おもしれー女をやってしまった
正面玄関から外に出て、馬車通学組にまざり、学園の馬車留め場に歩いて行く。
さて、もしも乙女ゲームシナリオどおりの展開が起きるとしたら、このタイミングで攻略対象全員が接触してくる。攻略対象は全員学年が上なので、ヒロインと同じクラスにはいないのだ。
ゲーム的に考えれば、攻略対象ご紹介フェーズのお時間である。
そして、悪役令嬢転生小説の筋書きどおりの展開が起きるとしたら、このタイミングで、転生主人公が物陰からわたしを観察する。攻略対象たちがヒロインとどう接触するか、自身の婚約者である王太子とどのような様子を見せるか、確認するためだ。
さあ、どうなる?
わたしは、周囲をすばやく目だけで確認しつつ、やや早歩きで馬車留め場に向かった。二次元イラストと生身では、まったく印象がちがうだろう。どれが悪役令嬢? どれが王太子? どれが攻略対象たち?
……だれも接触してこない。スピーチの影響で、こちらに向く好奇の目はいくつかあれど、「これぞ攻略対象」「これぞ悪役令嬢」といえる人物は見つからず、話しかけられることもない。
欲をいえば、ヒロイン視点シナリオや恋愛ルートを熟知した『小説準拠の転生悪役令嬢』に接触できたらよかったけれど、攻略対象に接触されず初日をやり過ごせたなら、僥倖だ。
わたしが幾らか安心し、速度をゆるめて歩き始めたとき、それ――いや、かれらを見つけた。
馬車留め場に向かう道の途中、小さな広場か公園のようなエリアの横を通りがかったとき、そこに何やら人だかりがあって、賑やかことに気付いた。なんの集まりだろうと目を向けると、その人だかりの中心に、いた。
間違いない。この人たちこそ、『白百合の聖女と月桂冠の恋詩』の攻略対象たちだ。そして、一人だけ混ざった華やかな女子生徒こそ、かの悪役令嬢にちがいない。
その人たちは、ゲームのエフェクトじみたキラキラを、実際にまとっているように見えた。あきらかに、他の男子生徒たちとは別格だった。王太子のウィリアム――いやユリウス? エドワード? レオンハルト? セシル? なんだっけ――とにかく王太子殿下を中心に、側近たちと、くだんの悪役令嬢らしき美少女がいる。
彼らは、お近づきになろうとする男女の生徒たちに囲まれ、いそがしそうに対応している。まだわたしに気付いていない。
チャンスだ! このまま通り過ぎてしまえば、後続の恋愛フラグもおおむね無効化されるはず!
わたしは、何事もなかったように視線を進行方向に戻し、静かにその場を立ち去ろうとした。
「あ、キミ! コレット・ルブラン嬢!」
「ぴゃあっ!!」
ビクン! と身体が跳ね上がり、なさけない悲鳴をあげてしまった。
ギギギ……と、さびた金属が軋む音のしそうな動きで、わたしはゆっくりと、声の主を探して振り向いた。
王太子だ。ちきしょう! 見つかった!
目がばっちり合い、手まで大きくお振りあそばされている。
そういえば、前世でもステルスゲームは大の苦手だったな……。
わたしは接触回避を諦め、とぼとぼと彼らの元に向かった。貴族にしろ平民にしろ、国家権力の不興を買うわけにはいかない。
カバンを持っているから片手だけで軽くスカートをつまみ、淑女の礼でご挨拶をする。
「コレット・ルブランが、王太子殿下にご挨拶申し上げます」
名前を思い出せないが、軽々しく名前を呼んではいけないマナーがあって助かった。
「顔をあげて。そんなに怯えなくても、取って喰ったりしないよ」
おもしろがっている声色でそう言われ、わたしはおそるおそる礼を解き、目を上げた。
推定攻略対象の皆様、そろって良い笑顔。顔がいいから輝きがすごい。
嫌な予感がする。
「キミのスピーチ、なかなかインパクトがあって良かったよ。もう何度も入学式の挨拶を見てきたけれど、キミを超える衝撃を与えた新入生は見たことがない。
あんなに短いスピーチでこれほどの爪痕を皆に残すなんて、キミ、やるね」
しまったーー! 『ふーん、おもしれー女』で好感度をあげちまったーー!
