3. ――1
「あー!古渡君だ、ひさしぶり!前回いなかったよね?直前なってインフルとかほんと古渡君っぽいって皆で笑ったもんー」
「今回はピンピンしてるんで。ひさしぶり、重原さん」
「超ひさしぶり!」
「そんでそちらはどなた?」
「御堂だよッ!失礼だな」
ブラウンのウェーブがかった髪を払いながら、女がからからと笑う。高校時代にはよく話した相手の1人で、公平を期して言えば告白されたこともあった。
隣の男へ遠慮がちに視線を走らせ、青音は遠慮がちに言った。
「なんていうか…随分ふくよかになったね?」
「やかましいわ!うん、素直通り越して無遠慮な癖に、古渡だとむしろウェルカムな気持ちになるこの気持ち……懐かしい」
「いや丸くなったよ。昔の古渡君ならデブじゃん爆笑くらいは言ってたって。あと私も実は重原やめて御堂になりました」
「まじで?」
同じ輝きを放つ薬指にようやく気づき目を見開く。
成人式があった年以来の再会となると、サプライズのひとつやふたつ控えているものらしい。
「え、おめでとう」
「おー」
「ありがと」
「いつ結婚したの?」
「3年前に入籍して、一昨年の6月に式だったかなー。その頃はこの人まだシュッとしてたんだよ」
「しあわせ太り?」
「ストレス太りかも」
「またまた」
「デブネタはもういいだろ!」
わははと笑う。
「まさか同級生の…しかもそこがくっつくとは」
「高校んときの私、古渡君にガチ恋してたもんねぇ」
「旦那の前で言っちゃうんだ」
「もう知ってるし。ていうか、長いこと失恋引きずってたとこに付け込まれたのが馴れ初めだし」
「付け込むとか言うなよ」
十代の恋愛はほとんどの場合続かない。ともすれば片想いなど黒歴史と紙一重なものだと聞く。
快活に失恋を笑い飛ばす彼女は昔から性格の良い子だった。交際を断わっていたのは正解だと、過去の自分を少し褒める。
「古渡君はさすがだねー。むしろなんか落ち着き出た?ますます良い男なってない?やっぱ好きな人ランキング常連は違うわ」
「ごめんなんて?好きな人ランキング?」
「昔女子の間で流行ってたんだよー。絶対みんな1位か2位は古渡君だった」
「ああ…あったあった。好きな人がランキングにするほど何人もいるってどういうことだよって、むしゃくしゃしてたなあ。断じて僻みじゃねえからな」
「女子って逞しいよな」
重原、改め御堂となった元同級生は夫を小突きがてら、そういえば、と辺りをきょろきょろ見回した。
「もう1人の1位常連さんは?今日来てないの?」
青音は何気なく肩を竦めてみせた。
「らしいね」
「そっかー、残念。まあ、総合商社様のエリートコース爆走してんだからそりゃ忙しいか。高橋君、今どこで何してるの?」
「古渡たちっていつもセットだったよな」
「元気にしてる?」
「たぶん」
たぶん?と2人が揃って首を傾げる。学生時代には共通点などないように思えた2人だが、やはり夫婦は似てくるものだという言説は正しいのかもしれない。
予想外の相手同士結ばれた彼らは、青音と高橋祐太郎があの頃と同じように仲が良いものと疑う余地なく信じていた。
小さく笑う。
「連絡取ってないんだ。あいつがどこで何してるか、俺もよく知らない」
青音が祐太郎と一切のやり取りを絶ってから、もうそろそろ5年が経つ。
***
中学3年の5月、青音の両親が離婚した。
学校から帰ってくると、珍しく揃った両親にダイニングに呼ばれ、離婚を決めたことを知った。
母親とともに家を出ることが決まった翌日、引っ越し準備をする母の背中に話しかけられなかったことと、言葉少なに新居で必要なものを確認する父と目を合わせられなかったことばかり、強く印象に残っている。
苗字が変わらなかったのは助かった。そんな制度になってるとも知らなかったと祐太郎相手に笑い飛ばし、それから笑ってくれない友だちのせいで、練習終わりの部室で青音はぼろぼろに泣いた。
「意味分かんねぇ、ほんと意味分かんねぇ」
もっと早くに相談してくれてもよかっただろ。こっちはお前らの息子なんだぞ。普通いきなり離婚しますなんて言わねぇだろ。
そんなようなセリフをわめき散らし、同じ文句をたらたら鼻声で繰り返し、最後は祐太郎に半分引きずられてファミレスに行った。ピザもパスタもステーキも食ってやった。もう慣れ親しんだ家に帰れないなら、この際祐太郎のところへ居候してやると安いドリンクバーで管を巻けば、口にチョコレートサンデーを山盛り突っ込まれて黙らせられた。
シメに頼んだイカスミパスタで口元を染め見つめ合っていると、不意に何もかもおかしくなってきて一緒にゲラゲラ笑った。注意しにきた店員さんへ、お歯黒のまま謝る祐太郎に、青音は呼吸困難で殺されかけた。周りからすればいい迷惑だったに違いない。
