スナックこれっと、開店
いかにしてわたしが、アルヴェーヌ王国王太子エリアス・ダルヴェーヌ殿下のご寵愛を迂闊にも勝ち取ってしまったか。その始まりは、イザベルと会話したこの日から、およそ三ヶ月前まで遡る――。
***
わたしは、すっかり油断していた。
最大の懸念であった悪役令嬢は、わたしが小説で読んだ通りの、常識的かつ善良な転生令嬢だった。わたしたちは協力関係を結んだ。イザベルがヒロインに求める行動を、わたしはとる。イザベルには、乙女ゲームの詳しい情報を教えてもらう。そうした互恵関係が成立した。
それに、少し違いはあっても前世日本人同士、秘密を分かち合い、身分を気にせず腹を割って話せる友達になれた。それだけでも嬉しかった。
攻略対象たち――アルヴェーヌ王国王太子エリアス・ダルヴェーヌ殿下、その側近で宰相子息レナール・ド・ヴァルモン、近衛騎士団長子息ガスパール・ド・ロシュフォール、外務大臣子息ジュリアン・ド・ベルナール、王国大法官子息セレスティン・ド・ラファイエットの計5名――の詳しい情報、各攻略ルートでどのようにヒロインと仲を深めていくか、どういったイベントでどう行動すればルートを回避できるか、イザベルのおかげで詳しく知れた。
というのも、わたしが読んだ悪役令嬢転生もの小説では、ゲームヒロインが主人公ではないので、そのあたりの話が断片的にしかわからなかったのだ。
イザベルに乙女ゲームの情報を教わった結果、わたしは『攻略対象との接触をそこまで警戒する必要はない』という結論に至った。なぜなら、わたしはヒロインであってヒロインではないからだ。
イザベルに指摘されたとおり、わたしという人間の気質や行動は、イザベルが知る乙女ゲームヒロインと大きく異なっている。つまり、攻略対象がコロコロ恋におちてくれる、健気で儚くて慎ましい愛されヒロインと、わたしは全く異なる存在だ。
つまり、彼らはそう簡単にわたしを好きにならない。
実際、わたしが読んだ小説内では、ヒロインに転生した人間があまりに悪辣であったため、ゲームどおりに行動しても、攻略対象たちを誘惑できなかった。そのため、転生ヒロインは違法な魅了薬を使い、攻略対象たちを従わせていたことが終盤で判明する。
わたしの結論に、イザベルも同意してくれた。一応、ルート入りしうる行動は、イザベルが思い出して教えてくれた部分だけでも避けるにしても、不敬を働くリスクを冒してまで、身分の高い攻略対象者たちとの接触を避けるのは、やめることにした。
王太子に対しては、イザベルとの友人関係も牽制に使える。女は、横のつながりを大事にする生き物だ。イザベルへの裏切りは、すなわち、わたしの不興をかうことを意味する。
まして、いまや学園中に知れ渡っているところである、わたしが父ヴァロワ伯爵を忌み嫌っている理由を考慮すれば、婚約者を裏切る男をわたしがどう感じるか、想像できない人間はいないだろう。
わたしは、わたしらしく過ごしていれば、自然と恋愛ルートをかわしていける。喪女を30年以上やってきた前世は伊達じゃない。ガワが美少女ヒロインになったところで何も変わらない、興味をもたれたのも所詮は女芸人枠だってところ、いっちょイザベルに見せてやりますか!
そう思って、すっかり安心してしまっていた。
それが間違いだった。
***
入学から三ヶ月ほど経過したある日、めずらしく王太子殿下が一人でいるところを見つけた。社交や自由活動の時間を兼ねた長めの休憩時間中、学園の敷地内を散歩していたところ、人が少ない場所にあるベンチで、彼が一人座っているのを見かけたのだ。
わたしは、彼をそっとしておくことにした。
彼はいつだって他人に囲まれていたし、とくに、側近すら一人も連れていないところを見たのは、初めてだった。一人になりたいときだってあるだろう。少なくとも、わたしは一人の時間がないと死んでしまうタイプだ。
だから、まったく彼に気付かなかったフリをして、すぐさま引き返すことにした。
「ルブラン嬢!」
なんで呼び止める?
