打つ手は
確かに俺は、余計なことをしようとしているのかもしれない。それでも、俺は雪夜の前から動かなかった。俺は今、怒っている。どれくらい振りだろう、衝動に突き動かされているのは。こんなエネルギー、俺にはもう残っていないと思っていた。
雪夜は整った顔を歪ませて、言葉を叩きつけ、深く息を吐いて、よろよろと倒れ込むように椅子に座る。
……雪夜がここまで感情をむき出しにするのを初めて見た。
「ゆ、雪夜ちゃん?」
雪夜の剣幕に扉の裏に隠れてしまっていた愛季が顔を覗かせる、その後ろからゆっくりと佐倉さんも教室に足を踏み入れた。
「……あ」
瞬間、雪夜が申し訳なさそうな視線をこちらに向けた。気にしなくて良いと首を横に振って見せるがどんどん縮こまって床に頭を付けそうな雰囲気だ。
「雪夜ちゃん、あたしも手伝うからさ、ね? お兄さんにも頼って乗り切ろ? 一人でやる事じゃないよこんなの」
「ふふ、わたしも手伝うよ。ここまで来ちゃったし」
「えっと……そういえば名乗ってなかったですね。あの、和泉愛季です」
「佐倉未希です。よろしくね。やっ、おひさ、雪夜ちゃん」
俺が告白するつもりであることを大声で喧伝する形になってしまった雪夜は気まずそうに目を逸らした。
「そんな顔しなくても、四人もいればさ、何とかなると思うんだよね。ね? 桐藤くん」
「あぁ。十分、だと思う。……各種申請は全くできてないと考えるとすると、そうだな……予算の範囲でどれくらい……」
「悩む前に仕事振ってもらって良い? 今できること」
「あぁ」
文化祭は二日間。ただ、中等部からの出店は一日目だけ。二日目はその場所を外部の高校とのコラボ企画で使うことになっている。これは幸運だ、一日だけならいくらでも誤魔化しは効くだろう。来場者数のデータは……あるな。しかも、一日目は招待制か。生徒が渡したチケットでのみ入場できる感じなら客数の予測はわりと精度を上げられる。一般開放する二日目のことは考えなくて良いのは大きい。
えっと、似たようなことをやってるクラスは……よし、ある。どれくらい用意したかも書いてある。売れ数は書いてないけど、これが完売したと仮定するなら。
「結構来るんだな、ここの文化祭。一日目でも」
「この辺で一番大きい学校ですからねぇ……計算で必要数って出せるものなんですか?」
「ある程度は。売った数を来場者数で割ってそれを千倍すれば千人あたりどれくらい売ったかは割り出せる。それを目安にする」
「そ、そうなんですね。よくわかりませんけど」
「佐倉さん、これくらい用意したい」
「串焼きで行くんだね。ん? 牛肉だけに絞るんだ」
「管理しやすさ優先だな。バリエーションは味付けで出す。連絡して欲しい店のリストは……」
「これだね。おっけ。うっ、字、汚い」
「すまん……担当の先生が今何していて、どう考えているかはわからない、が。どんどん進めていこう」
「おー!」
「じゃあ、早速電話しちゃうね」
話は進んで行く。けれど、雪夜の表情は晴れない。諦めの色が濃い。
「無理だよ。今から必要なものを揃えるなんて、だって、この辺のお店、もう高等部の人たちが発注して、先週ならまだ間に合ったかもしれないけど、明後日までに用意できる余力なんて、きっと無い……よ」
雪夜の視線の先、電話を終えた佐倉さんが親指を立てて晴れ晴れとした笑顔を浮かべていた。
「用意してくれるって。良かった」
「え……どう、やって?」
「元々多めに発注してたんだって、足りなくなって駆け込みで買いに来る学生が毎年いるからって」
「そうじゃ、無くて。こんな短時間で、こんな無茶な注文」
「誠心誠意お願いしただけだよ。ついでに調味料も頼んだよ。焼肉のタレと塩コショウ、アウトドアスパイスとか注文した」
