大勝利確定演出です
転生者の悪役令嬢だーー! キタアアアーーーー!!
勝ったぞ! 何にっていわれると困るけれど!
おどろきに目を見開きながらも、わたしは思わず笑顔になり、顔をすこし離して、モンフォール公爵令嬢と目を合わせた。こくこく、と頷いて応じる。
それから、きょろきょろと辺りを見回した。モンフォール公爵令嬢の付き添い令嬢たちの他にも、ここでは、帰宅したり放課後活動に向かったりする生徒が多すぎる。
「立ち話もなんですから、どこか、座れる場所でお話しませんか?」
わたしがそう提案すると、モンフォール公爵令嬢は頷いて応じた。
***
モンフォール公爵令嬢に連れられて向かった先は、学園内のサロンだった。高位貴族のみが借りられる部屋だそうで、ソファやテーブルなどの調度品は、おおむね質素な外観・内装の多い学園の中で、特別に高価なものが使われているように見えた。
「ヴィオレーヌ嬢、マティルド嬢。席をはずしていただける? 今日は、先に帰ってもらって構わないわ」
「え。ですが、イザベル様…」
「心配ないわ。お話しするだけよ。さあ、行って」
モンフォール公爵令嬢に命じられると、付き添い令嬢たちは躊躇いながらもサロンを出た。廊下を歩く足音が、静かに遠ざかっていく。
足音が十分に遠ざかるまで待ったあと、モンフォール公爵令嬢はようやく口を開いた。
「……あなたも、転生者?」
扇をたたんで、わたしに向けながら彼女が尋ねる。わたしは、こくこくと数回うなずいた。
「“も”ってことは、あなたも?」
モンフォール公爵令嬢が同じように小刻みにうなずく。先ほどまで纏っていた、どこか近づきがたいオーラは、今はなくなっていた。
「「よかったーー!!」」
そう言ったのは、わたしたち二人とも同時だった。わたしは思わず握手を求めて手を出し、モンフォール公爵令嬢も快く握手に応じてくれた。がっしと強く手を握り合うだけでは飽き足らず、わたしたちはハグまで交わした。互いの健闘をたたえ合うように、お互いに相手の背中をぽんぽん叩く。
ひとしきり元日本人同士の邂逅を噛みしめたあと、身体を離して、わたしから言葉を継いだ。
「いくつか確認したいことがあるのだけれど、いい? モンフォール公爵令嬢」
「どうぞイザベルと呼んで。そして、もちろん構わないわ。わたくしもコレットと呼んでいいかしら?」
「もちろんよ、是非そう呼んで。あ、コルネリアって呼ばれたら無視することにしてるから、それだけ知っておいて」
「わかったわ。それで、確認したいことって?」
「うん。それなんだけど……」
わたしは、息を大きく吸い込んだ。
「あなたは乙女ゲーム『白百合の聖女と月桂冠の恋詩』の大ファン・プレイヤーの一人で、十代の若さで事故死した元日本人の女性。この世界はその乙女ゲームに酷似した異世界であり、あなたは悪役令嬢のモンフォール公爵令嬢に転生した、ということを前世の記憶と一緒に思い出した。それからあなたは本来の悪役令嬢と異なる行動、つまり常識的な振る舞いや善行を心がけ、婚約者の王太子殿下や他の攻略対象キャラである王太子の側近たちとの関係が悪くならないよう努めた。でもヒロインの行動やシナリオの強制力によって本来の悪役令嬢と同じ運命を辿るんじゃないかとあなたは懸念している。そのゲームのヒロインというのはこのわたし。わたしの入学と同時にシナリオがスタートした。でもわたしの言動や行動はシナリオと異なっていた。そこであなたは、わたしもあなたと同じ転生者ではないかと推測した。あなたの目的は、ヒロインであるわたしと協力関係を結び、この先に待ち受けているかもしれない死や追放の運命を回避することにある。
――ここまで、合っているかしら?」
わたしは、ほとんど息継ぎをいれず早口でそこまで話しきり、最後に質問をつけくわえた。話している間、イザベルは目をまたたかせながら口をあんぐり開けて、ぽかんとした表情を浮かべていた。
「……シャーロック・ホームズ?」
少し間を空けて、彼女はそう聞き返してきた。わたしは思わず笑った。
「“初歩的なことだよ、ワトソンくん”と言いたいところだけれど、推理したわけじゃないわ。わたしの事情も説明するわね。
というか、立ち話もなんなのでって言ったのに、立ったまま話してたわ。ごめんなさい、座りましょう。そうだ、お茶いれる? わたし淹れようか?」
「そ、そうね。座りましょう。お茶なら、学園の給仕に頼めるはずよ。ほら、あそこの通話機で、給仕室に連絡できるの」
「おおっ、ほんとだ。交換手がいたころの電話っぽいものがある…!」
「ね? わたくし、連絡するわ。どうぞ先に座って」
「それじゃ、お言葉に甘えて」
イザベルが通話機のもとに向かう間、わたしはサロン・ソファのひとつに腰をしずめた。彫り込まれた装飾は繊細で、クッションは座り心地がいい。学園の椅子のほとんどを占める、硬い木の座面とはかなり違う。
教会のように質素で禁欲的な学園にあって、ここの調度だけは、貴族の邸宅にあってもおかしくないものにされている。すべての国民に分け隔てなく開かれた教会の施設とはいえ、寄付金のほとんどが王侯貴族によって賄われることを考えると、彼らを蔑ろにできないのだろう。
