コレット・ルブランです
「ここが、王立ベルクロワ学園、か…」
今日わたしが入学する王立ベルクロワ学園は、教会が併設されている、いわゆるミッション系の学校である。
わたしが暮らすアルヴェーヌ王国では、ルミエラ教という、前世でのキリスト教をオマージュしたような一神教が信仰されている。ルミエラ教では銀の正十字が使われていて、ベルクロワ学園の建物にも、そこかしこに正十字のモチーフが見られた。
もともと貴族限定の学校だったわりには、宮殿のように豪奢ということはなく、こざっぱりとして慎ましやかな雰囲気だった。建物は白灰色の石造りが中心で、十字形の大窓やステンドグラスが見られ、きれいに剪定され掃除された並木道、シンプルな噴水、尖塔を備えた礼拝堂らしき建物などがある。
メインの学び舎と思われる建物の正面玄関前に馬車寄せがあり、わたしとセリーヌお姉様を乗せた馬車は、そこで止まった。最初にセリーヌお姉様、次にわたしの順で、それぞれ従者の手を借り、馬車から降り立つ。
入学案内によると、学生寮もどこかに併設されているそうで、馬車通学以外の生徒も歩いて玄関に向かってきていた。彼らに混ざり、わたしとセリーヌお姉様も中へ入っていく。
中には、新入生に集合場所を呼びかける職員の姿があった。
「それじゃ、わたくしは自分の教室に向かいます。新入生のご挨拶、どうぞがんばってくださいね、コレット」
セリーヌお姉様が、しずしずと上品な口調でわたしに声をかける。
「はい、お姉様。では、また後で」
「ええ、また後で」
新入生とは別方向に進行方向をきりかえ、セリーヌお姉様は、よく手入れされた白銀の髪を揺らして歩いて行った。
学年毎に色違いのリボン・タイ以外、同じデザインの制服を二人とも着ているが、セリーヌお姉様の歩き姿は、わたしよりずっと洗練されている。立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花。まるで彼女だけドレスをまとっているみたいだ。
生まれついて貴族教育を受けてきた彼女と、直近5年間の付け焼き刃で貴族教育を受けたわたしとでは、やはり埋められない差があると強く感じる。
わたしとセリーヌお姉様の関係は、とくに良いとも言えないが、けっして悪くもなかった。互いに深く関わろうとせず、家でもほぼ交流がなかったが、すくなくとも互いに憎んだり攻撃したりしたことはないし、意地悪をしたりされたりしたこともない。本妻の娘と愛人の娘との関係にしては、かなり良好であると言えるかもしれない。
まあ、仮にわたし個人に思うところがあったとしても、ヴァロワ伯爵家一番の権力者である当主アルマンに対し、ほぼ毎日派手に食ってかかっている姿をみたら、大抵の人間は敢えてわたしを攻撃しようとは思わないだろうけれど。
まず間違いなく反撃されることは想像に難くないだろうし、実際、わたしはやられたらやり返す派だ。戦うに足る理由と覚悟が無いかぎり、そんな人間を人は普通攻撃しない。
わたしは、義母である奥様のことも、異母姉のセリーヌお姉様のことも、人として尊重したいと思っている。いつか家族と思えるようになるか、他人のままでいるか、先のことはわからないけれど、いずれにしても二人とは互いに尊重しあえる関係でありたいものだ。
なにせ、彼女たちには何も悪いことをされていないし、わたしだってそうだから。
彼女たちとゲームヒロインとの関係は、小説ではどうだったっけ? 登場しなかったか、それとも印象がうすくて忘れてしまったか、ともかく記憶にない。
わからないものを考えても仕方がない。できることをやればいいか。
***
中等部新入生の集合場所、兼これから学ぶ場所となる教室は、入学試験の成績順でクラス分けされていた。わたしの成績は学年一位だったとのことで、Aクラスにわたしは振り分けされた。張り出された名簿から察するに、いちクラスあたり30人程度の生徒がいて、Jまでの10クラスがあるようだ。
教室の中は、日本でいうと中学校というより、大学の講義室を連想させた。固定の長机と長椅子が列をなしていて、大きな黒板と教壇がある。
すでに集まっている学生たちの中から、つるめそうな女子生徒に話しかけてみようとして――わたしは止まった。どの子が平民なのかしら?