警察官に見つかったら間違いなく補導される時間に新しいアパートへ帰ってきた青音に、母親は眉を吊り上げて怒鳴ろうとし、けれど青音の顔がパンパンにむくんでいるのを見ると、ただ「ご飯食べるの」とだけ聞いた。せっかくだから食った。
誇張抜きに、寝るとき以外の青音は365日だいたい祐太郎と一緒にいる。家族よりずっと祐太郎の方が近かった。
学校が推すからという薄い動機によりボランティア活動に参加した時には、老人ホームで認知症のばあちゃんと話している途中青音は何度も睡魔に敗れ、その都度起こす担当に回った祐太郎に後で軽くキレられた。
修学旅行中、よりによって自由行動の日に祐太郎が体調を崩せば、青音も班の仲間に手を合わせホテルの部屋で1日過ごした。
祐太郎に背を抜かされたと気づいた日、わざとらしく自分の頭へ手を乗せにやつく彼にカチンときて、青音は取っ組み合い一歩手前の喧嘩をしかけた。180以下の男は人権ない論を見て以来、身長の話はデリケートな問題だったのだ。
そんなことをしているうちに高校生になっていた。入試はなく、あったのは茶飲み話じみた面接だけと中高一貫様様である。
青音はバドミントン部へ入り、祐太郎は部活の代わりにグローバルなんとかプログラムとかいうのを始めた。あいにく、お互いうすうす楽器の演奏が向いてないことに気づいてしまっていた。
「祐太郎、また呼び出し?」
「ラインで十分だろうにな。悪い、青音」
「ん、駐輪場で待ってる」
ひらひら手を振り、教室から出ていく友人を見送る。出入口のところには1人の女子を囲んで数人の女子がキャアキャアやっていた。
高校に入った途端、女子の顔面平均というのは目に見えて上がる。
「いいよなぁ、青春…」
「なー。御堂には縁がないやつな」
クラスメイトが羨望を通り越しギラギラした眼つきでピンク色の空間を見据えながら、青音に絡んできた。青音は大概のクラスメイトとこんな距離感だ。
「飯島さん、アイドルやってるんだってよ」
「飯島さん?」
「なんで知らねぇんだよ。外部生の一番人気!超かわいい。高橋君は相談役で俺が本命だったりしねぇかな」
「すげー妄想。無理じゃね、御堂と祐太郎並んでて祐太郎取らない女子いる?」
「コロス」
確かにボブヘアで引き立つ華奢な首筋に、大きな眼を控えめに瞬かせる件の女子は、男子の好みのど真ん中を押さえた魅力がある。
あの子に告白されたらどうだろう。青音もうっかり頷いてしまう気がする。そわそわしながら表紙の擦れたノートをロッカーから引っ張り出していると、近くの男子たちが勝手に恋愛談義を始めだした。
「彼女ほちー」
「ぶっちゃけヤりたい、高校生のうちには卒業したい」
「なー」
女子に聞かれたら間違いなく毛虫を見るような目向けられるぞと思っても、こういう時に正論を言ってはいけない。
「夏祭りまでに彼女作ってイチャイチャしたい。去年の花火大会、俺水泳部の仲間と西高の女の子3人と回ったんだけどさ」
「は?ふざけんな、はい有罪」
「ちげぇよ聞けよ。たしかに可愛かったよ、可愛かったけど!10歩歩くたびに止まるし、疲れた暑いしか言わねぇし、奢らされるし、なんかしょっちゅう知り合いに出くわしては女子だけで盛り上がってるし」
「ああ…理解した…」
「男だけの方が絶対ぇ楽しかった…」
「女子なら誰でもいいわけじゃないんだよな、可愛くて一緒にいると楽しい女の子と恋愛がしたいんだよ」
中学でも、こそこそ付き合うはずが知れ渡ったやつ、別段可愛くもないのに謎の三角関係作ってる女子などいたが、高校では外部生が入り生徒数が増える。
最近はどこを見ても異性の話ばかりしている。
「分かるわー」
何となく巻き込まれていた青音は何となく頷いた。途端、一斉にギロリと睨まれる。
「どの口で言ってんだァン…ッ!」
「古渡が分かるわけないだろ」
「わかるよ。俺告白されたことねぇもん。仲間」
「告白されない理由が違うんだよ。俺らの仲間名乗りたいなら生まれ直してこい」
「お前ぇの席、ねえから」
「その顔ちょうだい、古渡パンマン」
思った以上に過激だ。笑いながらレスリングを受けて立っていると、モテない男子諸君は再び切なげに溜息を吐く。
「キスしたい」
「ちょっときしょい」
「お前らだってしたいだろー!?」
「当然」
「でも人の唾液ってなんか気持ち悪くね」
「いや、女子の唾液はみんなご褒美だろ」
「だいぶきしょい」
「好きな子のなら気持ちいいもんなんじゃないの」
「そもそもディープキスってどうやってやんのか自信ねー」
下心満載な雑談に交じった後で、青音は慌てて教室を出たのだった。




