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『真実の愛』に裏切られた元婚約者が、ヤンデレ化して戻ってきました  作者: 黒木メイ


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元婚約者は王太子殿下の犬になっていました

 ――カタリナがこれほど後悔の念に駆られるのは初めてだった。

 迷う暇があったら、さっさと聞いておくべきだったのだ。そうすれば、対処の仕方はいくらでもあっただろうに……。


 これ以上、意味のない反省をしても無駄だと気持ちを切り替える。

 現在、室内にはカタリナとオーギュスト以外に十人近い人がいる。その中でも一番の権力者に、カタリナは目を向けた。

「『これ』はいったいどういうことか、ご説明願えますか? ……王太子殿下」

『これ』というところで、己がいつも寝ているベッドを一瞥した。

 今、その上にいるのは気を失ったオーギュストだ。そして、彼の周りを王太子が連れて来た治癒士が囲っている。


 オーギュストは血だらけの状態で運ばれてきた。素人の目から見ても深い傷を負い、瀕死状態だった。

 いったいどのような経緯でそうなったのか。想像もできないが、それを説明できる人物が誰なのかはわかる。目の前の王太子――ヴィクトール・レガリア――だ。


 沸々と怒りのような感情が込み上げてくる。

 彼の護衛から警戒されているが、そんなものは知るものかと無視する。


 冷静なカタリナらしくない言動なのは自覚済み。だが、態度を改めるつもりは一切ない。

(王城でもなく、この隠れ家で治療する時点で、彼が王太子の命で裏の仕事を請け負っていたのは間違いない。希少な治癒士による治療は本来高額請求されるのでしょうけど……今回のは危険手当のようなもの。当然の権利。であれば、遠慮する必要もない。そもそも、殿下がきちんとオーギュストの力量に見合った仕事を振れば問題はなかったのだから)


 鋭い視線を送っても、ヴィクトールは口を開こうとしない。それどころか、アルカイック・スマイルを浮かべたまま、優雅にソファーに座っている。


 それが癪に障ったカタリナはもう一度口を開く。

「あいにく、私はこの部屋以外の構造をしりませんの。ですから、いくら待ってもお茶は出せませんよ」

(注釈:無駄に時間を消費していないでさっさと答えなさい)


 不遜なカタリナの態度に、もう我慢ならないと護衛らが剣呑な雰囲気を醸し出した。しかし、その空気をヴィクトールが片手を上げただけで霧散させる。

「カタリナ・クロムウェル。常ならその不躾な態度に苦言の一つや二つ呈していたところだが……今は緊急事態故、許してやろう」


 カタリナは「ありがとうございます」とちっとも気持ちのこもっていない礼を返す。

 何が面白いのかクスクス笑うヴィクトール。


 これ以上は話しても無駄だろうと、カタリナはさっさと本題に入ることにした。

「殿下がオーギュストの雇い主なのですか?」

「うーん……雇い主というよりは、飼い主に近いかな?」

「はい?」と怪訝に眉を寄せる。

「正式な雇用関係を結んでいるわけではないからね」

 それはつまり、公式な書面が必要ない仕事を彼に任せているということ。

(結局裏の仕事ということでしょう。こんな時にまで、もったいぶった言い方を……。とにかく、私の想像は中らずと雖も遠からずだった。ということは分かったわ……いえ、もっと質が悪いかしら)

 舌打ちしそうになるのを、殿下の前だからと耐える。


 ヴィクトールがちらりとオーギュストを見やった。

「彼って、犬みたいだよね。それも忠犬。飼い主に命令されたことを忠実に守ろうとする。そういう意味では優秀。ただ、融通は利かないし、言われたこと以上のことはできないけど。今回もそのせいでああなっちゃったわけだし」


 カタリナの片眉がぴくりと上がる。

(それが分かっていながら裏に引きずり込んだのではなくて⁉)


 批難の目を向けると、ヴィクトールは肩を竦めた。

「飼って欲しいと言ってきたのは彼の方だよ。そうでなければ、私から彼に声をかけるなんてことはあり得ない」

「あら、王太子殿下がそれでよろしいのですか? 来るもの拒まずでは、足元を掬われますわよ」

 カタリナの言葉にヴィクトールは「ふふ」と笑った。

「さすがに常なら私も受け入れないさ」

「では、なぜ?」

(何か相応の理由があったとでも? どう考えてもオーギュストには裏稼業は向いていない。育てても無駄だということはすぐに分かったでしょうに。未だに続けさせている理由とはいったい……)


 ヴィクトールは憐憫の目をオーギュストに向ける。

「それは……彼があまりに可哀相で、健気だったからさ」

「はい?」


 思わぬ返答にカタリナは素で固まった。淑女らしからぬ表情を浮かべるカタリナを見て、ヴィクトールが愉しそうに笑う。


 カタリナは王太子を見据える。

「どういう意味です?」

「そのままだよ。私は同情心から彼を拾ったんだ。本来の飼い主である君から捨てられた彼をね」

「なっ。わ、私は捨ててなんて……どちらかというと捨てられたのは私の方で」

「そうだね。百人中九十九人はそういう認識だろう。彼自身もそう思っている。でも、私にはそうは映らなかった。捨てたのは……君の方だ」


 理不尽な押し付けにカタリナの眉間に皺が寄る。けれど、何を言っても無駄だ。これ以上の言葉は無意味と言葉を絶つ。代わりに……。


「殿下は大変お優しいのですね。ですが、それではお手が足りないでしょう。貴方様の手は二つしかないのですから」

 皮肉を返したのだが、残念ながらヴィクトールには刺さらなかったらしい。

「そうでもないよ。こうしてきっかけをもたらしてくれたからね」

「何を……」

 途中で気づく。今度は我慢できず、舌打ちが漏れた。

(殿下の狙いは私だったのね……そのせいでオーギュストがっ)


