↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
彫成の形  作者: 矢子沼蜻蛉


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/4

第三話 顕彰像

 その後、自分がどのように寺に戻ったのか、天誅(たかただ)には分からない。

 

 とにかく、寺主(じしゅ)ら寺の首脳部にありのままを伝えることにした。

 

「夢でも見たのではないか? そもそも久谷度善徹(くたにどぜんてつ)とは何者だ?」

 

「ゆ、夢ではございませぬ、実際にこの目で……。いや、あの、寺主様? 善徹(ぜんてつ)さんをお忘れで?」

 

 驚きのあまり、言葉遣(ことばづかい)いが一気に崩れた。

 しかし、何故か叱責がない。

 

「だから、それは誰じゃ? そもそも僧は苗字など名乗らぬわ」

 

 まるで信じてもらえない。

 しかも、久谷度善徹(くたにどぜんてつ)という遊行僧(ゆぎょうそう)がいたことすら忘れられている。

 寺の者は皆、あの御仁を大層気に入っていたはずなのだ。

 

「像の建立(こんりゅう)か。よかろう、腕を振るうが良いぞ」

 

 話を全然信じないくせに、なぜか像の制作の許可が下りた。

 

「どういうことだ?」

 

 天誅(たかただ)には訳が分からない。

 

 天誅(たかただ)は、観音丸(かんのんまる)が設(しつら)えた祭壇を撤去し、その土台となった石組みの上に像を作ることにした。

 そこは石室の中。

 顕彰(けんしょう)するための像を置くのに、相応(ふさわ)しくはないと思ったが、これはあの存在の要望である。

 

 不安と恐怖に突き動かされ、一心不乱、彫りに彫った。

 そして、さして月日もかからず、それは完成した。

 

「うむ、我ながら快作だ。快作ではあるが……」

 

 暗い石室の中に、大きな木像が鎮座し、松明の明かりで、ゆらりゆらりと照らし出されている。

 

 タコとも人ともつかぬ巨大な怪物が、頭から生えた八本の腕で、若武者を絡め取り、口へと運ぼうとしている、そんな造形だった。


 若武者の高く結んだ髪は後ろへ激しくなびき、袖を抜いた衣と裾の短い袴が、乱れて翻(ひるがえ)っている。

 胴丸形式の鎧は、肩を吊る高紐(たかひも)が切れてずり落ち、露わになった胸に、若武者自らが小刀を突き立てていた。


 怒れる怪物の躍動感、死を選ぶ美しい若武者の凄艶(せいえん)さ。

 満足のいく出来栄えなのだが……

 

「正義が今まさに行われようとしている瞬間……のはず、なんだがなあ。善徹(ぜんてつ)様への顕彰(けんしょう)になるか? これ」

 

 そんな思いが、天誅(たかただ)の口から漏れた。

 

「あは、あはははははは!」

 

 突然、背後から笑い声がした。大笑いだ。

 天誅(たかただ)は驚いて、振り返った。そして更に驚いた。

 

「か、観音丸(かんのんまる)! 化けて出たか!?」

 

「うふふふふふ、あははははは!」

 

 観音丸の笑い声が石壁に木霊(こだま)する。

 

 天誅(たかただ)は目を見開いて、観音丸を凝視(ぎょうし)した。

 

 観音丸は笑いを抑えつつ、天誅(たかただ)の両肩に手を置いた。

 

「実は生きてた観音丸、だよ! 天誅(たかただ)さんも無事で何より! あんまり面白いから、祭壇を使えなくしたことは許してあげる!」

 

 天誅(たかただ)は、観音丸の身体を、無遠慮にペタリ、ペタリと触り始めた。

 

「うわっ!」

 

 驚いた観音丸は、天誅(たかただ)から離れた。

 

 天誅は、両掌(りょうてのひら)を見つめながら、震える声で言った。

 

「実体がある、幽霊ではない。……確かに、お前さんなら、手足の一本二本、すぐに生えてきても不思議じゃない。だが、全身だぞ! どうなってんだ?」

 

 観音丸は、何かを納得したような顔になり、胸を張った。

 

「すごいでしょ! 僕の魂は御御明神(みごみょうじん)様のお膝元。それさえ無事なら、身体なんて何度でも取り戻せるんだ」

 

 そう言うと、くるりと回ってみせた。

 

「ま、今回は、魂と仮初(かりそめ)の身体を切り離すのがギリギリだったから、危なかったけどね」

 

「御御明神(みごみょうじん)のお膝元、か」

 

 御御明神(みごみょうじん)。

 天誅(たかただ)は、観音丸の家で絵図を見たことがある。

 羽の生えた虫のような身体に、蟹(かに)の鋏(はさみ)をつけた姿をしていた。

 

「……うむ、俺には、ついて行けない話になりそうだな」

 

 理解はできない。

 だが理解ができないと思えるくらいには、頭が回るようになってきた。

 ならば、理解できるところは理解しよう。

 

 天誅(たかただ)はそもそもの話を思い出していた。

 

「極楽浄土を見たくないかい? 夢の中で良ければ行けるよ」

 

 観音丸にそう誘われたのが、事の始まりだ。

 

 眠りに落ちた先は、光り輝く大御殿だった。

 残念なことに、我が物顔で歩いていたのは化物どもだったが、その只中に、一人の女神が佇んでいた。

 顔は思い出せない。ただ、大層美しかったことだけは憶えている。

 

「お前は言ったな。あの魑魅魍魎(ちみもうりょう)の中から、女神様を助け出したいと。像さえあれば、お前の神通力でそれができると」

 

「言ったね」

 

「だから俺は彫った。で、その像を祭壇に安置しようとしたら、善徹(ぜんてつ)様が怒って、あの存在に変化した」

 

「そうだったね」

 

 天誅(たかただ)は、じっと観音丸の目を見つめた。

 

「……観音丸よ、俺に嘘をついたな? 娘がさらわれそうになったから、親父さんが激怒した。そうだな?」

 

「あー……」

 

「やっぱり、お前が全部悪いんじゃないか!」

 

 天誅は、観音丸の頭の両側を拳(こぶし)でグリグリと圧迫しながら聞いた。

 

「なんで俺を巻き込んだ?」

 

「気づいていないの? 天誅(たかただ)さんの作る像は凄いんだよ? 素手(すで)で触れれば、題材にした相手と交信できるし、上手くやれば、その相手を呼び寄せることだってできるんだ」

 

 天誅(たかただ)は驚いて手を止めた。

 

「素手だと?」

 

 自分の最新作を見上げ、それから視線を落として両掌(りょうてのひら)を見た。

 顔からみるみる血の気が引いていく。

 

「まさか……俺の考えていたことは、善徹(ぜんてつ)様に筒抜けだったのか……」

 

「あー、そうだね……。うん、ここは危険だ。封印しよう」

 

 観音丸の声は、気の毒そうにも、残念そうにも聞こえた。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。