強欲な太守
「ロセイ、あんなこと言ってたけど、ホントに大丈夫なの。父さんは、あなたの言葉を真に受けて、太守の邸宅に行ってしまったんだよ」
山道を一緒に歩いていると、ショーフェンが話しかけてきた。
「ショーフェン、お前にはまだ分からないかもしれないが、人間は二種類しかいない。我欲が強いやつと、我欲が少ないやつだ。お前たち家族は、揃いもそろって、我欲が少ない希少な存在だ……おっと、そんな目で俺を見るな、これは誉め言葉なんだからな。俺に言わせれば我欲が少ない人間ってのはとんでもないやつらだ。なぜなら、行動が読めないからだ。そもそも俺みたいな見ず知らずの男を家族同然に扱ってくれるなんて、なんで、そんなことをするのか俺には全く理解できない」
「困ってる人を見たら助けなきゃって思うのは当たり前じゃない」
「それが希少だってことだよ。たいていの人間は自分の欲得を第一に考える。つまり、自分の行動が自分の利益につながるかどうかってことだ」
「じゃ、ロセイもそうだっていうの」
ショーフェンが少し寂しそうな顔をしてこっちを見て言った。
「俺はお前が思ってるような人間じゃない、人一倍我欲が強い人間だ。金を稼ぐのは好きだし、その金でのし上がっていくのはなんとも言えないスリルがある。俺も、ここに来たからには、そろそろ自分らしく生きようと思う。今回やろうとしていることはその最初の一歩ってやつだ。その上、お前たちも助けることができるから一石二鳥ってやつだ」
「……ロセイ、あなたはそんな人じゃない。いつかきっとそのことが分かるわ」
俺がまくしたてるようにしゃべった後にショーフェンが言った一言が、俺の心に引っかかった。
「ここがそうか」
俺は、ようやく目的の場所にたどり着いた。
そこは、切り立った崖の前だったが、崖にはきらきらとした層が大河のように刻まれていた。それは、岩塩の層であった。
「なるほど。地面が隆起したんだな。で、閉じ込められていた岩塩の層が地面に顔を出したってことか」
「海って、あの大きくて深い湖みたいなところ?」
「ショーフェンは海を見たことがないのか」
「東の果ての街から来た商人から聞いたことがあるわ。とっても広くて、空の彼方まで続いてているんだって」
「そうさ、俺の生まれた国は、その海の彼方にある島国だった。小さい国だったが、その海のおかげで栄えてきた……」
この大陸の果て果てにも日本という国はあるんだろうか、あったとしてそこはどんな国なんだろう。
俺の親父は東北の片田舎の出身だった。だから休みがくれば、家族みんなで里帰りしたもんだが、俺は実家に行くのが何より好きだった。
景色も空気も全てが都会と違っていた。
透き通るような青い空、吹き抜ける爽やかな風、きらきらと光を放ちながら流れる川、目の前に迫ってくるような森の緑、黄金色に輝く稲穂、シンと静まり返った中、静々と舞い降りる雪……俺は純粋に美しいと思った。日本にはこんな美しいところがまだ残っているんだと子どもながらに感動した。
資本主義は確かに日本を豊かにした。だが、資本主義が栄えれば栄えるほど、都市にばかり人が集まり、田舎はさびれ、日本という国が持っていた美しさは消えていった。俺が資本主義に反感を持っていた理由の一つは確かにそれだった。美しいものをぶち壊す資本主義に未来などない、それは真理ではない。暮らしの豊かさと自然との共生。それが両立できる経済理論。それをずっと探し求めていた……
「ロセイは生まれた国か、私も、一度行ってみたいな」
その一言で不意に我に返った俺は、ショーフェンに笑顔を向けた。
「ショーフェン、俺はいつか必ず海を渡る。そしてもし、海の先に、俺の国があるのなら、そんときは連れて行ってやるよ」
「本当! 約束だからね!」
「ああ、そのためにも、まずはこの塩から始めるんだ」
俺はそう言いながら、目の前に聳え立つ膨大な塩の鉱脈を鋭くにらんだ。
トンキンはこのインという国の東方に位置する人口一万人ほどの街である。
地味が肥えているため、農業を主産業とするが、逆にそれ外の産業がないため、凶作になれば、人々の現金収入が途絶え、途端に苦境に陥る可能性を常に秘めていた。
今年は、ショーフェンが言っていたダイデイという神のせいないか、日照りが続き、野菜は例年の半分以下、コメも7割がやっとという有様であった。だが、そんな民の窮状など知ったことかとばかりに、太守の屋敷だけは、増築でもするつもりなのか、工夫たちが木材や石材を忙しそうに運んでいた。
俺とショーフェンが山から帰ってくると、トングが戻ってきており、太守が面会を許すと言ってきたと言うので、さっそくは俺はトングと共だって太守の屋敷に向かったのだった。
役人に来訪を告げると、役人はしばらく俺のなりを胡散臭そうに眺めていたが、ようやく俺たちを屋敷の中に通した。役人たちに囲まれて、長い廊下を歩いて行くと、大きな扉があり、その前で役人がかしこまった調子で声を張り上げた。
「例のものがまいりました」
「……入れ」
その言葉を聞いた役人が慇懃そうに扉を開けた。
そこは、パーティでもできそうなだだっ広い部屋であったが、奥の一角だけは、一段高くなっており、その上に椅子が一つだけ置かれ、一人の男が座っていた。その隣には黒い服を着た男が控えていた。
俺とトングは奥の方に行くようにと役人に指示され、広い部屋を静かに進んだ。
そして、太守が座る椅子の前に立つと、トングが慇懃に頭を下げたので、俺も合わせるように頭を下げた。
トングはそのままの姿勢でしゃべりだした。




