめて頑張って作った笑顔は多分、雑誌の表紙を飾れるという確信があった。形だけでも強気のポーズを取っていないと、うずくまって動けなくなりそうだった。
「宣言、しちゃった」
……雪夜はまだ、将暉くんを孤独にしない雪夜になれてないけど、宣戦布告、しちゃった。
小学五年の冬、その年の雪夜は、将暉くんと再会することを楽しみにしていた。
受験の年だし来るか来ないかは少し心配だったけど、パパに聞いたら来ると言っていて、車の中でずっとそわそわしていた。
祖父母の家に着いて車を降りると、珍しく桐藤家は雨音家より早く着いていた。
泊りの荷物も持たずに玄関の扉を開く。決めたんだ。今年は、将暉くんと仲良くなるって。なんとなく男の人が怖くて避けてたけど、今年は、って。できるなら、将暉くんの誕生日を聞いて、お祝い送れるようになりたい。スマホ、持たせてくれたから、連絡先の交換とか……。
「別に良いよ。知ること、学ぶこと。知識を蓄えることを楽しめないって知ってるから。どうせ俺がこれからしようと思ってた話とか、興味ないでしょ」
そんな冷たい声が突き刺さった気がした。将暉くんの声だとどうしてかわかった。
「部屋で勉強してるから、俺は放っておいてよ」
玄関入ってすぐの障子が開かれ、将暉くんが出てくる。玄関の方も見ずにそのまま泊り用の部屋へ続く階段を昇っていく。
『あの年頃の子は難しいねぇ』
『そ、そうですね。すいません、失礼しました』
おばあちゃんの言葉に、叔父さんが困ったような苦笑い混じりの声が応えた。
『あの子の話してること、よくわからなくて、だから疲れちゃって……』
将暉くんのご両親と将暉くんの声から同じ感情を感じた。
諦め。
将暉くんは理解されることを諦めていて、叔父さんと叔母さんは理解することを諦めていた。と思う。
でも、将暉くんの諦めは、より深かったと思う。これからへの期待すら無かった。自分は一人だと、割り切ってた。
その日、雪夜は一度も将暉くんと話せなかった。
去年のお礼を言いたかったのに。将暉くんのこと、知りたいと思っていたのに。連絡先を交換して、誕生日を聞き出して。好きなもの、嫌いなもの。聞きたいことがいっぱいあったのに。
一緒にお出かけしても、将暉くんは一言も喋らず一人でぼーっとしてるか本を読んで、たまにスマホに触れて。叔父さんも叔母さんも、おじいちゃんもおばあちゃんも、パパもママも、将暉くんに何か話しかけることも無くて。
いや、全く話しかけないなんてことは無かったと思う。でも、ほんの一言二言だ。すぐに将暉くんは自分の手元に目を落としてしまう。
どうしたら良いんだろう。どうして将暉くんは、拒絶してしまっているのだろう。
でも同時に、大人も人なんだなって気づいた。雪夜たちとそんなに変わらないのかもって。大人も子どもも別の生き物では無いんだって。ちゃんと延長線上にいる同じ生き物なんだって。何でもできて何でも知っているわけじゃない。だから将暉くんのことをなんとなくで避けてしまう気持ちが湧く。それが自分の子どもや孫や甥っ子であっても。
一人で世界が完結している。
諦めつつある自分がいた。将暉くんに少しでも近づきたい。そう思っていたけど。
ショッピングセンターに来ていた。おじいちゃんとおばあちゃんが一つだけ欲しいものを買ってくれるという。将暉くんは本を一冊選んでさっさと会計してもらっていた。
「んー」
その時は確か、服で迷っていたと思う。デザインも悪くないし安いしって服と、高いけどこれ良いなってなった服。
おじいちゃんたちは一階のフードコートでゆっくりしてる。決まったら呼びに行くって感じ。
クリスマスと誕生日が一緒なのを良いことに一つにまとめられている、って不快感は去年、将暉くんのおかげで吹き飛んでるけど、それでもこうなると二つ買ってくれたら良いのに、なんて不満が湧いてくる。
「……あれ」
将暉くん、なんでしゃがんでるんだろう?
