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晴るはじめの明日を  作者: 村人X
5/8

3. ――3





 関係良好なクラスメイトたちと言っても、それぞれ趣味嗜好はもちろん違う。

 目立つ訳でもないが静かでもない、サブカルや各々の専門分野に詳しい奴らでつるんでいる男子のグループの間で、一時期妙なノリが流行りだした。

 有名なネットミームなのだという。青音(はると)はヴィンテージのウォークマンを後生大事に楽しんでいるような性格だったのであいにくネタに興味は湧かないが、内輪ノリが楽しそうでいいなと思った。


 学年も変わって暫くたった頃、そのグループの連中が昼休みに随分興奮して騒ぎ立てながら教室に入ってきた。


「やば」

「やべえやべえ」

「何、なんかあったの?」


 基本好奇心には忠実に生きている青音である。祐太郎(ゆうたろう)と弁当を片付けながら尋ねれば、彼らは驚き交じりな調子で笑う。


「今そこの男子トイレで…アーッ」

「うははっは」

「ガチのやつ」


 あえてなのかはっきりとしたことを言わず、ただやばいやばい連呼している。悪ノリした彼らは、訝しむ青音にこんなことを言った。


「もっかい見に行こうぜ」

「古渡も来いよ」


 何のことだか分からないがとりあえず行ってみることにした。となれば祐太郎もついてくる。

 青音の学校のトイレは入り口のドアがない。湾曲した壁をまわる前、騒いでいた彼らに気配を潜めるよう注意された。


 何をそんなにこそこそする必要が…と不思議に思いながらトイレの中へ足を踏み入れる。入室中らしき個室の手前まで忍び足で進んだクラスメイトの1人は、青音と祐太郎の顔を見遣りドア下部の隙間を示した。

 他人の大に興味なんかねぇわと顔を歪める。ただ彼らが何にこれほど興奮しているのか野次馬気分が勝り、青音はゆっくり体を曲げて覗いた。


 凍りついた。

 遅れて隣で同じように祐太郎が固まる気配がする。


 個室の中には足が4本あった。床へずり落ちているスラックスを見るに、両方男なのだろう。微かに聞こえる音が何を意味していたか、ようやく状況も理解する。間違っても大をしているわけじゃなかった。


 学校で何をやっているんだと呆れるなり、不快感を抱くなり、笑うなり、幾らでもそれらしい反応はあった中で、この時青音が固まった理由は1つだった。


 そうか、と呆然とした。


 そうか、そういう可能性もあるのか。



「ガチホモだ」

「まじのやつ見ちゃった」

「リアルホモ」

「きんもー」


 トイレを出た後で楽しそうに騒ぐ級友たちの姿に、青音は打ちのめされた。隣で祐太郎がどんな表情をしているのか見れなかった。


 男と男でああいうことをするのは、ホモ。笑われる対象。そうそう現実にいるものじゃない。

 男同士でキスをするのはホモなのだろうか。彼女と別れてから、青音は再び時折祐太郎とキスをするようになっていた。もはや好奇心や練習など関係なく、ただそういう気分だからしていた。


 青音はホモなのだろうか。ホモとは男が好きな男のことだ。青音は男が好きなのか。

 世間では異常やギャグとして見做される存在なのだろうか。


 自分とその存在が到底結びつくように思えなかった。だが青音は、あの個室の中で起きていたような状況に祐太郎と陥ることがあったとしたら、きっと拒絶感など湧かないだろうと想像した。



 この出来事について、青音も祐太郎も一切触れなかった。それから少しして青音にはまた彼女ができ、高2の文化祭では祐太郎にも彼女ができた。

 元々青音も祐太郎も女子の中で株は高い。望めば彼女が途切れることもなかった。

 高3の花火大会はそれぞれ恋人と行った。祐太郎と回らないのは初めてのことだ。祐太郎の部屋ですることのパターンからキスは颯爽と消え、ゲームやだらける時間の割合もぐんと減り、ほとんどを勉強が占めるようになっていった。


 青音の志望は農学部、祐太郎の志望は法学部で、どちらも背伸びした大学が第一志望だった。2人で図書館へ行き、1日の中でまともに交わした言葉が「行くか」「おう」だけなどということもあった。

 何かから逃げるように必死に勉強した。

 その甲斐はあったらしい。同じ合格発表の日、駅前のマックに集合して定刻にスマホで結果を見た直後、青音と祐太郎は思いきり叫んで抱き合った。迷惑客は早々店を去り、母親と先生へ報告しに行ってから、夜遅くまで街に繰り出した。


 春から東京だ。新生活だ。世界は自分を中心に回っているとばかりに大いにはしゃぐ。大学こそ異なるがエリアは近く、青音は祐太郎と会えなくなる不安はあまり感じていなかった。

 それでもやっぱり寂しくて、卒業式では平気だったのにクラスの男子連中で行った焼肉店で青音は泣いた。

 別日のクラス会でも危なかったし、新生活のために準備をする合間ふと思い出してはたそがれた。




 親に見送られ、大学近くのアパートへ移ったのはちょうど4月の最初の日のことだった。

 祐太郎も同じ日にひとり暮らしを開始すると聞き、さっそく押しかける。青音の部屋から祐太郎のところまでは2駅の距離だ。

 片づけは一旦忘れ、路地裏探検しようと街に出る。

 青音は出発後10分にして都会は人が多くて疲れると学びを得た。路地裏は諦め、コンビニでお茶と大福を買い、なるべく人の少なそうな川沿いを目指す。


 平日の明るい時間ということもあってか青音(はると)の目論見は当たった。

 桜並木の途中、地面へ直に腰を下ろし大福を食う。本当は団子がよかったのだが、無かったため祐太郎の案で大福にした。

 桜を眺めながらウォークマンを取り出し、イヤホンを片方渡す。18の男2人が有線イヤホンを分け合っている光景は、傍目には奇妙だったかもしれない。気持ちのいい陽気のおかげで青音は開き直っていた。

 祐太郎が天気にぴったりな気の利いた選曲をしたことで、もっとどうでもよくなった。


 空を仰げば桜の匂いが鼻先を包む。

 ゆるゆる瞼を閉じた10秒後、風でも花びらでもないものが唇に触れた。

 不意打ちでのキスではなかった。同じイヤホンをつけた相手の動きくらい目を閉じていようが分かる。


 青音が目を開けるのを待って祐太郎は再生停止ボタンを押した。


 何かを言おうとしていた。少なくとも声にするまでに決心の必要なほど大切な何かを。

 その祐太郎より数瞬早く息を吸い、青音は下から友人の瞳を覗き込んだ。


「エイプリルフール?」


 もっと違うことを聞こうとしていたはずだ。訂正しようと頬が力む。

 しかし、今度は祐太郎の方が青音よりも早かった。


「…そうだよ、気づいたか」






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