初恋の聖騎士
王立ベルクロワ学園に入学して、半年が過ぎた。日本の学校と異なり、ベルクロワ学園の学期は9月始まりなので、年をまたいで4月である。
4月には、春の交流会が予定されている。交流会とは、学園内で開催される社交パーティーのことだ。去年9月に入学した学生にとっては、これが初めての社交となる。
ほとんどの生徒は貴族なので、各自家でダンスや社交術の教養を身につけている。しかし建前上、この学園はすべての人間に開かれているので、入学して初めて学び始めた生徒でも問題ないよう半年の学習期間を用意し、誰もが問題なく交流会に参加できるようにしている――らしい。
わたしとセリーヌお姉様も、この春の交流会に出席を予定していた。わたしは平民生徒の人脈を獲得したいし、セリーヌお姉様の婚約者はまだ決まっていない。
憂鬱なのは、ヴァロワ伯爵が同行するということだ。学園につくまで一家4人で馬車に乗り、顔を突き合わせて話しかけられることに耐え、交流会の間もなにかと話しかけられることだろう。非常にだるい。
エスコートしてくれる他家の男性がいれば、そちらの出迎えに同乗することになるし、交流会の間も彼に付き添ってもらう関係で、伯爵との関わりは最小限で済む。
だけれどもちろん、恋愛フラグをすべて叩き折り、独身街道を突き進まんとするわたしに、そのような都合のよい男性はおらず。
「あーあ。面倒だな」
交流会参加の準備を進めつつ、わたしは独りごちた。
「まあ、しょうがないよね。気分転換に出かけてこよっと」
わたしは侍女に声をかけ、外出の身支度を頼んだ。
今日は週末休み。わたしは、昔から馴染みの場所――サント=ミレイユ教会と付属孤児院へと向かった。
***
「院長先生ー!」
馬車から降りてすぐ、心の祖母として慕う修道女のシスター・アニエス――孤児院の院長先生をみつけ、わたしは大きく手を振りながら呼びかけた。
たらいに入った洗濯物を抱えていた院長先生は、こちらに気づくと、ぱっと笑顔をうかべた。手荷物をいったん脇に置き、こちらに歩いてくる。彼女について、小さな孤児たちもちょこちょことついてきた。
「いらっしゃい、コレット。大きくなったねぇ」
「1ヶ月じゃ、そんなに大きくならないよ」
「あら、そうかい? どうも、昔の姿が忘れられなくてねぇ」
「ふふっ。子供たちのおやつは、無事とどきましたか?」
「あぁ、届いたよ。寄附も、いつもありがとうね」
「いーえ。ヴァロワ伯爵に出させることしか、今はできないけれど」
院長先生のもとに小走りで向かい、彼女のしわがれた両手をとる。
大勢の子供たちを撫でてきた、水仕事で荒れた痕の多くあるその手は、わたしの大好きな心地よい感触をもっていた。
「コレットおねーちゃーん」
「コレットおねえちゃんだー」
「おみやげは? おかしある?」
「あるわよー。先に送っておいたから、今日のおやつに出るわ」
「わーい、おやつー!」
「おかしー!」
きゃっきゃと無邪気にはしゃぎながら、子供たちが喜びの舞を踊る。かわいらしい姿に、わたしは思わず笑顔になった。
「今日は、ノエルも遊びに来てくれているわよ」
「えっ、ノエル兄さんが!? どこどこ?」
「ふふふ、礼拝堂で祈りをささげているわ。そろそろ、終わる頃じゃないかしら」
「わたし、ちょっと声かけにいってくる!」
院長先生の言葉を聞き、わたしは喜んで礼拝堂に駆けていった。
***
ノエル兄さん――ノエル・セヴランは、ルミエラ教会の聖騎士として働いている男性だ。
サント=ミレイユ出身の孤児で、わたしの生母ロゼット・ルブランによく懐いていた弟分だったそうだ。母がヴァロワ伯爵と結婚して――これは偽装だったのだけれど――わたしという娘をもうけた後は、わたしの世話をしに足繁く通ってくれた。
わたしにとってノエル兄さんは、年の離れた実の兄も同然の人で、憧れの人でもある。いつも優しくて、清廉な雰囲気をまとった、かっこいい人。今世の初恋の人だ。
一回り年上の彼は、今は25歳だろうか。
彼は、15歳のとき孤児院を出て、教会の見習い聖騎士として就職した。忙しいだろうに、それからもしょっちゅう家に来て、わたしと遊んでくれていた。
しかし、わたしがヴァロワ伯爵家に連れて行かれ、それっきり、ノエル兄さんには会えていない。来てくれていたとしても、客観的には血のつながりも何もない他人だから、門前払いを受けてしまっただろう。
手紙のやりとりはしているけれど、忙しいノエル兄さんをわたしのことで煩わせたくなくって、いつか会いたいと書くばかりで会えずにいた。
彼は、4年前に聖騎士として正規に叙任されたらしい。
今の彼は、どんな姿をしているだろう。昔から神の教えを重んじる、敬虔な信徒だったノエル兄さんには、聖騎士の白い甲冑がよく似合うに違いない。
――教会の扉を開くと、古びた蝶番がギギイと軋んだ音を立てた。
小さな礼拝堂のベンチには、今は誰も座っていなかった。ただ、中央の銀正十字の前で一人、誰かが跪き、頭を垂れて祈りをささげている。ルミエラ教会のシンボルである正十字を刻んだ白い外套を羽織った、甲冑姿の騎士だった。
「ノエル兄さん?」
