先発隊
採掘作業の方は順調に進んでいた。もっともこれは、トンキンの住民たちが普段からしている作業なので、当たり前と言えば、当たり前の結果であった。ただ、ロセイはここにも工夫を入れていた。採掘組と運搬組を分けることであった。採掘組は体が頑丈なものを配置し、運搬組には普段から牛の扱いに慣れているものを充てた。さらに採掘組は5人を一班として、班ごとに班長を置き、その日一番、多くの量を発掘した班には、褒賞を与えることとした。運搬班の方も、牛三頭、人三人で一班として、より多く運搬したものに褒賞を与えた。班長には経験豊かなものを充てたが、班長達は他の班に負けまいと自分のノウハウをうまく班員に伝えながら、必死になって作業にあたった。
人それぞれの能力や適性にあった作業を行わせること、頑張りに応じて報償を与えることで、生産効率は飛躍的に向上し、街の集会所の前の広場には、山からとってきた岩塩が所狭しと置かれていた。
「さて、ものはだいぶ集まってきたが、そろそろこれをどこに持って行って売るか決めていこうじゃないか、どうだロセイ」
今日の作業を終えて集会所に帰ってきたトンキン塩販売公会の役員たちの前で、リシンが言った。
トンキン塩販売公会の役員は会長のリシンと副会長のロセイ、そして平役員として、3名の人間が名を連ねていた。
「そうだな、だが、ここが一番肝心なところだ。この岩塩を多くの人が高く買ってくれる街でないといけない。そんな街に心当たりはないか?」俺はみんなに向かって聞いた。
「だったら、都のカンタンはどうだい。あそこは、今、どんどん人が流れてきてるって聞いてるぜ!」
俺の向かいに座っていたアンマが勢い込んで発言した。このアンマは漢方の原料となる薬草を取ることを生業としており、定期的にトンキンを訪れる薬の卸商人とも懇意なため他国の様子にも通じていた。
「カンタンか……だが、カンタンとなると相当遠いぞ。行って戻ってくるだけで3か月はかかってしまう。それじゃ、冬至までに間に合わない」
「リシン、まさか俺のことを考えてそんなことを言っているのか。だったら、そんな心配は不要だ。太守は冬至までに成果を見せろと言ったんだ。作業が順調なら、なんとか説得できるかもしれない」
「ロセイ、あんたはあの太守のことをまだよくわかってねえから、そんな悠長なことを言ってられるんだ。あいつは、ダイデイへの貢ぎ物すらかすめ取るような奴だ。それに中途半端な成果を見せれば、お前を始末した上で、自分の手でやろうとするだろう。そんなことをさせちゃ、なんのために始めたのか分からなくなっちまう。だから。冬至の日までに誰もが納得せざるをえない成果を、あいつと住民たちの前に突き付けてやるんだ。そうすれば住民はお前を守るために声をあげる。その声を無視して、お前を殺すことはできんだろう。そんなことをすれば、その声が都に届いて、あいつの首も危なくなる。ロセイは、この街に必要な人間だ、それを街のみんなにもわかってもらう必要がある。そうだろ、みんな?」
役員たちが、みな、そうだ、そうだと声を張り上げた。
確かにリシンの言うとおりであった。あの太守であれば、旨味があると分かれば、この事業を乗っ取ることも十分に考えられた。
ただ、リシンの言葉には、そういった理屈を抜きにした何かがあった。この事業を始めるようになってから、一番、多く話してきたのはリシンであった。リシンは慎重だが、その分、判断力と人物眼に優れていた。発掘班や運搬班の人選作業でも、街の人たちの適性を見抜き、こいつは発掘、こいつは運搬、こいつは班長と、人の配置案を考えたのはリシンであった。街の人からの信望が厚いリシンを見込んでトンキン岩塩販売公会のトップに据えたが、リシンは、期待以上の役割をこなすようになっていた。そんなリシンに対する信頼は深まっていたし、この先、もっと大きなことをやろうとするならば、リシンは絶対に欠かせない逸材であると感じていた。当然そんなことを当人に言ったことはないが、リシンの言葉には、そんな俺の想いと似たようなものを感じた。
「だったら、キョショウはどうだろう。キョショウなら、ここから二週間ほどの距離だ。行って、売って、戻ってきても、冬至までには十分間に合う。それにキョショウは、大きな市場があって、毎日大いに賑わっていると聞いてる」
アンマが再び口を開いた。
「キョショウか、俺は行ったことはないが、それほどに賑わっているのか?」
「ああ、聞くところによると、商いの都ともいわれているそうで、全国からモノが集まってくる。都の商人たちも頻繁に訪れていて、カンタンにはここから大量の物資が流れているらしい」
「だが、それほど賑わっていれば塩も大量に扱われているんじゃないか。どう思う、ロセイ?」
リシンが悩ましそうな顔で俺に聞いた。
「俺はアンマが提案したキョショウでいいと思う。商売しようとするなら、人が賑わっているところでやるのが鉄則だ。もちろん、塩を売る奴もたくさんいるだろう。だけど、他の塩に負けるようじゃ、そもそも話にならない。良い塩を安く、そして、安定的に供給する、それが俺たちがやろうとしていることだ。それに、商人が集まってくるってのも悪くない。そういうところは、モノやヒトだけじゃなく、情報も集まる。だから、俺たちの塩の味がいいと知れば、その情報は国全体に広がっていく。それは、俺たちの塩の価値をさらに高めてくれる」
