塩の専売
「太守様、この者はロセイと申すもので、異国の地から来ました。故合って、今は我が家に逗留しております。この者が、太守様の利益になることを進言したいとのことで、本日、連れ立って参った次第です」
トングがそう言ってから、しばらく何の言葉もなかった。なにやら、こそこそと二人で話しているようであったが、ようやく声が掛かった。
「わしは、この街の太守のブチンである。なにやら面白い話があると聞いたので、特別に話を聞いてやることにした」
ブチンと名乗る太守が偉そうにそう言うと、今度は、隣にいた男がしゃべり始めた。
「ブチン様は、恐れ多くも皇帝陛下から、四階の位をいただており、本来ならば、お前たち下賤のものと話をするような身分ではないのだ。そこのところをよくわきまえて、話したいことがあるなら手短に話せ」
俺はその言葉を聞いて、顔をあげた。椅子に座る太守は、見るからに強欲そうな面で、頭が剥げて、腹がでっぷりと太っていた。その隣に立つ男は、悪知恵が働きそうな、痩せ気味で嫌味なちょび髭を生やしていた。
俺は、そいつらの顔を見ながら、しゃべり始めた。
「私はロセイと申すもので、商いを生業としております。これまでに、数多くのものの商いに携わってきました。そもそも、商いとは、モノとモノを交換することによって利を生むことを目的としますが、面白いものでモノというものの価値は、場所場所によって大きく変わります。例えば、海が近くにないこのトンキンでは、魚は高価なものになりますが、海がある街では魚はありふれているので安価なものになります。こうした場所によって価値が違うものを交換することで、大きな利を稼ぐことができます。これは、国と国の間でも行われますが、これを交易と呼び、ある国では国が交易を独占し、大きな富を築いているところもあります」
語り始める前は、疑惑の目で見ていた太守の目つきが変わってきたのを感じ始めたが、俺は淡々と言葉をつづけた。
「私はこの国に来たばかりで、まだこの国の内情を詳しく承知しているわけではありませんが、市場の様子を見れば、この街がどんな暮らしをしているのか、また、民の声を聞けば、今、国がどのように動いているのか凡そ知ることができます。太守様は、利に聡い、賢いお方だと伺っておりますが、惜しい、実に惜しい、太守様は、着任されたばかりなので、まだご存じではないかもしれませんが、私が見るに、このトンキンには大きな利を生み出すものが無造作に放っておかれております。うまくいけば、この街は、1億ゲンの利を毎年得ることができると思います」
「1億ゲンだと!」
その言葉に太守が腰を浮かして叫んだ。
それもそのはず。1ゲンは凡そ、1円程度の価値を持っているので、1億ゲンは1億円とみて間違いはない。そんな大金が毎年、懐に入ってくると知れば、太守でなくても驚くのは当然であろう。
だが俺は、そんな太守の驚きは当然の反応とばかりに冷静に話を続けた。
「太守様は、このトンキンの街はずれにある山に何があるかご承知ではありますまいから、お教えいたします。そこには塩がございます」
「塩だと?」
「左様でございます。塩は、人が生きていくためにはなくてはならないものでございます。聞けば、このインには海がないとか、そういうところでは、塩は岩から取るしかありませんが、岩塩が取れるところはそうそうあるものではありません。しかるに、このトンキンには、上質の塩が膨大に眠っております。これを上手く商売につなげれば、1億どころか、2億、3億と稼ぐことも簡単にできましょう」
もはや、太守はロセイの言うことに完全に心を奪われていたようであったが、横に立っていた、ちょび髭の男が口を挟んできた。
「ロセイとやら、そちの意見、なるほどと頷くところもあるが、まだ合点がいかぬところがある。そちの言う通り、塩は確かに大事なものだが、山にいけば簡単に取れるのであれば、だれもそんなものを買いはしまい」
「そのとおりでございます。だからこそ、塩は限られたところ、限られた商人だけが扱うこととしなければなりません。これを専売と呼びますが、こうすることによって、塩を生産する産地には大きな利益が舞い込んできますし、商人に専売許可を与える代わりに、許可料と売り上げの一部を徴収することによって、太守様にも大きな利益となりましょう」
