聖騎士様のお迎え
王都サン=リュシアン中心部に位置する、ルミエラ教会本部の騎士舎の通路を、巡回を終えたノエル・セヴランが歩いて行く。
着替えを済ませ、私服姿になった聖騎士二人が、ノエルと反対方向に向かって歩いていた。すれ違いざま、一人がノエルに気づき、彼に声をかける。
「よう、セヴラン! 仕事終わりか? これからジャンと飲みに行くんだけどよ、一緒にどうだ? いーいオネエちゃんが居る店、こないだ見つけてよー」
「ばっかシモン、セヴランは呼ばなくていいんだよ。大真面目に神の教えに従っている、ごりっぱで良い子ちゃんの聖騎士様なんだからな」
「あー、そうか。悪いな、セヴラン。良い夜を!」
返事をしようとノエルが口を開ききる間もなく、最初に声をかけた方とは別の男が遮り、勝手に納得して二人は歩き去って行った。
ノエルは、夜の街に繰り出していく二人の背中を数秒だけ見たあと、進路に目を戻した。無言のまま、ふたたび自分の部屋に向かって歩き出す。
部屋に戻った彼は、床に落ちている封筒をみつけた。騎士舎の人間に手紙が届くと、このように扉の下から差し入れられる。
封筒をとりあげて見ると、ヴァロワ伯爵家の刻印で封蝋が押されていた。裏返せば、若い娘らしい柔らかな文字で『ノエル・セヴラン卿へ。コレットより』と書かれている。
ノエルは、封筒をいったん机に置き、甲冑を脱いだ。重さから解放され、ふうと息をついたあと、粗末な木の椅子に腰を下ろす。
少し休んだあと、机から封筒を取り上げ、中身を広げて読んだ。ベルクロワ学園での交流会参加について、詳細な内容が書かれていた。
「コレット……。おまえならきっと、私の気持ちを理解してくれるだろうね」
先ほどの“同僚”とのやりとりを思い起こしながら、ノエルは、暗澹たる気持ちで溜め息をまたついた。
***
「コルネリアはどうした? 出席すると聞いたが。具合でも悪いのか?」
礼装に身をつつんだヴァロワ伯爵が、屋敷のエントランスで辺りを見回し、それから執事にそう尋ねた。夫人もセリーヌも、すっかり身支度を済ませて立っているのに、コレットの姿だけがない。
執事は、うやうやしく頭を下げて応じた。
「コルネリアお嬢様は、本日、紳士のエスコートを受けて出席なさるそうです」
「エスコート? 誰のだ?」
「教会所属の聖騎士様でございます。なんでも、お嬢様にとって兄のような方だと」
「そうか。……まあ、止せと言っても無駄だろう。なら、先に行くと伝えておけ」
「承知いたしました、旦那様」
伯爵が玄関から出て行くのに続き、夫人とセリーヌもしずしずと歩いて行く。二人とも、それぞれ一瞬だけ振り返り、コレットが居るはずの部屋に目をむけていた。
***
「お嬢様。セヴラン卿がお着きになりました」
「わかった。今行くわ」
メイドから知らせを受け、上から下まで準備を済ませたコレットは、自室の扉から通路に出て、エントランス・ホールの階段へと向かっていった。
コレットが階段の上に立つと、玄関の内側で待つノエル・セヴランの姿がよく見えた。
今夜の彼は甲冑ではなく、聖騎士の礼装を纏っていた。短いマントと白い制服からなる衣装で、聖騎士であることを示すバッジが胸元に留められている。ルミエラ教を象徴する正十字の紋様は、胴の正面にシンプルに描かれていた。
「わあ…! ノエル兄さん、その礼装とっても素敵。兄さんのイメージにぴったりで、よく似合うわ!」
コレットは嬉しそうにそう言い、慣れない夜会ドレスの裾をしっかりと持ち上げつつ、ゆっくりと慎重に階段を下りていった。
「コレットの方こそ、とても綺麗だ。春の訪れを告げに来た妖精さんみたい。こんなに美しいお姫様をエスコートさせてもらえるなんて、騎士の誉れだよ」
「えへへ、ほんと? うれしいなぁ…」
コレットは、春をイメージしたパステルカラーの新緑色を基調とした、ふわふわのレースとリボンたっぷりのプリンセスライン・ドレスを着ていた。髪色がピンクなので、二色合わせて春を想起させている。
「それじゃあ、エスコートをお願いできますか? わたしの聖騎士様」
「もちろんです、我が姫君」
一階まで辿り着いたコレットの前で、彼女の手をとりながらノエルは跪き、その手の甲に口付けを落とした。
コレットの顔が、カッと真っ赤に上気する。
(ヒエエ~~こんな扱い、前世・今世どっちでも受けたことない…! リアルイケメン紳士やばしゅぎるううう…!!)
あわあわと照れているコレットを見て、ノエルはくすりと笑い、立ち上がった。
「さあ、お姫様。舞踏会が始まってしまいますよ。参りましょう」
「は、あは、は、は、はいい……!」
「ふふ。コレットは、本当にかわいらしいね」
(ぎゃああああ!!)
耐性がなさすぎて思考をフリーズさせているコレットを、ノエルは半ば押して歩かせるようにエスコートし、馬車へと誘導する。
「お嬢様、お気を付けて」
そんな二人を見送る使用人たちは、にまにまと笑い、微笑ましい姿をこっそり楽しんでいるのであった。
***
(パーティーが始まる前からこんなに動揺してて大丈夫か? 大丈夫じゃない大問題だ)
残念な自問自答を心の中でしながら、コレットはどうにか落ち着こうとしていた。何度か深呼吸してみるも、相変わらず心臓はバクバクと早鐘を打っている。
(恋愛経験値がなさすぎて、まったく落ち着かないわ…! しっかりしてコレット、あなたがノエル兄さんを呼んだのよ! うう、いい歳して恥ずかしい…いや今世まだ13歳だったわ。じき14。子供だ。わたし子供! びっくりね。多少だめで落ち着かなくても、許されるかしら)
コレットは、ちらり、と隣に座ったノエルに目線を向けた。すると、こちらをじっと見ていた灰青色の瞳と、ばちっと目が合う。ノエルを見ると、コレットは眩しさを覚え、ちかちかする目をさっと正面に戻した。
「コレット、大丈夫かい?」
ノエルが声をかける。心から心配しているようだが、少し面白がっているような響きも混ざっていた。
コレットは、また羞恥で顔が熱くなるのを感じた。
「だ、だだだ、だ……んん……だい、じょば、ない、かも……」
大丈夫、と応じようとしたが、あまり大丈夫ではない自覚をおぼえ、そう言い換える。
「おやおや。初めての社交場だから、緊張しているのかな。大丈夫だよ、兄さんがついているからね」
(いや、そっちはむしろ大丈夫なんですけどぉ……!)
そう言いたくなったが、本当の理由を言えないので、しかたなく押し黙る。
「足を踏んじゃっても、平気だからね。兄さんは鍛えているから」
「う、うん……!」
(踏みたくないけど、この感じだと踏んじゃいそ~~!!)
すう、はあ、すう、はあ、と深呼吸を繰り返し、コレットは心の平穏を得ようとする。
その様子を、うれしそうに、ノエルは目を細めて見つめていた。
「舞踏会、楽しみだなぁ」
最後にノエルがそう言い、以降、到着まで二人は静かに馬車に揺られていた。




