猛虎、再び
「――というわけなの」
事情をひとしきり説明すると、イザベルは大きな大きな溜め息をつき、うなだれた。
「そのイベント、『そっとしておく』が正解なの……」
「正解、というと……」
「好感度が上がって、彼の攻略が進むってこと」
わたしは、また頭を抱えこんだ。
「ほんとにごめん」
「いいのよ。わたくしも、その分岐を思い出せなかったのだから」
「そういうの、ぐいぐい攻めるのが乙女ゲーム的に正解なんだと思ってた」
「そう、普通はね。攻略対象との接触が増えそうな選択肢をとにかく選べば、大抵は好感度を上げられるわ。エリアス殿下のイベントは、その『お約束』をいわば逆手にとった、初見殺し分岐なのよね……。ここで間違えると、エリアス殿下の攻略はできなくなるわ」
それが裏目にでて、攻略したくないわたしがルート入りする原因となったわけだ。
現実とは、非情である。
「コレットがわたくしに忠義立てして、しっかりケジメをつけているところがまた、好感度上昇につながってしまったみたい。『彼女はベルの友人だし、正妃と側妃として共に上手くやれるんじゃないか?』って言われたわ」
「ひゃーー……」
友人関係まで、きっちり裏目に出てしまうとは。
ぬかった。前世の記憶が影響して、つい一夫一妻社会の倫理観を基準に考えてしまっていた。しかし、この世界の王族は、一夫多妻を許されているのだ。
「……まあ、物事の良い面も見ましょう。まず、殿下がベルの許可をきちんと求めたところは、いい傾向だわ。それに、わたしを側妃にしたいってだけで、あくまでベルを正妃として尊重するつもりに変わりない」
「そうね。たしかに、そう……。コレットは、この話を聞いてどう思う?」
「『やっちまったな』って感じ。就職先と割り切るなら、衣食住つきの終身雇用で、王太子妃や王妃ほど大変じゃないだろうし、ベルと働けることも含めて悪くはないわね。
でも、これ以上殿下から好かれて、ベルにちょっとでも悪影響が出る可能性を考慮すると、やっぱ『なし』かな。あと、前世三十路超え的に15・6歳はキッズにしか見えない。せめて25は超えてくれないと、恋愛対象として見られないわ」
「そう。じゃあ、わたくしたち二人で、殿下に断りに行きましょう」
「うん。そうしよう」
「ところで、“わたしを側妃にしたい”って言われて、殿下になんて答えたの?」
「『そのお話、ルブラン嬢は同意しているのですか?』って」
「そしたら?」
「『まだだ。ベルの許可を得たら、提案するつもりだった。ルブラン嬢は、きっと喜んでくれると思う』だって」
「はー! やっぱキッズはだめだ。がんばってて偉いけど、キッズだ。なーんにもわかっちゃいねえ!」
わたしは天を仰ぎ、サロンのソファに背中をあずけた。ひとしきり嘆いたあと、またイザベルに目線をあわせる。
「一緒に行くのは決まりとして、どう断ろう。下手にベルを理由にすると、ベルにヘイトが向きそうだから、避けないとね」
「ありがとう。大丈夫だとは思うけれど、そうして貰えると助かるわ」
「うん。そうだなー……どうするかなー……」
さいわい、アイディアはすぐに浮かんだ。おもえば最初から、わたしの方針はひとつだけだ。
わたしは、わたしらしく生きる。
「よし。わたし、もう一度“猛虎”を被ることにするわ」
***
「親愛なる我らが明星、エリアス・ルシアン・ダルヴェーヌ王太子殿下」
わたしが、ひとつひとつ区切りながらしっかり、静かにフルネームを呼ぶと、王太子は目に見えて緊張した。
ミドルネーム文化圏において、普段よばないミドルネームを含めてフルネームを呼ぶのは、どんなときか?
そう。説教するか叱るか、ガチでブチ切れるか、その全部が該当するときである。
「わたしが、どのような身の上に生まれ、なぜ、実の父であるヴァロワ伯爵を忌み嫌い、かれこれ5年以上もの間、彼を執拗に責め続けているのか……。
ご存知ないなどとは、よもや仰いませんよね?」
わたしは、両手を腰に当てて仁王立ちし、あらんかぎりの怒気をこめて、しかし淡々とした声でそう尋ねた。前に立つ王太子の顔色が、みるみる白くなっていく。
「わたしを側妃になさりたいというお話、ぜっっっ……たいに、お断りします。『従わざれば死』と言われても、ぜったいにイヤです。
わたしは、母と義母のような思いをしたくありませんし、イザベル様にも、我が友誼と矜持にかけて、あの悲しみを背負わせたくございません」
わたしは、両手を胸の前で組んだ。王太子が、一歩あとずさる。
「わたしからの返事は以上です。ご理解を賜れましたでしょうか?」
圧をこめて最後に確認すると、王太子は、こくこくと頷いた。
「……よく、わかった。すまなかった、ルブラン嬢。……ベルも。すまなかった」
「わかってもらえてようございました」
「ええ……。エリアス殿下がそう仰ってくださり、わたくしも安心いたしました」
それきり、王太子からの恋愛的アプローチは消えた。
悪気のないキッズに対し、本気で物を言いすぎてしまって申し訳ない気持ちがないでもないが、誤解されたままでは、重大な禍根が残りかねない。
これでよかった、と思うことにしている。王太子の件は、ひとまず解決できた。
だけど、これで終わりではない。
同じく攻略が進んでしまった、他3名の側近メンバーたちに対しても、どうにかして恋愛フラグを叩き折らねばならなかった。




