告白の予約
気がつけば家に帰っていた。記憶はあるが、実感が無い。
「……おかえり。どうだった?」
「あ……」
すぐにリビングの扉が開き、雪夜が顔を覗かせる。
問いの意味はわかる。告白の結果を聞きたいのだろう。
俺が告白して、そしてどうなったのか。雪夜は疑ってない。俺が、告白を実行したと思っている。きっと、雪夜の瞳に見える不安の色は、俺に彼女ができたかどうかが気になるから、なのは思い上がりだろうか。
雪夜が、俺を……心臓が耳元まで上がって来たかのようにうるさい。いつも通りに振舞おうとしても、雪夜を直視することすらできなかった。
「? 将暉くん?」
「あぁ、いや……その。ビビって告白までできなかったや」
そこまで言い切って、小さく深呼吸する。
「しようとはしたんだけど、通り道に公園があって、誘って。それから会話自体は途切れなかったんだけど、どう頑張っても告白までもっていくには会話の流れが不自然になり過ぎて、何というか経験値不足を痛感させられた感じしたな」
気まずさを抱えながらも口はスラスラとそれっぽい言い訳を紡いでいく。
「そ、そっか。……不自然な流れって、恋人になってくださいまで自然な流れで繋がる話ってどんな話なのさ。少しは強引に行くのも必要だと思うけどな」
「それはまぁ、そう、なのかも?」
「そうなんだよ。折角考えてたのに、お祝いも、残念会も」
はぁ、と息を吐いた雪夜は背を向ける。釣られて俺もいつの間に呼吸を止めてたのか、肺に詰まってた空気が一気に吐き出される。人は安堵でため息つくって本当なんだな。
靴を脱いでリビングに入ろうとすると、目の前の雪夜が立ち止まる。
「? 雪夜?」
「……嘘、なんでしょ」
「? 何が?」
「将暉くん、嘘ついてる、でしょ? 本当は、告白、したんでしょ」
「え、っと」
「将暉くん、嘘つくの、下手だね」
振り返った雪夜の瞳には、涙が浮かんでいた。すぐにポロリポロリと零れる。けれど雪夜は拭おうともせず、その両手で俺の胸倉を掴み。
「わかるよ。……わかるよ。だって、将暉くんの目、優しいんだもん。優しいのに、雪夜のこと、真っ直ぐに見てないんだもん」
「そ、それは」
「信じて欲しいなら同じこと、言ってよ。雪夜の目、ちゃんと見て言ってよ」
その時俺はようやく実感と共に理解した。雪夜から向けられている感情に。
知ってしまった。知ってしまったら。冷静になれない、どうすべきとかそういう次元の話を飛び越えてしまった気がする。
言葉が出ない。何も考えられない。真っ白な思考は無意味な空振りを繰り返しただ時間だけが過ぎていった。
「将暉くん」
沈黙を破ったのは雪夜だった。
胸倉を掴んでいた手をそっと俺の頬に添えた。
「嫌なら雪夜の肩、押して」
雪夜なりの優しさだった。これだけで決着がつく。
何も言えない。ちゃんとフるどころか正直に説明することすらできない臆病者のために、問題を簡単にしてくれた。
簡単にしてくれたからこそ、見えるものがある。
顔が近づいてくる。きれいな唇だ。つやがある。きっと触れたら柔らかく温かく潤っているのだろう。それに自分の唇を合わせる行為。今までこれになんの意味があるのかと、どうして象徴的な行為になっているのかとずっと疑問に思っていた。
でも今はわかる気がする。このまま雪夜に身を任せてしまえばきっと、胸の奥から何かが沸き立ち身体を支配し、燃え上がるような熱に飲まれてしまう予感があった。それはきっと、とても心地が良いこと。唇を通して相手を求める感情を共有できる。抗いがたい、目の前の雪夜のことしか考えられなくなりつつある自分がいる。雪夜という女の子にはそうさせる魅力があるんだ。でも。
そう、同時に急速に頭が冷えていった。俺を監視し評価をくだす俺が上から冷や水をぶっかけてくる。ぼーっとやっぱり雪夜はきれいだなと考えたのも一瞬のこと。キュッと閉じられた瞼からは勇気を振り絞っているのがよくわかった。その勇気に、一時の情動で応えるわけにはいかない。
「なぁ、雪夜」
「え?」
声をかけられると思っていなかったのだろう。ゆっくりと目を開いた雪夜はぱちりと目をしばたたかせる。
「雪夜はそれで、良いのか?」
「だ、だって」
「俺が悪かったよ。ちゃんと説明するから、さ。た、多分初めてだよな、き、キス」
「う、うん。って、は、恥ずかしがり過ぎでしょ」
「と、とにかく。雪夜が後悔する方法でその……決着つけたくない。だ、だから……まずは」
それから俺は正直に佐倉さんとのやり取りを説明した。雪夜の告白への返事が先だから告白すらさせてもらえなかったと。
話終わり、黙って聞いていた雪夜は静かに一つだけ頷いた。
「そか。うん。……そっか、そういうことになるんだ。いや、そう取られても仕方無いか……うん。わかった。将暉くん!」
「う、うん?」
「あー……こ、告白の予約させて!」
「え?」
「ちゃんと、告白したい……だから、予約させて」
「予約って……?」
「将暉くんが後悔させたくないって言うなら、雪夜、ちゃんと告白するから! 雪夜の全力で、将暉くんを落とすから」
それは初めて見る雪夜の表情。挑戦的な不敵な笑み。けれどそれは絶対に勝てるという確信は感じられない。驕りが無い。ただ真っ直ぐに俺を見ていた。
どうしてだろう。わからない。ブラフだろうか。でも、俺にブラフを仕掛ける意味ってなんだろう。頭がこんがらがった俺を残して雪夜は自分の部屋に続く階段を昇っていく。
絶対に勝てる勝負しかしない。挑むならそれまでに勝率を限界まで高めてから挑む。勝負とは始まる前に決着を付けておくものだ。そう考える俺にはわからなかった。雪夜の表情の裏には何があるのだろうと。
「あ、雪夜」
「うん?」
「文化祭のチケット、二枚。俺と佐倉さんの分」
「あ、うん。今、取ってくるね」
すぐにいつも通りの雪夜の内心には、どんな感情が渦巻いているのだろう。




