正解の選択肢を踏み抜きました
時は少し遡り、入学から四ヶ月ほど経った頃。
王太子からの『スナックこれっと』ご好評を受け、わたしは調子にのっていた。思えば前世から、人に頼られ必要とされることが好きだった。
青春らしい華やぎと精彩を欠く前世学校生活の記憶もまた、「今世の学校生活をより良いものにしたい」という無意識の願いを強めていたかもしれない。
***
あるとき、図書室で山のような紙資料に囲まれ、難しい顔をしている宰相子息ヴァルモンを見かけた。学園の課題にしては量が多いな、と思った。
空気を入れ換えようとしてか、利用中の学生の一人が窓をあけた。その瞬間、突風が図書室に吹き込み、ヴァルモンの資料がバサバサと舞い散ってしまった。
あわてて掻き集めるヴァルモンを見て、わたしは駆けより、資料あつめを手伝った。
「手伝いますね」
「ル、ルブラン嬢? いい、自分で集める」
「いいから。遠慮しないで」
「これは、殿下の側近として任された仕事の資料なんだ。見られたら困る」
「だとしたら、学園の図書室で広げるべきじゃなかったですね。ここでは、人目についても文句を言えませんよ、ヴァルモン子息」
「うっ……」
資料を拾っては重ね、順番を見極めようとざっと目を通す。なにかの統計だか報告書のようだ。確かに、王太子側近の仕事っぽい。
理解するには時間がかかりそうなので、順番を元に戻すことは諦め、上下だけ揃えて順不同でとりあえず返す。
「機密を取り扱う際の注意点について、お父様に教わっておくといいと思います」
日本なら就職して会社に入り、研修で教わるものだろう。年齢的に中学生からそんなことを知っている必要があるなんて、生まれがいいのも大変だ。
「それと学園には、高位貴族だけが借りられるサロンがあるわ。イザベル様に教えて頂きました。お仕事を続けるなら、そちらに移動することをお勧めします。
在学中に仕事する人が以前から居るなら、執務室もあるんじゃないでしょうか?」
「あ、ああ…、わかった。礼を言う」
「どういたしまして。それじゃ」
わたしはヴァルモンから離れ、自分が調べたかったことの参考書探しに戻った。
このときヴァルモンは、宰相子息にして未来の国王側近という立場にある自分に対し、こんなにもドライに下心なく、ただ親切にしてくれた女性を、初めて目にしたとのことだった。
***
あるとき、近衛騎士団長子息ロシュフォールが、訓練場で手から血をしたたらせながら剣を振っていた。
「ちょっと! 怪我してるじゃないの、止めなさい!」
「怪我を甘く見るんじゃないわ。悪化したら、死ぬことだってあるんだからね!」
「そのハンカチ、返さなくていいから。はやく救護室に行きなさい」
ロシュフォールは、同世代の女子から媚びを売られこそすれ、叱責されたことなど一度もなかったという。後日、あげたものより上質な絹のハンカチを代わりにと贈られた。
また、あるとき、外務大臣子息ベルナールが、学園の女子生徒らに囲まれ、やんわりと拒絶しているようだが逃れられず、困っている様子だった。
「あー、ベルナール子息? イザベル様が探されてましたよ。お急ぎのご様子でした。案内しますので、どうぞこちらへ」
「……ふう。すみません、イザベル様の件はウソです。困っているように見えたもので」
「あ、わたしは、あなたとどうこうなるつもりは一切ございませんから、安心してください。それでは」
ベルナールは、持ち前の社交術で既に男女の人気を博していたが、それゆえに女性たちから好意を寄せられ、困ることが多かったという。そのような状況をスマートにかわし、しかも純粋な親切心で助けてくれた女性は、彼にとって初めての存在だったそうだ。
***
朝、いつも通りセリーヌお姉様とともに登校すると、馬車寄せ近くに何やら人だかりができていた。
なんだろう、と見ていると、人垣が割れ、中からキラキラの集団が飛び出してきた。
「おはよう! ルブラン嬢、それと、セリーヌ・ド・ヴァロワ嬢」
「お、おはようございます。王太子殿下」
「セリーヌ・ド・ヴァロワが、王太子殿下にご挨拶申し上げますわ」
勢いよく近づいてきたエリアス殿下に驚き、おもわず普通の挨拶をしてしまった。急なことにも動揺せず、正式な挨拶ができるセリーヌお姉様はすごい。クラスが同じだから、慣れているのかな。
「おはよう。ルブラン嬢、とある案件で預かった報告書の数値について、キミの意見を聞きたいのだが。…今日、時間はあるだろうか?」
「ルブラン嬢、顔色が悪いぞ。朝に弱いのか? 鍛錬すれば、朝から元気になれる。一緒にどうだ?」
「る、ルブラン嬢。よければ今日、放課後一緒にお茶しないかい? その…キミの社交術は興味深くって。もっと聞かせて欲しいんだ」
顔面偏差値が高い側近メンバーたちが、我先にとわたしに誘いをかけてくる。……これは、いったい?