はやるあまり、相手の祈りを邪魔して声をかけてしまう。彼はぴくりと反応し、ゆっくりと立ち上がって、振り向いた。
高い背丈、しっかりとした体幹を感じる立ち姿。焦げ茶の髪を短く刈っている。優しげな眼差しの瞳は、青みがかった灰色をしていた。5年の歳月は顔つきに強く表れ、記憶よりずっと大人に見える。
りっぱな聖騎士の甲冑をまとったノエル・セヴランが、そこにいた。
彼は、わたしを見ると、おどろきに目を見開いた。
「――ロゼット姉さん?」
わたしはクスッと笑い、とことこ歩いてノエル兄さんのもとに近寄った。
「ちがうわ。コレットよ、ノエル兄さん」
「あ、ああ。そうだよね。おどろいた――大きくなったね、コレット。それに、とても綺麗になった。ロゼット姉さんが、神の御許から帰ってきてくれたのかと思ったよ」
「わたしで残念?」
「まさか。会えてうれしいよ、コレット」
「えへへ、よかった。ハグして!」
「甲冑ごしになっちゃうけど、どうぞ」
両手をひろげたノエル兄さんの胸に飛び込み、甲冑つきで大きい胴回りに腕をまわして抱きつく。ノエル兄さんも、甲冑ごしに軽くわたしを抱きしめてくれた。
前世基準でいえばノエル兄さんとて年下だが、彼を前にすると、今世わたしの子供心が強くなり、つい甘えたくなってしまう。
おもえば、素直に甘えられる相手は、もうノエル兄さんしかいないのだ。
しばらくの間ハグしたあと、わたしたちは離れた。見上げれば、ノエル兄さんの現在の顔がある。
この世界が乙女ゲーム基盤だからなのだろうか。作中に登場しないモブであるはずなのに、ノエル兄さんの美形具合はすごい。日本にいたなら、一躍有名トップモデルになれそうだ。
「兄さん、聖騎士の甲冑、すごく似合ってる」
「ふふ。ありがとう」
「今日兄さんに会えるって知ってたら、もう少しおめかししてきたのにな」
「大丈夫、ちゃんとかわいいよ。コレット」
「そうかな? ありがとう!」
このイケメンすぎる言動よ!
ノエル兄さんと結婚したい。しないけれど。独身つらぬくけど。
ノエル兄さんは、妹分だから、こうしてわたしを甘やかして、かわいがってくれているのだろう。恋人や配偶者となったら、もう少し、内助の功というか、聖騎士として働く彼を支えてくれる感じの女性が欲しいはずだ。
そういう在り方は、わたしの生きたい人生じゃない。
いつか、ノエル兄さんに相応しい彼女や妻ができる日はくるだろう。ただ、それまでは、初恋と片想いを楽しませてほしい。その日がきたら、ちゃんとお祝いして、いさぎよく離れるから。
そうだ。春の交流会の件、ノエル兄さんに甘えてもいいんじゃないか?
「ねえ、ノエル兄さん。頼みたいことがあるんだけど、いいかな?」
「なんだい? 私にできることなら、なんでもするよ」
「あのね。今度、ベルクロワ学園で、春の交流会っていう社交パーティーがあるの。そこで、兄さんにエスコートしてほしいんだ。お願いしても、いい?」
決まった相手のいない令嬢は、エスコート無しか、父か兄、ほか親戚男性のエスコートを受けることが多い。実の兄ではなくても心の兄なので、ノエル兄さんにエスコートしてもらってもいいんじゃないか。
なんだかんだ、前世の令嬢ロマンス好きが高じて、憧れの舞踏会に出るなら、素敵な男性にエスコートされてみたい気持ちがあった。
ノエル兄さんに好い人ができるまでの間だけだから! 少しワガママ言っても許されるよね!
「……もし、ノエル兄さんに今、お付き合いしている女性がいなければ、だけど」
その場合はまずそうなので補足しつつ、わたしは、柄にもない上目遣いでアピールするなどした。前世ならひたすらイタかっただろうけれど、美少女ヒロインのガワがあれば、見られないことはないだろう。
ノエル兄さんは、花がほころぶみたいに破顔して微笑み、うなずいてくれた。
「もちろん、よろこんでエスコートさせてもらうよ。コレットのエスコートをさせて貰える日が来るなんて、すごく嬉しい」
やった! これで、交流会の懸念は晴れた。
「ありがとう、兄さん! あとで詳しい内容を手紙で送るね。兄さんと交流会にでるの、すごく楽しみ!」
「うん。私も、とても楽しみだよ」
ヴァロワ伯爵を喜ばせるのが癪で、学校制服で出席してやろうと考えていたけれど(※陛下の御前にも出られる最上位礼装なので、礼節として問題なし)、予定変更だ。ノエル兄さんにエスコートしてもらうなら、うんと着飾って出なきゃ。そのために、伯爵が用意した夜会ドレスに袖を通さなきゃならないとしても。
その後、ノエル兄さんは巡回の途中だとのことで、わたしと別れ、院長先生に挨拶をして出て行った。
わたしは、夕食まで子供たちと遊んだあと、一緒に夕食のシチューを頂いた。具だくさんのシチューは栄養たっぷりで、気を許せる家族と食卓を囲んで食べると、すごく美味しかった。夕食の後は、いつものように名残惜しくヴァロワ伯爵家の馬車にゆられ、帰宅の途についた。
***
さて、既にお気づきの方が多いことでしょう。ノエル・セヴランは、攻略対象キャラクターです。
ただし、彼の攻略ルートには、ヒロイン死亡バッドエンド分岐が複数個含まれていて、さながら、地雷原の様相を呈しているのでした。