「まて、騙されんぞ! 塩で商いするということは、つまり、塩の値があがるということではないか、これまで安く塩を手に入れたものたちからすれば、そんな高い塩を買うわけがないではないか」
「さすが、太守様を支えるだけの御方、ですが、その後懸念は無用でございます」
「なぜじゃ!」
「塩の生産を産業とするのです。具体的に申せば、これまでは、塩を得ようと民はそれぞれめいめい、山に行って、岩を砕いて運んできました。それを、岩を砕くもの、運ぶもの、売るものと分業とするのです。そうすることで、作業効率は増し、塩をこれまでかかっていた労力の半分以下で生産、販売することができるようになります。また、産業とすることで、トンキンの住民は、農業以外に働く場所を得ることができます。それは安定した収入となり、トンキンの民の暮らしを豊かにすることでしょう」
ちょび髭の男は口を詰まらせたが、俺はさらに言葉を続けた。
「私が思うに、ここトンキンは農業を主要な産業としておりますが、農業は天候に左右される不安定な産業です。もちろん、農業は国の基、農業を盛んにしていくことが重要であることには変わりありませんが、農業以外にも民が収益を得る産業を持っていれば、民の暮らしは安定し、太守様の懐を豊かにするでしょうし、さら言えば、国家に対する大いなる貢献とも言えましょう」
「そちは、コメを払いたくないから、そのような世迷言を申して、我らを誑かそうとしておるに違いない。分業だと、頭の悪い農民どもにそんなことができるわけがない!」
「まあまて、カンカク、あのものの申すこと、なかなか面白いではないか」
「ブジン様、あのような得体のしれぬ男の言うことを真に受けては!」
「分かっておる、分かっておる」
そう言うと、ブジンは俺の方に目をやった。
「ロセイと申したか。そちの言う塩の専売、面白いではないか、お前の言うとおりやってみるがいい。だが、失敗は許されん。もし、失敗したら、お前は世を誑かした罪で晒し首にし、税は7割に増やす。どうだ、それでも、やるか?」
隣で頭を下げていたトングは、その言葉を聞いた途端、体が震え始めた。
だが、俺の心には不安も恐れもなかった。
俺は、一度、死んだ身。ただ、何の因果か、この世界に生き返った。
ならば、好きなように生きるだけ。ここに来ることを決意してから、俺の想いはそれだけだった。
「分かりました。ですが、この事業は民の協力なしには成し遂げることができません。彼らを説得し、作業に当たらせるための準備が必要ですので、少しばかりお時間をいただきたい……加えて、この事業を成功させた暁には、コメは去年通り5割に戻していただきたい。そのお約束をこの場でいただければ。さっそく、作業に取り掛かりたいと思います」
「よかろう。だが、いつまでも待ってはおれん。冬至の日までじゃ。それまでに、わしが納得できる成果を見せれば、今年の税は5割としてやる。よいか、冬至の日までじゃぞ!」
ブジンは、それだけ言うと、もう用はないとばかりに、椅子から立ち会がり、奥に下がっていった。カンカクは、不満げでまだ何か言いたそうにしていたが、さすがにそれ以上は言わず、ブジンの後を追うようにいそいそと去っていった。
「ロセイよ。まずこの場はなんとか切り抜けたが、本当に大丈夫なのか、もし、失敗したら、お前の命はないのだぞ」
トングは青ざめた顔でそう言った。
「トング、すぐに街の主だった人間を集めて欲しいんだ。太守にいったとおり、この事業を成功させるには、街の人たちの協力がなんとしても必要なんだ」
「そりゃ、早速、街の顔役たちに伝えるが、ただ、彼らがなんというか……太守は、これが失敗したら、税を7割に上げると言った。果たして彼らが協力すると言ってくれるかどうか……」
トングの顔は不安げだったが、ここまで来て、もはや後に引くことはもはやできなかった。俺の頭で、トンキンに住む人たちの顔が浮かんでは消えていった。