無難なスピーチにしておけばよかったかも~~!!
おもしれー女で好感度があがるって夢小説だけの話じゃないの!? アッこの世界って乙女ゲームもしくは小説だった! ちきしょうめ!!
「あ、あはは……。お褒めにあずかり、光栄に存じますわ……」
乾いた笑いと引きつった応答しかでてこない。
いや、まだ逃げられる。まだ舞える! こうなったら早急に撤退して、不敬でない形の付き合い悪さで軽く失望していただきつつ、これ以上の好感度上昇と今後の接触を避ける!
そうだ、帰りの馬車! セリーヌお姉様!
「申し訳ございません。実は、姉と一緒の馬車で来ておりまして。待たせているかもしれませんので、おそれながらこれで失礼を――」
「姉君ならここにいるぞ?」
ヒェッと息を呑んだ。見れば、たしかにセリーヌお姉様の姿があった。
なんでいるんだよ! いや好きな場所にいたらいいけどさ!
撤退手段が消えた。いい理由だと思ったのに。
セリーヌお姉様は、はじめて見るキラキラした笑顔で、令嬢らしく上品な手振りをわたしに向けていた。なんでそんなに笑顔?
「みなさま、あなたの話を聞きたいとおっしゃるから、お話していたのよ、コレット」
まったく悪気のない善意マックスのオーラを背負い、セリーヌお姉様がほほえみながら説明してくれる。
なんてことをしてくれやがっているのですか、親愛なるお姉様。
攻略対象云々の話はできないから、事情をご存知なくても致し方ないのだけれど!
「聞いたよ。家でも苛烈だそうだな」
「お父君のこと、キミの怒りは尤もだ。己の不明を恥じたよ」
「だな。“のぞんで不義の子に生まれる者はいない”、考えてみれば至極当然のことだ」
「毎朝晩、あいさつ代わりに『お前の顔を見るくらいなら、孤児院に行くほうがマシだ』と父親に苦言を呈しているというのは、本当か?」
「我々に関わらず通り過ぎようとする生徒はあまりいないから、遠くからでもキミをすぐ見つけられたよ」
攻略対象たちが、わいわいと好意的にわたしの話をする。まずい、この流れでいくと――。
「この学園にいる間、私たちは平等に学生同士だ。よければ、私の側近たちともども、仲良くしてもらいたい。キミのことをもっとよく知りたいし、もしキミが何かにこまることがあれば、遠慮なく相談してくれ。力になるぞ」
わたしが名前を思い出せてすらいない王太子殿下は、とても素敵な笑顔で、たいへんにご親切で善意に満ちたお申し出をしてくださった。
……終わった……。
意味がわからんほど好印象をもたれている。なんでや。そうはならんやろ。
なっとるやろがい! ウワーン!!
ふと、悪役令嬢――王太子の婚約者様である、イザベル・ド・モンフォール公爵令嬢と目が合った。豊かに伸びた金色の髪は、陽の光をうけて光り輝き、目がさめるほど美しい彼女の容姿を引き立てている。
彼女だけは笑っておらず、感情の読めない真顔で、こちらをじっと見つめていた。
乙女ゲーム準拠の悪役令嬢さんかもしれなーーい!!
もうダメだぁ……おしまいだぁ……。
そのあとは適当に生返事ばかりしていて、記憶もおぼろげだが、セリーヌお姉様が「帰る」と辞去するのに合わせて離れた。
帰りの馬車では、『コレットはなぜ落ち込んでいるのか』と疑問符をいっぱいに浮かべたセリーヌお姉様から、あれこれ心配そうに質問をうけ、すべてに「大丈夫です」「なんでもないです」と受け答えをしつづけた。