「ありがたい。あとは……ガスのレンタルは間に合わないだろうから、学校に常に置いてあるものでも無いはずだし。だから炭火で行こう。看板も用意しなければいけないんだな、これに書いてある通りだと。それなら、炭火って部分を強調したデザインにしたい」
「あー、なんとなく美味しそうに聞こえるね」
「そう、そのなんとなくに訴えかけることが大事だ」
「桐藤くん、どっちかって言うと炭火でやりたいってだけじゃない?」
「炭とコンロなら今からでも確実に用意できるから……まぁその通りだ。炭火で焼いた肉は美味しいからな」
「あは、まぁ、わかるけど」
そう言いながら看板の材料に手を伸ばした佐倉さんの前に立ちはだかったのは愛季だ。
「看板は任せてもらっても良いですか?」
そう言ったその手には既に鉛筆が握られている。
「お兄さんとえっと……未希さんはこのまま運営の準備、続けて欲しいです。その、そっちでは役に立てそうにないので」
「わかった。じゃあ、任せる。一応、こんな感じのイメージでお願いしたい」
「はい!」
簡単にイメージ図だけを書いて愛季に渡す。
さて、あと考えるべきことは……。
「って、あれ、雪夜は?」
「え?」
「あれ?」
三人できょろきょろと教室を見回すが、雪夜の姿が無い。この状況で黙っていなくなるような子じゃないのはこの場にいる全員がわかっている。
「……ちょっと、探してくる」
「うん、いってらっしゃい」
「お願いします」
まだそう遠くに行ってないはずだ。そう判断して、教室を出る。どこに行ったのだろうか。考えてみる。何と無しに階段を昇っていく。この上は、屋上に繋がってるのか。
「……なんで来たの」
屋上の扉の前。しゃがみ込んで顔を伏せる雪夜。その隣に腰を下ろす。
「何してんの」
「それはこっちの台詞だ。急にいなくなったから驚いたぞ」
「だって、雪夜、いらないじゃん」
咄嗟に「勘弁してくれ、少なくとも俺と佐倉さんは当日参加できるかわからない」と言おうとして飲み込んだ。今、言うべき言葉は違う。
雪夜は自力でこの事態を乗り越えるつもりだった。けれど諦めかけていたところを俺たちが本番を迎えられそうなところまで準備を進めようとしている。
なんて言えば良いのだろうか。謝るのは違う気がする。謝って欲しいわけじゃないのは流石に俺でもわかった。でも、かといって、何を言うべきかわからなくて。
「あー」
何も思いつかないまま、雪夜の隣に腰を下ろした。何か言わなきゃ、って口を開くけど、何も言葉は出てこなくて……。
「……くっ、ふふっ」
「え?」
「こ、こんな時に、ふふっ、思い出させないでよ……ズルいって」
「何が?」
急に何を言い出すのだろう。俺が何を思い出させたと言うんだ?
「ふふっ、将暉くん、うん、変わってないんだね、良かった。雪夜が憧れた将暉くん、ちゃんとまだ、いるんだね」
「えーっと」
「良いんだよ。うん。わかった。戻るよ。一緒に行こう。それからどうしたら良いか、教えて欲しい」
よくわからない。よくわからないけど、立ち直ったってことで良いのか? ……いや、良いか。俺が何か言うこと、何かすることが重要じゃない。雪夜に戻ってきてもらうためにここに来たんだ。なら、それで良いじゃないか。
「わかった。行こう」
「そういえば将暉くん、デート、どこまでいけたの?」
「えっ? あー、昼飯買って公園に誘おうとしたら愛季が来てうやむやになった」
そう言うと雪夜は急にケラケラと笑いだす。
「なんで誘っちゃうのさ、あは、おもしろ。命拾いしたね」
「えぇ?」
「そういうのはさ、そろそろ解散しそうな雰囲気の時に、もうちょっと一緒にいたいって暗に匂わせて『公園でちょっと休まない?』って感じの誘い方するんだよ」
「……マジで?」
「まだまだだね、将暉くん」




