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夏休みに間に合わせるために

 決心は硬く確かに。されどそれがちゃんと為されるかは別の話である。

 高校二年生になり遂に隣の席という好立地を確保しておいて情けの無い話だが。話したことが数回、しかも事務連絡程度の内容の体たらくが昨日の今日で改善出来たら、雪夜に相談するかどうかなんて悩まないだろう。

 授業の内容は何だろうか。どうにも集中できない、ただでさえ六月の終わりという季節は蒸し蒸しジメジメして集中できないというのに。視線は時折左に向いてしまう。けれどその視線の先の彼女も窓の外の曇り空に心を奪われていて気づく様子はない。

 色素の薄い茶色がかった黒髪。どこかつまらなそうな横顔だが、俺はそんな彼女に目を奪われる。桜色の形の良い唇が、時折気が抜けるように緩む様をさながらその数秒だけコマ送りの映像に切り替わったような心地で見ていた。

 佐倉未希。それが彼女の名前だ。

 クラスの中心で朗らかに笑う彼女を、俺は遠目に眺めた事しかない。

 陽だまりの中にいる彼女と、曇り空の下にいる自分。なんて比べる気はない。俺も温かい陽の光の下に踏み出す。そう決めたのだから。

 ……そのためにはどうすれば良いのだろう。ふと湧いた疑問に唇を噛んだ。

 社会集団というものに身を置いて十年。その十年をどう使ってきたか。それは人それぞれ、勉学に勤しむのは大前提として、他にも様々な選択肢があったはずだ。

 結局今の自分とは、これまで生きて来た自分が選んできたその結果。 

 例えば誰かとの交流に時間を費やし、人と人の関わり方について都度都度見識を深めてきた者よりも、学校が終わればすぐに帰宅し、家で一人読書やゲームに勤しんだ者の方が他人と上手く関われると言ったら、それは無理があるというものだろう。

 別にそれに後悔があるというわけではない。

 現に俺は高校に入ってからの一年と半年、定期試験や模試で学年一位の座を誰かに譲ったことはないし、ちょっとした趣味のおかげで高校生にしてはかなりの額の貯金がある。それは俺が周りの誰よりもそれに時間を費やした結果という話で、そのデメリットとして今こうして一人の女の子と仲良くなるための糸口が見つからないだけなのである。

 周りが持っていない物を俺が持っていて、俺が持っていない物を周りが持っているだけの話。それは時間の費やし方の違いに過ぎない。

 ふと頭を過ぎる、従妹の顔。

 だからこそ、あいつはすごいんだよな。

 いや、弱気になるな。現に勉強に回していた時間の一部を運動に回しただけで俺はズボンや学ランがベルトで締め付けても違和感が隠し切れないくらいにブカブカになって買い直す羽目になったのだから。

 そう、まずは話しかけることから。ちょっとした雑談を、そう、ちょっとした。




 「あのさ、将暉くん」

「なに」


 家に帰ってひたすら腕立てと腹筋とスクワットと背筋を十回ずつ、ひたすら繰り返していた。


「目の前であからさまに落ち込まれると、困るんだけど」

「あぁ、うん」


 上の空で答えながらも、筋肉をいじめる身体を止められない。


「あと、筋トレも良いけど、縄跳びしたら? これ、雪夜のお古あげるから。新調したからいらなくなったんだよね」

「縄跳びはやってるけど。まぁ、ありがとう」

「……はぁ」


 雪夜のため息すらどこか遠く聞こえる。

 情けない自分に喝を入れるべく、そろそろ五セット目に突入する。全身が抗議の声を上げるが知らない。刻み込め今日の敗戦の記憶を。こんな状態じゃ趣味に没頭しようにも雑念だらけでチャートの情報すら頭に入って来なさそうだ。


