組織づくり
専売制度というのは歴史が古い。史実では、紀元前から、塩、タバコ、酒、鉄などを対象に行われていたが、その目的は、国家財政における増収対策であり、国家によるビジネスモデルの嚆矢と言ってもいいかもしれない。
ただ、塩や酒などは市民の日常生活に欠かせないものであり、専売を単なる儲けの手段と考え、やみくもに暴利を貪れば、密輸や密売が横行し、制度は破綻、果ては民衆が蜂起し、国家滅亡の契機となった事例も数多くある。
専売を行う目的の明確化、徹底した管理運営体制、公正な価格体系、こうしたものがしっかり機能することが、専売が成功する鍵であり、そしてもちろん、民衆の理解が得られていることが必要条件であることは言うまでもない。
ロセイは、当然このことを理解していた。
なので、まず初めに、街中に塩の専売事業を行う旨の触書を立て、そこには街長であるヤンクンの名で、この事業の目的がトンキンの発展とそこに住む者たちの生活向上であるということを明確に示した。
続いて、組織体制の構築に取り掛かったが、事業目的である公益性を担保するため、資本主義的要素を一部取り入れつつも、農業協同組合的な地域に根差した地縁団体とした。具体的には、ヤンクン、ハンカイ、リシン、トングという街の顔役4人、そしてロセイを加えた5人を委員とする岩塩専売事業管理委員会を立ち上げた。ロセイは、当初、この委員会のメンバーになるつもりはなかったが、顔役全員が、どうしてもロセイに入ってもらいたいと言いので、仕方なく、名を連ねたのであった。だが、ロセイの他は全員、トンキンに長年住んでいる住民たちであり、これまでトンキンの自治を担ってきた顔役たちであり、いわばトンキンという街で発生する様々な事項を決定する責任者たちであった。
ハンカイからは官吏を入れてはどうかという意見も出たが、ロセイは反対した。その理由は、そのものを通じて太守が関与してくる可能性を排除したいという思惑もあったが、そもそも、これまでトンキンで過ごした日々の中で、この国の官吏がいかに利己的であり、暇さえあればさぼること、賄賂を取ることしか考えない存在であることが分かってきたからであった。さらに付け加えれば、ロセイは、どんな事業を行うにせよ、国家が絡めば、政治的な問題が絡んできて、純粋な意味での経営判断を行うことは絶対に不可能であるということをかつての世界で知悉していたということもあった。
岩塩専売事業管理委員会を立ち上げたロセイは次に、リシンを会長とするトンキン岩塩販売公会を設置した。ロセイはこちらにも属しており、リシンを補佐する副会長の役を担うこととなった。
岩塩専売事業管理委員会とトンキン岩塩販売公会の関係性であるが、塩の採掘、塩の運搬、塩の販売など、塩の専売事業に関する事業を運営するのは、トンキン岩塩販売公会であるが、予算の承認や資産の管理の他、事業を進める上での重要な判断事項は、岩塩専売事業管理委員会の承認が必要であることとした。これは、実質的に事業を運営するトンキン岩塩販売公会が恣意的な経営を行わないようにするための措置であり、つまるところ、この事業の最終的な決定権はトンキンの住民共同体に存するものであることを意味していた。
こうして組織体と役員構成は概ね固まったが、新しい事業を行うためにはヒト・モノ・カネという資本が必要である。これは資本主義だろうが、共産主義だろうが、変わることのない事実であるが、この資本をどう調達するか、また事業を実施することで生まれた利益をどう分配するか、まさにこの点が、経済理論の核心をなす部分であるといっても過言ではないだろう。
まずロセイは、資本を調達するために、岩塩専売事業管理委員会の名で、一口を一万元とする株の公募を行った。ただし、出資したくても支払えないものがいることが分かっていたので、人間または牛の一日の労働をもって、一口分を出資したとみなすこととした。こうすることによって、トンキンの市民は、金で払うか、労働で払うかのどちらにせよ、誰であってもこの事業に参画するかどうかという選択肢が与えられた。これも、ロセイがこだわったところで、裕福な一部の人間だけが参加できる仕組みではなく、貧しくてもやる気があるものであれば事業に参画できる、雇用労働者としてではなく、出資者として参画できる仕組みとした。他人の意志ではなく、自らの意志で働く。そこにこそ、この事業の持続可能性が掛かっていると考えたからであった。
