第三話 顕彰像
その後、自分がどのように寺に戻ったのか、天誅には分からない。
とにかく、寺主ら寺の首脳部にありのままを伝えることにした。
「夢でも見たのではないか? そもそも久谷度善徹とは何者だ?」
「ゆ、夢ではございませぬ、実際にこの目で……。いや、あの、寺主様? 善徹さんをお忘れで?」
驚きのあまり、言葉遣いが一気に崩れた。
しかし、何故か叱責がない。
「だから、それは誰じゃ? そもそも僧は苗字など名乗らぬわ」
まるで信じてもらえない。
しかも、久谷度善徹という遊行僧がいたことすら忘れられている。
寺の者は皆、あの御仁を大層気に入っていたはずなのだ。
「像の建立か。よかろう、腕を振るうが良いぞ」
話を全然信じないくせに、なぜか像の制作の許可が下りた。
「どういうことだ?」
天誅には訳が分からない。
天誅は、観音丸が設えた祭壇を撤去し、その土台となった石組みの上に像を作ることにした。
そこは石室の中。
顕彰するための像を置くのに、相応しくはないと思ったが、これはあの存在の要望である。
不安と恐怖に突き動かされ、一心不乱、彫りに彫った。
そして、さして月日もかからず、それは完成した。
「うむ、我ながら快作だ。快作ではあるが……」
暗い石室の中に、大きな木像が鎮座し、松明の明かりで、ゆらりゆらりと照らし出されている。
タコとも人ともつかぬ巨大な怪物が、頭から生えた八本の腕で、若武者を絡め取り、口へと運ぼうとしている、そんな造形だった。
若武者の高く結んだ髪は後ろへ激しくなびき、袖を抜いた衣と裾の短い袴が、乱れて翻っている。
胴丸形式の鎧は、肩を吊る高紐が切れてずり落ち、露わになった胸に、若武者自らが小刀を突き立てていた。
怒れる怪物の躍動感、死を選ぶ美しい若武者の凄艶さ。
満足のいく出来栄えなのだが……
「正義が今まさに行われようとしている瞬間……のはず、なんだがなあ。善徹様への顕彰になるか? これ」
そんな思いが、天誅の口から漏れた。
「あは、あはははははは!」
突然、背後から笑い声がした。大笑いだ。
天誅は驚いて、振り返った。そして更に驚いた。
「か、観音丸! 化けて出たか!?」
「うふふふふふ、あははははは!」
観音丸の笑い声が石壁に木霊する。
天誅は目を見開いて、観音丸を凝視した。
観音丸は笑いを抑えつつ、天誅の両肩に手を置いた。
「実は生きてた観音丸、だよ! 天誅さんも無事で何より! あんまり面白いから、祭壇を使えなくしたことは許してあげる!」
天誅は、観音丸の身体を、無遠慮にペタリ、ペタリと触り始めた。
「うわっ!」
驚いた観音丸は、天誅から離れた。
天誅は、両掌を見つめながら、震える声で言った。
「実体がある、幽霊ではない。……確かに、お前さんなら、手足の一本二本、すぐに生えてきても不思議じゃない。だが、全身だぞ! どうなってんだ?」
観音丸は、何かを納得したような顔になり、胸を張った。
「すごいでしょ! 僕の魂は御御明神様のお膝元。それさえ無事なら、身体なんて何度でも取り戻せるんだ」
そう言うと、くるりと回ってみせた。
「ま、今回は、魂と仮初の身体を切り離すのがギリギリだったから、危なかったけどね」
「御御明神のお膝元、か」
御御明神。
天誅は、観音丸の家で絵図を見たことがある。
羽の生えた虫のような身体に、蟹の鋏をつけた姿をしていた。
「……うむ、俺には、ついて行けない話になりそうだな」
理解はできない。
だが理解ができないと思えるくらいには、頭が回るようになってきた。
ならば、理解できるところは理解しよう。
天誅はそもそもの話を思い出していた。
「極楽浄土を見たくないかい? 夢の中で良ければ行けるよ」
観音丸にそう誘われたのが、事の始まりだ。
眠りに落ちた先は、光り輝く大御殿だった。
残念なことに、我が物顔で歩いていたのは化物どもだったが、その只中に、一人の女神が佇んでいた。
顔は思い出せない。ただ、大層美しかったことだけは憶えている。
「お前は言ったな。あの魑魅魍魎の中から、女神様を助け出したいと。像さえあれば、お前の神通力でそれができると」
「言ったね」
「だから俺は彫った。で、その像を祭壇に安置しようとしたら、善徹様が怒って、あの存在に変化した」
「そうだったね」
天誅は、じっと観音丸の目を見つめた。
「……観音丸よ、俺に嘘をついたな? 娘がさらわれそうになったから、親父さんが激怒した。そうだな?」
「あー……」
「やっぱり、お前が全部悪いんじゃないか!」
天誅は、観音丸の頭の両側を拳でグリグリと圧迫しながら聞いた。
「なんで俺を巻き込んだ?」
「気づいていないの? 天誅さんの作る像は凄いんだよ? 素手で触れれば、題材にした相手と交信できるし、上手くやれば、その相手を呼び寄せることだってできるんだ」
天誅は驚いて手を止めた。
「素手だと?」
自分の最新作を見上げ、それから視線を落として両掌を見た。
顔からみるみる血の気が引いていく。
「まさか……俺の考えていたことは、善徹様に筒抜けだったのか……」
「あー、そうだね……。うん、ここは危険だ。封印しよう」
観音丸の声は、気の毒そうにも、残念そうにも聞こえた。




