登校2日目、呼び出されました
「コルネリア、入学式はどうだったんだ?」
「…………」
「……コレット、入学式はどうだった?」
「別に、どうもしません。普通です」
夕食をとる合間にアルマンから尋ねられ、いつものように塩対応する。
実際には大分どうかしていたし普通には程遠かったけれど、今の彼には話す気になれない。おかあさんと暮らしていたころだったら……。感傷に浸っても仕方がないけれど。
「あー、セリーヌ? 入学式はどうだったかな。コレットのスピーチはどうだった?」
「つつがなく。コレットはとてもよくやっておりましたわ、お父様」
セリーヌお姉様は律儀に、淡々と簡潔に返事する。王太子殿下や、側近の高位貴族令息たちとの会話が弾んでいたことは、詳しく説明するつもりがないようだ。
下手にそんな情報を渡せば、わたしかセリーヌお姉様の縁談を申し入れるとかアルマンは言い出しかねない。お姉様はともかく、わたしには絶対やめてほしい。
会話はそれきりで、カチャカチャと静かな食器音だけが響いた。食事を終えれば、それぞれが席をたつ。
「おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
「おやすみなさい、二人とも」
「おやすみなさい。皆様」
「あ、伯爵様。わたしをサント=ミレイユ孤児院にやってください」
「おやすみ、コレット」
夜のあいさつを交わしたら、各々が自分の部屋に戻っていく。
侍女たちに寝支度をしてもらい、大きな天蓋つきベッドに沈み込む。毛布をかぶって目を閉じると、今日のことが頭の中をかけめぐった。
スピーチへの周囲の反応、避けられなかった攻略対象との接触、悪役令嬢のあの様子……。こちとら恋愛はお断りだというのに、攻略対象に絡まれたり、悪役令嬢と対立したりすることは避けられないのだろうか?
これが乙女ゲームなら、ヒロインのわたし次第で何でも選べるはず。でも、わたしの知る小説だったら、ヒロインの思惑はむしろ通らない?
……考えても仕方がない。これからしばらくは極力無難にやり過ごしてみて、攻略対象たちの興味をうまくフェードアウトさせてもらえれば、恋愛ルートだのなんだのとは無縁でいられると信じよう。
はじめての登校、入学式の疲れがどっと押し寄せ、わたしの意識は眠りに沈んでいった。
***
「おはよう、コレット・ルブランさん」
「はい、おはようございます」
「お、コレット・ルブラン! おはよう!」
「…はい。おはようございます」
「ねえ、あの子が昨日のあの……」
「ええ。コレット・ルブラン嬢、よね? ヴァロワ伯爵令嬢の」
「へえ、あれが……」
今朝は、知らない人から名指しで挨拶されまくり、別学年と思われる生徒たちからも、声をかけられたり噂されたりが絶えない。まるで芸能人だ。
仕方ない。スピーチはちょっと失敗だった。しばらく無難にしていれば、みんなも飽きてくれるだろう。そして、ほどほどの知名度だけ残ってくれれば、きっと将来の役に立つ。
「うふふ。コレットったら、すっかり学園の有名人ね」
「ははは……。皆さん、よっぽど退屈していたんですかね」
「ふふ、そうかもしれないわね」
セリーヌお姉様は、なぜかこの状況を楽しんでいるらしい。
昨日の様子や、今の感じから察するに、お姉様は比較的わたしに好意的であるようだ。それは素直にありがたい。お互いの存在に思うところがないと言ったらウソになるけれど、同じ屋根の下で暮らす間柄なのだし、良い関係でありたかったから。
「それじゃ、また帰りにね」
「はい。ではまた」
***
中等部1年Aクラスに入ると、皆が一斉に振り向くものの、それ以上なにかしようという生徒はいない。
わたしは安心して、空いている席をとり、カバンを置いた。
「おはようございます、ルブラン嬢」
「おはようございます」
隣の令嬢が挨拶までしてくれる。名前なんだっけ。ごめん、覚えていなくて…。
どうも、人の名前を覚えるのは難しい。日本の小学校みたいに、名札をつけていてくれたらな。
授業は予定どおりに粛々と進み、前世で習得済みの内容だったり、社交ダンスやこの国の歴史なんかの初めて習う内容だったりを学んだ。
昨日は色々と衝撃展開だったけれど、授業中は比較的平穏に過ごせそう。攻略対象たちは別学年だし、こちらから積極的に関わろうとさえしなければ、意外と問題ないのかも。
悪役令嬢転生ものだと、こういう消極的な試みは失敗に終わりがちだけれど、わたしはヒロイン様だ。わたしが為せば成る、のかもしれない。
何事もなく授業を終え、クラスメートと平和的かつ無難に軽いやりとりをしたら、帰り支度を整える。あとは、馬車留めに無事たどりつき、一刻も早く直帰するだけだ。セリーヌお姉様が遅くなるようなら、馬車の中で籠城して待てばいい。
そう思ったときだった。
「コルネリア・ド・ヴァロワ伯爵令嬢。――いえ失礼、ルブラン嬢」
気の強そうな声が、教室の出入り口からわたしを呼んだ。そちらを見やると、見覚えのある豊かな金髪が目に入った。
イザベル・ド・モンフォール公爵令嬢だ。付き添いの令嬢を2人つれ、扇で口元を隠した彼女が、悠然と立っている。
呼び出しだーー! ちょっと展開はやくない??
エッ…まだ…まだじゃないか? まだ登校2日目だぞ。王太子殿下だって、まだそれほどわたしに興味もってないんじゃないか? すくなくとも、異性としては。
アレですか。「婚約者のある殿方に近づくなんて!」ですか。ちゃいますやん。呼ばれたら行くしかないですやん。身分の低い人間なのですから。
「……はい。ごきげんよう、モンフォール公爵令嬢。どのようなご用件でしょうか」
おそるおそる彼女の近くに赴き、出入り口の敷居を挟んで向かい合う。
彼女の氷のような瞳が、わたしを射貫くように見つめていた。
「お話がありますの。お時間をいただけて?」
かなりイヤだ。帰りたい。帰りたいが、身分的にも情報収集的にも従うほかない。
彼女が乙女ゲーム準拠の悪役令嬢だとすると、王太子の関心を引くわたしが気に食わないはず。嫉妬心から酷い嫌がらせを受けるのは避けたいし、彼女を断罪する事態もできれば避けたい。罪を犯した者には罰を与えなければいけないけれど、そのきっかけがわたしであってほしくないのだ。
どうにか交渉の糸口を見つけなくては。
「……わかりました。先に、遅くなると姉に伝えてきたいのですが」
「気にしないでよくってよ。セリーヌ様には、もうお伝えしてあります」
用意がいい。そういえば、王太子もモンフォール公爵令嬢も、セリーヌお姉様と同学年だった。ひょっとしたら、クラスも同じかも。
わたしは、溜め息がでそうなのを我慢して、教室の外に一歩ふみだした。
「お話とは?」
わたしが促すと、モンフォール公爵令嬢は、ちょいちょいと手招きをしてきた。耳を貸せ、といいたいらしい。
指示に従って顔を寄せると、モンフォール公爵令嬢は、扇でわたしたちの口元を隠し、ちいさな声で語りかけた。
「あなた、“日本”を知っていて?」