「あー…。えーっ…と…」
こまっていると、エリアス殿下が声をあげた。
「おまえたち、ルブラン嬢が困っているだろう。それに、ぐずぐずしていたら授業に遅れてしまう。放課後に交渉しろ」
「…失礼しました、ルブラン嬢。殿下の仰せのとおりに」
「しょうがねえな」
「う、うん。ちょっと、焦りすぎちゃった」
「さあ諸君、教室に向かうとしよう」
エリアス殿下の号令にしたがい、側近たちも、彼らキラキラ集団を囲んでいた見物人たちも、校舎に向かって移動しはじめる。
まさか、わたしを待っていたわけじゃないよね?
「そんな、まさか、ね……」
眉目秀麗の攻略対象たちは、やがてわたしとお姉様の歩調に合わせ、すぐ横について歩いてきた。今日の天気とか担任教師の話とか、他愛ない雑談をふられては、生返事を返す。
いったいどうして、こんなことに?
***
「それはね、コレット。あなたが、ことごとく正解の選択肢を、“シロゲツ”を遊んだこともないのに、素で実践してしまったからよ……」
「どうして……どうして……」
学園サロンでイザベルに諭され、わたしはうなだれていた。
シロゲツとは、乙女ゲーム『白百合の聖女と月桂冠の恋詩』の略称だそうだ。
イザベルの言う正解とは、もちろん、わたしにとっての正解ではない。乙女ゲーム攻略上の正解、つまり、好感度が上がってしまう行動である。
「コレットには、天性のヒロインの資質があるのかもしれないわね」
「ええ……。言っちゃなんだけど、前世では喪女も喪女だったよ?」
「でも実際、あなたって親切だわ。わたくしと初めてお話したときも、わたくしを助けてくれるって、快く応じてくれたもの」
「それは、だって。わたしも、シロゲツの詳細をベルに教えてもらいたかったし」
「そうね。でも、エリアス殿下やレナール、ガスパールとジュリアンにも、下心なく手助けしてくれたって聞いたわ」
「や、だって、それはその。なんか、お悩み・お困りなところに居合わせたからさ。普通に手助けしたくなっちゃうよ。わたし、元は成人女性だし。子供が困ってたら、さ」
文字通り、“人として当然のことをしたまで”なのだ。こちらの感覚としては。
「入学式では刺激的な印象だった分、意外なギャップで、余計に好感度が高いみたい」
「うう~~……」
頭をかかえる。おかしいな。前世では、今の百倍他人に親切にしたところで、恋愛フラグなんかぴくりとも動かなかったというのに。
ガワか? ガワが美少女だからか? くそっ、見た目がいいと、そんなに変わるのかよ!
「悪役令嬢のわたくしが言うのもなんなのだけれど…、誰かと恋愛してもいいんじゃない? エリアス殿下は、その…遠慮していただきたいけれど。側近の皆さんは、どう?」
「んーー……。わたし、男に合わせる生き方をするつもりがないからねー。側近の皆さんにしろ、将来要職の紳士になるわけじゃない? そういう人間とわたし、相性が悪いと思うの」
「まあ…そうなのね」
「あとさ、考えてみてほしい。婚約者が居るのにヒロインを選ぶ男、ぶっちゃけ付き合いたいか? 結婚したいか?」
シロゲツの攻略対象たちは、王族と高位貴族ばかりなこともあって、幼い頃に決められた婚約者を全員それぞれ持っている。
ヒロインが誰か一人、または逆ハーレム攻略するということは、それらの婚約を破局させることを意味するのだ。
「んんんんん~……一理あるわねえ……」
イザベルは眉間に皺をよせながら、腕を組み、首をかしげた。
「一度あった浮気や不倫は、二度でも三度でも起きる。だから『なし』だわ。現実にはハッピリー・エバー・アフターの続きがあるのよ、ベル」
「そ、そうかもしれないけれど、その。婚約って、本人たちが幼いうちに、家同士で大人が決めてしまうものじゃない? それに心が乗らないまま成長して、真実の愛に目覚めることはあると思うの」
「そうね。本人が決めた婚約じゃない以上、愛に目覚めたって状況を責められないわね。ただ、それはそれで、長期的な利害より一瞬の衝動に従う人間ってことだから、やっぱり、わたしは『なし』かな…」
「ベルったら、ロマンがないわね…。せっかくヒロインに転生したのに……」
「ロマンはあるわよ。創作を楽しむときなら、ね。でも、それにしたってねえ。どうして、攻略対象みんなに婚約者がいる設定なのかしら?