令嬢に話しかけてもいいのかもしれないけれど、出方が読めない。付け焼き刃の令嬢教育のボロが出て、不審に思われるかもしれないし、ヴァロワ伯爵家の不義の子だという話が既に広がっているとしたら、きつい対応をされる可能性がある。
平民の生徒もいるはずだけれど、割合としては少ない。裕福な商家の子や、代々王宮官吏を出す家の子が大半だという、平民の生徒とのコネクションをできれば持ちたいところだけれど、このクラスにはそもそも居ないかもしれない。
そういえばわたし、前世で学校が苦手だったな。勉強は好きなのだけれど、クラスメートと仲良くするのはどうも苦手で。
若干ブルーになっていると、担任だという先生がやってきて、入学式の説明をはじめた。
代表スピーチを依頼されてしまったし、とりあえず入学式に集中しよう。姓名を聞けば、どの子が貴族でどの子が平民かも察しがつくだろうし、あとで自己紹介タイムくらいあるだろう。
***
『――つづきまして、中等部新入生代表、コルネリア・ド・ヴァロワ伯爵令嬢』
司会進行役のアナウンスに従い、壇上にあがって、拡声器の前に立つ。
式典会場の講堂はかなり広く、大勢の生徒が所狭しと座っていた。中等部と高等部の全生徒、たぶん二千人ほどが1階・2階・3階席に並んでいる。
この中のどこかに、悪役令嬢と、避けるべき攻略対象の貴族令息たちがいるのだろう。
それじゃまずは、かわいくないところ一丁、かましてやりますか。
『中等部新入生代表、コレット・ルブランです。これから、よろしくお願いします』
長くて詩的なスピーチをする雰囲気をガン無視し、わたしはそれだけで代表挨拶を終え、一礼しようと教壇から一歩さがった。ルブランとは、ヴァロワ伯爵家に引き取られる前のわたしの姓、つまり平民としての姓である。
ざわざわとどよめく講堂を見て、ふと思いつき、もう一度拡声器に近づいた。
『――戸籍上は、先ほどのご紹介どおりの名前で合っております。ただ、その名前はキライなので、どうぞコレット・ルブランとお呼びください』
それだけ付け加えたあと、今度こそ一礼を済ませ、わたしは壇上から降りた。
くすくす笑いや好奇の視線にさらされるのは想定内。何事もなかったかのように、わたしは堂々と自分の席に戻った。
我ながらいいスピーチだった。このナマイキさ、反骨心。貴族令息の攻略対象たちは、わたしに対し、どう転んでも恋愛的な興味をもったりしないだろう。
一方、この学園でマイノリティの平民学生たちには、わたしの気骨を多少かってもらえるかもしれない。同学年の全クラス、あるいは学年縦断で関心をもってもらえれば、コネづくりや就職口さがしの糸口になりそうだ。
会場の困惑はほどなく収まり、引き続き、入学式はつつがなく進行された。
***
「コルネリア――じゃなかった、コレット・ルブラン嬢」
「はい」
さっそく希望を反映してくれた担任教師に返事して、自己紹介のために立ち上がる。
周囲からはくすくす、ざわざわと声があがる。嘲笑の的になるのは些か不利益だけれど、わたしなんて別におもしろい人間じゃあないし、そのうち飽きてくれるだろう。
家で教わった淑女の礼をつくり、制服スカートの裾を両手で軽く持ち上げる。
「コレット・ルブランです。将来は、働き口を見つけてヴァロワ家を出て、独身のまま自立する予定です。良い就職先がありましたら、ぜひご紹介ください。よろしくお願いします」
軽く会釈して、着席する。
また、周囲からざわざわと声があがった。今度は内容が聞こえる声量である。
『家を出るって、平民になるってこと?』
『生涯独身? 女性なのに?』
『聞いたんだけど、彼女、ヴァロワ伯爵の愛人の娘らしくって――』
『わざわざ、平民の名前で呼べって――』
当の本人を目の前に、なかなか遠慮のない会話である。なるほど貴族のモラルはこんなもんか、と思っていると、貴族の一員である担任教師がえへんえへんと空咳をし、生徒たちの注意を引いた。
「皆さん、静粛に。とくに、将来も貴族をつづける気のある皆さんは、貴族として恥じない品性を持たなくてはいけませんよ」
その言葉を聞いて、生徒たちの大半が背筋をのばした。会話も止んでいる。
ふむ。意外にも、真っ当な人間は多いのかもしれない。
「ルブラン嬢。女性の身では苦労すると思いますが、先生は応援しますよ」
「ありがとうございます」
意外な好評。担任教師は男性だが、身近で苦労している女性を見ているのかもしれない。
すくなくとも1年間は付き合うクラス担任からの心証がいいとは、ありがたいことだ。運が良ければ、いい就職先も斡旋してもらえるかもしれない。
その日は、クラス全員の自己紹介と、授業カリキュラム資料や学生証の配布、施設の説明などで終わり、帰宅となった。
Aクラスには平民女子学生がおらず、結局だれとも交流できなかったけれど、言いたいことは全部言えたし、まずまずの滑り出しだったとみてもいいだろう。
わたしは黙々と資料をカバンに詰め、帰宅の途についた。