また、事業の収益は、出資額に応じて出資者に配当として分配されるが、その割合は、利益全体の半分に過ぎず、残りの半分はトンキンの街の発展と住民の福祉の向上のために使われるが、その使途の一つとして、蓄えが尽きたもの、生活困窮者に対する食料の配給制度を取り入れた。これは、この冬の食料を不安視していた人々にとってはまたとない朗報であり、街の人々に喝采をもって受け入れられた。
こうして、ロセイが発案した塩の専売事業は、着々と進み始めた。
「どうだ、ロセイ、株の公募の状況は?」
リシンが、集会所の奥で帳簿を見ていた俺に聞いてきた。その声音はいつも慎重肌なリシンとは違い、少しばかり楽しげであったが、それもそのはずだった。なにしろ、株の公募を始めてからというもの、集会所の前には長蛇の列ができ、今日も朝から途切れることなく人が訪れ、窓口は大混雑だったからであった。
「予想以上に順調だ。既に出資者は5千人を超えて、出資額は1千万ゲンに届きそうな勢いだ。労働出資の方も、延べで五千日を超えた。年末までの分で換算しても、一日50人近くの労働力が確保できる見込みだ」
「ほう、街の半分の人間がこの事業に参加しようというのか、まあ、稲刈りを終え、暇を持て余す時期だからということもあろうが、それにしても、儲かる保証なんて何もないのに、これだけ集まるとはちょっと驚きだ。よほど、お前が書いた触書が魅力的に見えたんだろう」
「いや、街の人は、ヤンクンやお前たちが一致団結してなんとかこの苦境を乗り越えようとしているのが分かるから応援したいと思っているのさ。先行き不安な中で、何か一筋の希望の光が差したように見えたんだろう」
「まったくだ。このままだとこの冬を越せねえって暗い雰囲気が街中を覆ってたからな。そういう意味じゃ、まさにお前が、トンキンの街に差し込んだ希望の光ってことかもな」
「そうだよ、リシン、ロセイは街に福を呼ぶ七福神なんだ」
ようやく一区切りしたのか、朝から受付で街の人たちの相手をしていたショーフェンが机を離れて話しかけてきた。
「なんだ、その七福神ってのは?」
「なんでも、ロセイの国にいる福を呼ぶ神様らしいよ」
「だから、俺は七福神じゃないって」
「ロセイ、神様はね、どこにもでいるんだよ。人間に宿ることもあって、自分じゃそう思ってなくても、神様の命令で、天から下ってくることもあるんだよ」
「なるほど、ロセイは神の使命を受けて、このトンキンに来ったことか。名前を失ったってのも、そういうことなのかもしれねえな」
「リシンまで、真に受けるなよ」
「だって、お前は名前も国も失って、いきなりこの国に来ちまったんだろ。本当にダイデイの命を受けて、この世に現れたのかもしれんな。だとしたら、ダイデイが来る年越しの日には、お前に相手してもらった方がいいかもな」
「あっ、それいい考え。もし本当にそうなら、ロセイの言うことはダイデイも聞いてくれるかもしれないし」
「おいおい、勝手に話を進めるな。俺はダイデイなんて神がいることすらまだ信じられないし、もし、本当にいたとして、そんな恐ろしい神と対峙するなんて真っ平ごめんだ。それに、この事業が失敗すれば俺の命は今年中に切れちまうんだ。今は、そんなことを考えてる余裕なんてない」
俺がまじめな顔でそういうと、リシンの目が鋭く光った。
「確かにそうだな。だがロセイ、もし事業が失敗したら、そんときはな……逃げろ。逃げ道は俺が作ってやる。あの集会で真っ先にお前に賛同したのは俺だ。だから、俺にも責任がある。お前ひとりに罪を負わせて、何食わぬ顔で暮らしていけるほど、俺は腐っちゃいない。だから、そのことはあまり考えるな。そんときが来たら、考えればいい」
リシンの顔は真顔だった。
俺はなんと言葉を返していいか分からず、一瞬口ごもった。すると、追い打ちをかけるようにショーフェンが言った。
「そんな時がきたら、私はロセイと一緒に街をでる」
「お前まで、なんてことを言うんだ。お前にはトングとヤオって、大事な家族がいるだろう」
俺は思わず怒鳴った。
「父さんも、母さんも、ロセイにはなんと感謝したらよいか分からないって、いつも言ってる。二人だって、きっとリシンと同じことを考えるはず。それに約束したじゃない、いつか海を渡って、ロセイの故郷を見せてくれるって」
ショーフェンはそう言ってほほ笑んだが、その眼には絶対に譲らないという強い意志の光があった。その眼を見ていると言葉が続かなくなった。
「……リシンの言う通りだ。その時が来たら、その時考えればいい。今は、そんなことより、塩を売ることを考えよう」
俺は、自分に言い聞かせるように言った。