内心イラッとしたが、呼ばれたからには仕方ない。わたしは、溜め息をこっそりひとつ吐いたのち、踵を返して、王太子のもとに歩いて行った。
「コレット・ルブランが、王太子殿下にご挨拶申し上げます」
スカートの裾を両手で持ち、マナー通り淑女の礼をする。
「怒っているのか?」
「いえ、滅相もない。ただ、お一人で過ごされたいがためにお一人なのだと思い、離れるつもりでしたもので」
「ああ、見ていた。それで気が変わって、キミに少しばかり、話し相手をしてもらいたくなってな。さ、ここに座るといい」
「……ご命令とあらば」
渋々、といった態度をしっかり見せつつ、わたしは王太子の言う通り、彼のとなりに腰掛けた。隙間はもちろん、ちゃんと空ける。ヒロインのようにいじらしく頬を染めることも、ない。
前世で30代以上だったわたしにとって、15・6歳の男子は皆キッズだ。幼いキッズである彼らが、将来の政治的責任を自覚し、キッズなりに一生懸命がんばる姿は、ほほえましくあり、尊敬もできる。
上から目線になってしまうが、前世で同じ歳のころのわたしより遙かに大人だし、りっぱで、優秀だ。アルヴェーヌ王国の臣民を守り導くため、歳にそぐわぬ重圧と戦い、努力を重ねていると知ればこそ、ルートは避けたいけれど、邪険にもしたくない。
どう転んでもキッズにしか見えないので、現実・創作問わず年上知的大人が好きなわたしにとって、恋愛的には射程外でしかないけれど。
わたしがベンチに腰掛けたあと、わたしと王太子はしばし無言で前を見つめ、お互い隣に目を向けることをしなかった。それから、ぽつりぽつりと、王太子が話し出した。
内容を要約すると、アルヴェーヌ王国王太子としての責任とか義務とか重圧とかがつらかったり、自分に自信を持てなかったり、完璧な婚約者であるイザベルに引け目を感じたりするという話で、まあ年相応か、それ以上にちょっと大人びたお悩みを打ち明けられた。
わたしは、それに対して一切アドバイスせず、合コンさしすせそプラスそうですかそれは辛いですね大変ですね系の応答を返し続けた。
前世・今世ともに王族や統治について何ひとつ知らないわたしが、いくらキッズでも現役王太子の彼にアドバイスできることなど何もない。そんなことは彼だってわかっている。つまり彼は、ただ話を聞いてもらいたいだけ。
貴族籍に関心がなく、王族の弱点を握ってどうこうしそうな人間でもないし、あと近しくもないわたしは、悩みごとをつらつら聞いてもらうのに丁度よいと思ったのだろう。
つまりわたしのするべきことは、今ここで『スナックこれっと』を開店し、スナックのママになったつもりで、王太子の話を聞いてあげることである。
今度の推測は当たりだったらしく、王太子は休憩いっぱいまで気分よく語り続けた。休憩時間の終わりをつげる鐘が鳴ったとき、わたしは何も解決策を提示しなかったにもかかわらず、王太子は晴れやかな顔でお礼を言ってきた。
「聞いてくれて、ありがとう。キミに話しているうちに、大丈夫な気がしてきた」
「それはようございました」
「……また、話をきいて貰えるだろうか?」
「イザベル様に今日のことをきちんと伝えて、イザベル様がお許しくださるなら、かまいませんよ。今日のように、壁や柱の代わりに聞き流す程度でよろしければ、アルヴェーヌ王国民の一人として、殿下の日頃のご尽力に報いたく存じます」
「わかった、イザベルに伝えるよ。キミの貢献に感謝する」
「もったいないお言葉、恐縮です」
そのようにキッチリ線引きして牽制しつつ、その後も何度か、イザベルの許可と彼女への連絡を条件に、王太子のために『スナックこれっと』を開店してさしあげることとなったのだ。