程なくして、イザベルの命を受けた給仕たちが、うやうやしく紅茶とお茶菓子を用意してくれる。それを二人で静かに見守ったあと、ふたたび二人きりとなった。
わたしはまた、先に話し始めた。
わたしが知る、悪役令嬢に転生した人物を主役とした小説作品のこと。その作品におけるヒロイン像と、わたしとの違いのこと。今世の父親に腹を立てているということ。恋愛ルートに入るつもりはなく、前世のように働いて、独身のまま自立したいと思っていること、などだ。
それからもちろん、イザベルの断罪や処刑を回避するために、よろこんで協力するつもりだという話もした。
「――それじゃあ、あなたにとって、別人が転生した悪役令嬢も、見知った物語の一部に過ぎないのね……。前世の日本も、わたくしとあなたとで違っていて、いわば平行世界の関係なのだわ」
イザベルの言葉に、わたしは頷きを返す。
「よくわかったわ。あなたが転生者だって、実はそこまで確信を持てなかったの。わたくしの知る乙女ゲームの中では、ヒロインは新入生代表じゃなかったし、コレットという名前は、仲良くなった攻略対象にだけ明かして、そう呼んで欲しいって頼むものだったし……。父の不義の子っていう不遇な生まれも、ひた隠しにして健気に耐えて頑張るキャラクターで、もどかしいけど応援したくなるっていう……そんな感じだったのよ」
「実際に見てみたら、全生徒と教師たち相手に『コレット・ルブランと呼べ』と宣言してくるし、父親のことを隠そうともせず堂々とキレ散らかしてる、やべぇ女で引いた、と」
「そ、そこまでは思っていないわ! あまりにも強者で、無敵すぎるタイプっていうか、その…、わたくしの知るヒロインちゃんとは、全然ちがう性格だなって思っただけ。
あれだけ大勢を前にスピーチするのだって、全然緊張していないっていうか……、むしろ、こちらが圧倒されるオーラをまとっているというか。猛虎が如くって雰囲気で、すごく驚いたけれど」
猛虎て。
「前世でも勉強は好きなほうだったから、新入生代表で挨拶したことがあったの。昔とった杵柄ってだけ」
「そうだったのね。前世のわたくしは、勉強苦手だったわ。今世では、処刑回避のために頑張っているけれど」
話すうち、前世が蘇ってきたのか、無意識に口調が砕けていく。
「いいじゃない。前世は10代の若さで亡くなったのだから、今世は老婆になるまで生き延びてやりましょう。努力して学んだことは、決してあなたを裏切らないわ。
わたしは自分がいつ・どうして死んだか覚えていないけれど、すくなくとも30代までは前世を生きたの。今世では年下だけど、中身は年上のつもりで頼ってくれて構わないからね」
「ありがとう、コレット…! とっても助かるわ。まさかここまで話がスムーズに進むと思わなかった」
「わたしのほうこそ、あなたが乙女ゲーム準拠の悪役令嬢なのか、小説準拠の転生者なのか、さっぱりわからなかったのだけれど、後者で本当に助かったわ。
わたしが王太子に声をかけられたときのこと、覚えてる? イザベルったら、わたしを真顔で睨んでるように見えたから、『乙女ゲームそのままの悪役令嬢なんじゃ…』って思って、こわかったんだから」
「まあ、それはごめんなさい。睨んでいるつもりはなかったのだけれど、他人からはそう見えやすいみたいで…」
「いいの、謝らないで。悪役令嬢のガワが悪さしたのね」
それから、イザベルとわたしの会話は弾みに弾んだ。お互い、前世の記憶という秘密を打ち明けられる初めての人間同士で、話したいことが山ほどあった。
鐘楼の鐘が鳴り響いて、ふと窓の外を見れば、辺りはすっかり真っ赤に染まっていた。もう日が暮れてしまう。
「いけない、もうこんな時間。さすがに帰らないと、うちのクソ親父が乗り込んでくるかも」
「あははっ、そうね。また、いくらでもお話しできるんだし、今日は帰りましょう。帰りは、わたくしの馬車に乗ってちょうだい。家まで送るわ」
「ありがと、イザベル」
「ベルって呼んで、コレット。親しい人には、そう呼んでもらっているの」
「うん! わかったわ、ベル」
こうして、わたしたちは友人関係、かつ同盟関係を結び、互いの幸福と明るい未来のために協力を惜しまないことを約束した。
このさき王太子妃となる現公爵令嬢と友誼を結べるだなんて、もはや、学園で得るべき人脈はすべて手に入れたといってもいい。
勝ちました、今世。大勝利確定演出です。
喜びを胸に意気揚々と、わたしはイザベルの豪華な馬車に同乗させてもらい、ヴァロワ伯爵家への帰路につくのだった。
***
後日、わたしたちは再びサロンに集まっていた。イザベルは沈痛な面持ちを浮かべており、わたしも頭を抱えていた。
「今日…殿下に、『ルブラン嬢を側妃にして構わないか』と聞かれたわ…」
「わたしは同意してないんです…! そんなつもりじゃなかったんです…!」
これから一体どうすべきか、わたしたちは真剣に話し合わなくてはならなくなっていた。
みなさんはどのシャーロック・ホームズが好きですか?
筆者は、BBCドラマの現代版シャーロック・ホームズ(ベネディクト・カンバーバッチ主演)が大好きです。