「あのさ」

「うぐへっ、なにすんだよ」


 頭に唐突に乗せられた重みに悲鳴を上げていた身体はあっさりと床に叩きつけられた。

 雪夜の足が俺の頭の上にあった。踏まれていた。ぐりぐりと。


「とりあえず今日何があったか、そこから話してよ」

「……なんでだよ」

「露骨に目の前で構ってくださいアピールしながら落ち込まれるとウザイの。わかる?」

「……別にそんな」

「じゃあ目の前で雪夜が同じことしてたら?」

「……確かに気になるな」

「そういうこと。わかったなら聞かせてよ」


 確かに迷っていた。雪夜に相談すること。

 踵をぐいぐいと押し付けられながら頭の中で話をまとめようとするが上手くできない。雪夜がイライラしてきているのがわかる。


「……何もなかったんだよ」

「は? この期に及んで逃げるの?」

「いや、そうじゃないんだ。……一から説明するから足を退けてもらえないか?」

「なんだ、てっきり踏まれるのが好きなのかと」

「誤解が過ぎる」

「随分熱心に足裏堪能していたみたいだからさ」


 顔を上げればどこか勝ち誇ったような顔。この子の方こそ人を踏む趣味でもあるのではと。


「……好きな子がいるんだよ」


 身体を起こして胡坐かいて、でも雪夜の顔が真っ直ぐに見れない。けれど口は素直に動いた。


「とにかく今は知り合い程度になろうと思ったんだけど……話しかけられなかったんだよ」

「……は?」


 返ってきた底冷えするような声に素直に話したことをすぐに後悔した。




 改めて状況を整理することになった。


「つまり、隣の席だけど今日までの約二か月と少し、ほっとんど話したことが無くて、けれど今からでも仲良くなって夏休みまでには付き合いたい……」


 そこまで確認して渋い顔で黙り込む雪夜は、床に座る俺の肩をゲシゲシと蹴り……この子やっぱりそういう趣味でも……? 痛くは無いけど年下の従妹の趣味が心配になる。


「まずは雑談できるくらいには仲良く、いでっ、したいんだけど」

「ふぅん」


 どこか不機嫌そうにソファに座り、そして。


「将暉くんはさ、その子を落とすためにどのくらいお金をかける覚悟ある?」

「金? あー……」

「具体的にはそうだね……髪はカットだけとすると五千円くらい……服は三万としてあとは……財布も買い替えて欲しいかな。あと靴も。あとワックスも欲しいかな。とすると、もう二万は欲しい」

「五万か……」

「半分くらい出しても良いよ?」

「い、いや、確かに髪は切ろうとは思ってたし良いんだ、お金の心配はしなくて良い……」


 あまり出かけないし、貯金もあるしこの間も結構な額入ったし。それくらいはすぐに出せるし出す。


「そんないきなり必要になるとは思ってなかったからさ」

「その鬱陶しい髪もそうだけど体形が大きく変わった後の自分の服装、鏡で見たことないでしょ。大分不格好だよ。いや、パツパツよりましだけどさ、ブカブカもファッションではあるけど、限度があるんだよね。まずは三着。最低限のローテーション組めるだけでも用意しなきゃ」

「なるほど……っていきなり普段着の準備か」


 雪夜から見てそんなに目に見えて変化があるのかと感動しながらも、少し戸惑う。服なんてそんな買い替えるような習慣が無い人間からして、いきなり三着も買うのかと。


「当たり前じゃん。そんな雑談できるくらいだなんて、何を甘えたこと言ってるの? 普通は放課後や休日どこかに出かけられるくらいを目指す物なんだよ」

「え、まだ話せてもいないのに?」

「話せるようになって話の流れで出かける約束取り付けるじゃん」

「んな高度な……いや、言っていることはわかるが」


 理屈ではわかってもできるかと言われたら別問題と言う話で。


「できなきゃ今から夏休みまでになんて無理でしょ。今週末暇でしょ。早速行くよ」


 勝手に予定を取り決め返事する前に雪夜はリビングを出ていく。……マジか……。

 でもまぁ、思ったより協力的でありがたい。

 それはそうと、明日は金曜日……一回くらい会話らしい会話はしたい。

 その一回の会話が命運を分けるような気がした。


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