 過去に一度、秘密裏に側近の打診を受けたことがある。けれど、カタリナはそれを大して悩みもせずに跳ねのけた。

 考えるまでもなかったのだ。カタリナの未来はすでに決まっていたし、それ以上の仕事を受け入れるつもりはなかった。なにより、ヴィクトールの側近になることで余計な敵を作りたくなかったのだ。

 未だお相手が決まっていない王太子の傍に侍れば、たとえカタリナが結婚していたとしても邪推する者は現れる。そして、何らかの嫌がらせが始まる。それで仕事の邪魔をされては堪らない。

 どう考えてもメリットよりもデメリットの方が大きい。と、その時のカタリナは判断したのだが……。


 カタリナは口調は冷静に、かつ僅かに毒を含ませ言葉を重ねる。

「まさか……このような手の込んだ意趣返しをしてくるとは思っていませんでしたわ」

「心外だな。私は何もしていないよ。ただ、彼に乞われるまま、リードをとり、仕事を回しただけ。後は……彼の夢が叶うようにほんの少し、助言を与えただけだよ」

 飄々と告げるヴィクトール。カタリナは顔をひきつらせた。

「この監禁計画を考えたのは殿下なのですか?」

「細かいところだけね。元の計画ではさすがに成功するとは思えなかったから……」

「なっ!」


(オーギュストが誘拐の計画書を殿下に添削させたということ⁉ オーギュストってばどういう神経しているの⁉ いいえ、きっと殿下のことだから面白半分で見せるように言ったのでしょう。てっきり追い詰められたオーギュストが新たな才能に目覚めたのだと思っていたのに……どうりでこの短期間でここまで準備できたわけだわ)

 カタリナの中にあった疑問点があっさりと解消された。


 嘆息する。

「オーギュストには新しいお仕事は合わなかったようですわね」

「そうだね。もう少し、できるかなと思っていたけど」

 残念だという口調だが、その表情はどう見ても笑っているようにしか見えない。

「カタリナ嬢は……彼がどんな仕事をしていたか気にならない?」

「いいえ」


(聞いたら最後、後戻りできなくなる。そうするのが目的でしょう?)


「あなたの思い通りにはなりません!」という態度で接すれば、ますます王太子はご機嫌になっていく。

「やはり、いいな。欲しいな」

「無理です。諦めてください」

「私がここまで手を貸したのに?」

「その相手はオーギュストであって、私ではありません。見返りを私に求めないでください」

「じゃあ……彼が死んでしまってもいい?」

 静寂が訪れる。


 しばらくして、カタリナは溜息を吐いた。

「殿下は私に何をお求めなんですか?」

 嬉々として答えるヴィクトール。

「君には、既存の組織という枠組みを超えて、外側からアプローチしてもらいたいんだ。たとえば、君が領地で行っている『農業の効率化』『教育カリキュラムの刷新』『商会の品質保証』。そういったものを国全体に広める……という名目で、保守派の連中を黙らせ……んん、揺さぶって欲しいんだよ。君はそういうのが得意だろう? もちろん、私も協力は惜しまない。この国は停滞しすぎたからね。そろそろ、時を進めないと。そのためにも、君のその頭脳を貸してもらいたいんだ。ああ、そうだ。私の願いを受け入れてくれるなら、私も君の願いをかなえてあげるよ。交換条件としてね!」


 ヴィクトールはニコニコ微笑んでいるが、カタリナの表情は厳しい。口を開かない彼女に、彼の口角はさらに上がる。


(提示されたのは、実質的な国家改革の共同経営権。とても魅力的ではあるけれど、安易に答えられる内容ではないわ。この殿下が考えることですもの何か他に狙いがある可能性も……)


 どう答えるべきか、と悩んでいるとヴィクトールの視線が逸れた。

「そろそろ終わりかな?」

 治癒士の一人が代表して答える。

「峠は越えました。もう大丈夫でしょう。しばらくは安静が必要だと思いますが……」

「だってさ」

 そう言って、カタリナに笑いかけ、おもむろに立ち上がる。


「それじゃあ、私たちは帰るよ」

「え?」

「あまりここに長居はできないからね。ああ、治癒士は定期的に送るから安心して。もし、何かあればこれで連絡を」


 そう言って、小型電話魔道具を渡される。


「これは!」

(こんなに小さい物は初めて見たわ! 一般販売されているサイズのものと比べると通信範囲や魔力石の消費効率はどうなっているのかしら)

 国宝級のアイテムを受け取り、まじまじと観察するカタリナ。


 ヴィクトールに話しかけられ我に返った。

「じゃあ、また会いに来るから。それまでに返事を考えておいてね」

 軽い挨拶でヴィクトールは部屋を出て行った。治癒士や護衛たちも全員。残されたのはオーギュストとカタリナのみ。



 二人きりになった部屋で、カタリナはベッドの横に椅子を寄せ、座る。

(呼吸は……落ち着いているわね)

 服はボロボロだが、その下の肌はすっかり綺麗になっている。それを確認してホッと息を吐いた。

(このままでは不衛生よね。着替えさせた方がいいわね。オーギュストの服はどこに……)

 その時、ハッと気づいた。

 カタリナはもう一度オーギュストが寝ているのを確認した後、ゆっくりと立ち上がる。


 恐る恐るドアノブに手をかけた。


「……開いたわ」


 招かざる客は、扉に鍵をかけず帰ったらしい。

(殿下のことだからわざと……かしら)

 扉の向こうに広がる暗闇。喉がゴクリと鳴る。

 カタリナは微かな緊張と興奮を抑え、扉の外へと一歩踏み出した。

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