「確かにな。薬も同じだ。漢方薬の多くは東部の方ができがいい。それは、原料の質がいいからだ。だから、東部産の漢方ってだけで、値段が3割は違う。まあ、その中でも、俺が取る薬草はさらに高く売れるがな」
アンマが自慢げに言った。
「よし、キョショウで決まりだ。で、どうする、いつ頃、出向く?」
「そこなんだが、俺は先に何人か、先発隊を送り込み、塩を売るための準備をさせたいと思う。物を売るなら、周りの状況を知っておく必要がある。他の塩がいったいいくらで売られているのか、どこの塩が売れ筋なのか、市場の状況はどうなのか、そういったことを事前に調査しておく必要がある。そうした準備を整えてから、本格的に運搬を始めた方がいい」
「ってことは、最初は、塩は持っていかないってことか」
「いや、キョショウの人々に試してもらうための試供品としてある程度は持っていきたい。まあ、牛一頭程度の荷で大丈夫だろう」
「なるほど、そこまで考えているなら、既に必要な人数もだいたい考えているんだろう、ロセイ」
「ああ、まずは牛使いが一人、そして、試供品を売るための売り子が一人、あとはできればキョショウの状況に詳しい人が一人と、キョショウの市況を踏まえて店の準備や価格を検討する人間が一人、合計、4名ってとこかな」
「まあ、最後の役はお前にしかできないだろうし、お前もそのつもりなんだろうから、先発隊の指揮はお前にとってもらう。牛を扱う役は、ハンセイお前に行ってもらう」
リシンが、ハンセイと呼ばれた男に向かって言った。
このハンセイという男は、街で一番牛を飼っている顔役のハンカイの息子で、まだ18歳という若さであったが、牛の扱いには手慣れていた。それに、父譲りの大男で腕っぷしも強いので、物騒な時の用心棒としても役に立つと思われた。
「わかった、リシン。あんたの期待に応えられるよう頑張るよ!」
ハンセイは、普段は無口な男だが、この時ばかりは、顔を紅潮させて勢いよく答えた。
「おい、リシン、キョショウの地勢に詳しい人間と言ったら、俺以外にあるまい。なんといっても、キョショウって案を言い出したのは、俺なんだからな」
アンマの当然とばかりの態度に、リシンが苦笑した。
「まあ、お前がそういうだろうとは思ってたさ。お前は、山で一人で草を取るより、みんなと酒場で賑やかにやってる方が好きな奴だからな。そろそろ、商売でも始めたらどうだ。お前はそっちの方が似合ってるよ」
「さすが、リシン、俺のことをよく分かってるぜ。俺もそろそろ、一旗あげようかと思ってたところだ。漢方にかけちゃ、俺の眼鏡に適う奴はいねえからな。それじゃ、俺も商売始めるための準備も兼ねて行ってくるさ」
「おいおい、お前の商売のためにいくんじゃないから、そこんとこは、ちゃんとわきまえろよ」
「分かってるって、キョショウには知ってる奴もたくさんいるし、情報が集まる場所も知ってるから、欲しい情報ななんでも取ってきてやるぜ」
「お前、キョウショの酒場全部回るつもりだろう。そこがいささか心配なんだがな」
「リシン、酒場ってのは、街の噂が全部集まるところなんだよ。決して、飲みたいから行くわけじゃねえぞ。まあ、酒は好きだけどな……」
アンマの素直な言葉にみんな笑ったが、アンマのいうことは重要なことであった。
情報の重要性、どんな時代であろうと情報の重要性がゆらぐことはない。戦争、政治、ビジネス、あらゆる場面において、より多くの情報を手にした方が、的確な判断を下すことができる。新聞、雑誌、インターネットなど、情報を伝えるメディアは様々、進化してきたが、古代においては、人間の口伝こそが、情報伝達の唯一の手段であり、アンマのいうとおり、酒場はまさに情報の宝庫と言って良かった。
「さて、あとは売り子か、こりゃ難しいな。思いつくやつはたくさんいるが、一人と決めるとなかなか……」
リシンが悩まし気に言うと、端に座っていた男が口を開いた。
この男の名は、サンガクと言って、トンキンの市場の管理を任されている男であった。当然、市場のことには詳しいが、それ以上に、算術が得意で、経理に明るく、この専売事業の会計全般を担える男とリシンが見込んで、役員に引っ張ってきた男であった。
「どうだろう、明日の市場に張り紙を出し、売り子役を募集してみては。人に言われてやるよりも、やりたい奴にやらせた方がいいのじゃないか」
「リシン、俺もサンガクの言うことに賛成だ。売り子は、店の看板とも言える大事な役だ。この事業に賛同し、このトンキンの塩の良さを本当に伝えられる人間でないといけない。募集したうえで、ここにいるみんなで選考してきめようじゃないか」
俺がそう言うと、アンマは即座に賛成といい、ハンセイは小さく頷いた。
それを見て、リシンも分かったとばかりに頷いた。
こうして、先発隊の構成が固まり、売り子の選任が終わり次第、先発隊は出発ということになった。