ヒロインが誰を選んでも、不幸になる女性が出てしまうだなんて。そんなゲーム、楽しめる?」
「おっと。それライン越えよ、コレット」
「あっごめん。わたしの居た日本には無いタイプの乙女ゲーム設定だから、つい…」
イザベルが、そのようなゲームの大ファンであることを忘れていた。
でも、言わせて欲しい。実際、イザベルは“不幸になる女性”側に転生して、ヒロインに脅かされる不安の中で生きてきたのだから。
「女王の座を争うライバルとか、芸能やスポーツの能力を競うライバルなら見たことあるけれど、特定男性の寵を争うライバルが居る乙女ゲームや女性向けロマンス作品そのものって、わたしが居た日本では見たことない。
だってそれ、不毛じゃない? 評価基準は所詮『個人の好み』にすぎないのに、愛されようと争うのも、それで勝つっていうのも。何をやらせてもダメなドジっ子が好きな男もいれば、優秀で要領のいい子が好きな男だっているでしょう?」
「うーん……。悪役令嬢や恋のライバルがいる乙女ゲームのこと、当たり前に思っていたけれど、言われてみればそうかも……」
「でしょう? だから、側近の皆さんも『なし』」
「でも……、もったいないわね。せっかくヒロインなのに、恋愛せずに過ごすなんて」
イザベルが言葉を言い終える前から、「ないない」のジェスチャーで、わたしは片手をパタパタ振っていた。
「最低でも、今現在恋人も婚約者もいないって前提を満たしてない男は『なし』」
「それじゃあ、殿下たち以外の男子生徒だったら?」
「んんー……現時点だと幼すぎる。わたしの好みに合って、なおかつ、わたしのやることに一切不満を言わず、わたしに黙ってついてきて、尽くしてくれる大人の男性がいたら、考えてあげてもいいけれどね」
わたしは肩をすくめた。
前世でサラリーウーマンをやって一人暮らししていた記憶があるので、今世での自立も「できる」と安易に考えてしまっているけれど、この国では、働く女性の選択肢がまだ少なく、女性の自立に否定的な人間も多いようだ。
そのうえ、自立した女性に相応しい柔軟思考の夫ときたら、前世の日本ですらSSR人材である。妻の収入割合が大きいほど、夫は、家事育児を放棄して男の沽券を守ろうとする(?)統計すら出ていた。今世の中世風な王国が、それよりマシな状況だとは思えない。
そのあたりを含めて説明すると、イザベルも肩をすくめた。
「そう…。それじゃあ、コレットのお眼鏡に適う男性を見つけるのは、難しいかもしれないわね」
「ま、何を優先するかって話よ。わたしは、望む人生を生きることのほうが、素敵な恋愛や結婚より大切ってだけだから。
さ、この話はおしまい。そうだ、なにかいい恋愛小説を知らない? 劇でもいいわ。空想の恋愛なら、リスクなしに楽しめるから好きよ」
「ええ、わかったわ。…そうね、最近読んだものだと――」
この日の会話は、以降、恋愛小説や人気の歌劇などの話題で盛り上がった。
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エリアス殿下からの求婚(側妃として)を丁重にお断りしてからというものの、馬車寄せで殿下たちが待ち構えていることもなくなった。
殿下本人がおいでにならない以上、側近たちも離れるわけにはいかなかったのかもしれない。あるいは、わたしの“お断り理由”が彼らにも伝わり、自分たちも該当することに思い至ったのだろうか。
猛虎を被るのも、実はそれなりに疲れるので、あと三人分繰り返す必要がなくなったのなら、何よりだった。




