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晴るはじめの明日を  作者: 村人X
4/8

3. ――2





駐輪場につけば案の定祐太郎(ゆうたろう)が待っており、遅くなってごめんと軽く謝る。


「あの女子なんだってー」

「花火大会に誘われた―」


 タイムリーな話題だ。


「行くんー?」

「断った!」


 縦に並んで自転車で走っていると、声を張り上げないとよく聞こえない。もう同じ部活ではないものの、共に下校する習慣は変わらず、間延びした会話を交わしながらいつもの公園へ入る。

 滑り台の階段に座ると隣に立った祐太郎が手を出す。片方のイヤホンを乗せ、青音(はると)がヴィンテージと言い張る黒いウォークマンのボタンを押した。


「ボーカルの声がいいよな」

「わかる」


 恒例行事はもはや完全に日常として定着している。アイドルソングはもうあまり聞かなくなった。中学時代かしこぶって吹奏楽曲やクラシックに凝ったターンなどを過ぎ、青音と祐太郎はオルタナティブロックに目覚めた。最近では曲の好みもほとんど同じなので、しょっぱい顔の祐太郎を笑うこともない。


 熱烈な歌詞を聞いているうちに、青音の頭に教室で話していたことへの興味が戻ってきた。


「祐太郎ってさ、女子とキスしたことある?」

「は?ない」

「だよな。俺も」


 ギターのリフに小さく頭を動かす。間が空いたあとで青音は呟いた。


「どんななんだろ」

「言うほど大層なもんじゃないんじゃないか」

「だよな」


 さすがに女子の唾液とあらば無条件に興奮するような特殊技能は持ち合わせがないが、青音にも憧れくらいはある。泰然とした友人の返答に少し大人ぶって同意したが、どう聞いてもかっこつけ以上の何かにはなっていなかった。


「…自分で口触っても別に気持ちよくないけど」

「人とするのとは違うんだろ」


 イヤホンの左耳を嵌め直しがてら、頭を横へ倒して祐太郎の顔を見上げる。祐太郎は他のパーツと同じく唇の形もいい。人の口なあ、とぼけっと眺めたところで、青音は妙な空気になりかけていることへ気づいた。

 ドラムに急かされ勢いよく頭を上げる。


「いや…」

「やってみるか?」


 ずっとリズムを取っていたつま先がぱたりと止まった。

 やってみる。なにを?キスを。誰と?祐太郎と。


「それはさすがに」


 と首を振りかけて青音は思い出した。

 祐太郎相手に今更躊躇う理由もない気がする。イヤホン分け合ってるし、同じ部屋で昼寝もするし、一緒に温泉もサウナも入る。飲み物食い物の共有なんてしょっちゅうだ。


「…やってみる?」

「気になるなら確かめてみればいい話だ」

「だよな」


 うん、と頷く。幸い青音も祐太郎も、ファーストキスが何たらと騒ぐ繊細な感性はお留守だ。

 しかしいざキスするとなるとどう始めればいいのだろう。自分から顔を近づけたら笑ってしまいそうだ、と青音が動きを止めた時、なにげなく祐太郎が顔を屈めた。


「いてっ」


 そしてゴツ、と歯をぶつけた。一旦離れたのち、同じタイミングで吹き出す。


「距離感と場所間違えた」

「俺ら初心者すぎる」


 肩を揺らしながらも、調子の出てきた青音は、滑り台の階段から立ち上がってきょろきょろ周りを確認した。見える位置には誰もいない。ウォークマンを右手に握ったまま、左手でガシリと祐太郎の顎を掴む。

 色気も何もないが、これでひとまず狙いは狂わない。


 唇が触れあっていたのは2秒ほどだったろうか。


 無駄に勢いをつけて顔を離してから、青音は何とも言えない気分で首を傾げた。


「なにこれ…?」

「やっぱり大したことなかったな」


 これでエロ漫画みたいにへろへろになる気が知れない。


 とはいえ悪くない。




 一度試してみたことで吹っ切れ、この日以来いつものウォークマンの時間にキスが加わった。

 気持ちいいものかと聞かれたらやはり微妙。ただ妙に癖になる。


「ディープキスしてみたい」

「いいのか…それは」

「いいじゃん、将来の予行演習だと思えば」


 青音が祐太郎の部屋に居座る時は、たいがいスマホゲームか勉強か、ただだらだらと時間を浪費するのがお決まりだ。同じノリでキスをするようになり、そのうち段々と割合の多くを占有するようになっていった。


 ところが完全にのめり込む前、1年の文化祭を機にこの習慣は途絶えた。

 青音に彼女ができたのだ。


 準備期間よく話していたかのんちゃんから公開告白され、テンションの高かった青音は勢いでOKした。柄にもなくファッション雑誌を買う姿を見られ、人生初彼女の存在は秒で母親にばれた。夜中の通話も付き合い、休日には彼女の喜ぶ場所へ一緒に出掛ける。なにせ有頂天だ。普段は面倒くさいことも苦にならなかった。


 彼女ができてなお祐太郎と過ごす時間の方が多かったが、どちらから何を言うでもなくキスの時間は自然消滅した。


 結局、青音が練習の成果を発揮することはなかった。クリスマスを過ぎた頃見事に振られたのである。もう古渡君のことそういう風に見れないのと言われた3日後、彼女は2年の川田先輩と付き合い始めた。かのんちゃんは恋多き女の子だった。


 新年早々カラオケのドリンクバーで酔っ払い並みに大荒れした。





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