店を一旦出ると将暉くんの目の前に小さな女の子がいるのがわかった。
「将暉くん、なに、してるの?」
「ん? あぁ。迷子みたいだ」
「ま、迷子? えっと……」
「とりあえずサービスカウンターに連れて行こうと思うんだが……あー、頼んで良いか? 怖がられて泣き止んでくれなくて」
「え。あ、えーっと」
雪夜だって大差ないよ。ち、小さい子か……。泣きながらもおもちゃの杖を硬く握りしめてる女の子の目の前にしゃがんで、精一杯の優しい声を出してみる。
「えっと、お、お名前は?」
その子は一瞬だけ顔を上げ目線を向けて、それから。
「ま、まみ」
「まみちゃんだね。えっと、パパとママ、はどうしたの?」
「わかんない」
「そっか……」
どうしよう。あ、そうだ。将暉くんはサービスカウンターにって。
「多分、二階のフードコートだな」
「え?」
突然、何かに気づいたように将暉くんが近くのエスカレータ―を見上げる。
「多分だけど、とりあえずその子を連れて二階に行こう」
「え? えぇ!? ……うん……よし、まみちゃん、一緒にパパとママのところに行こうか」
「うん」
ぎゅっと小さな手を握る。それから並んでエスカレータ―に乗る。将暉くんが何に気づいたのかわからないけど、真っ直ぐな目で二階を見上げる視線には、どうしてか本当にいるんじゃないかと思わせる力があった。
「ありがとうございました」
「ほんとう、なんとお礼を……」
「いえ、では」
何度も感謝の言葉を口にしながら頭を下げ続けるご両親にさっさと背を向ける将暉くん。
「あー」
こそばゆい気持ちはわかるけど。でも。
まみちゃんにちゃんとお別れを言わなきゃ。と思ってしゃがもうとして。
「あ、あの! ありがと、お、おにいさん!」
「!……あ、あぁ」
振り返って口元をもごもごさせながら、でも、まみちゃんの目の前にしゃがんで。
「もうはぐれるなよ」
「うん!」
一階に戻る。そこでふと、気になったことをぶつけてみる。
「なんで一階じゃなくて二階だと思ったの?」
「近かったから。一階のフードコートはここから建物の反対側。そんで、ほら、目の前。多分あの女の子、あのおもちゃ屋に行きたかったんじゃないかな」
「……でも、フードコートって断定した理由は?」
「あの子が手に持ってたおもちゃの杖、あれ某ハンバーガー屋の今のハッピーなセットに付いてくるおもちゃだから。それがあるのも二階のフードコート。多分、食べ終わっ今から行くところだったけど、子どもが先走ったんじゃないかって行動順の予想して、たまたま当たってた。それだけ」
たまたま、というけど、でも、おかげでまみちゃんは両親と早く合流できた。それはきっと喜んで良いことだ。
「……丁度良いや、一緒に来て」
「え?」
「そこで雪夜ちゃんの誕生日ケーキ、予約してる」
「え。えぇ!?」
「折角だから、食べていこう」
「!……うん!」
一緒に食べたケーキは美味しかった。
その日の夕飯はすき焼きで、ケーキも出た。でも、将暉くんと二人で食べたケーキの方が心が躍った。
部屋で一人、将暉くんからもらったプレゼントを眺める。そう、将暉くんは今年もプレゼントを用意してくれていた。今年も、二つ。マグカップとコート。
彼女に送る奴じゃん、って苦笑いしたことを今でも覚えている。
だからね、将暉くん。
たくさんもらった分、お返ししたい。だからね、将暉くん、
思い出に浸りながらお風呂を出て自分の部屋に入ると、勉強机の上に封筒が置いてあって。そこには将暉くんに買った服代や美容室代がピッタリ入っていて。あぁ、そういえば、最初に上げた服、値札取り忘れてたっけ、それともゴミ箱から見つけて調べたのかなとか考えて、思わず苦笑い。
「……簡単には貢がせてくれないか」




