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『真実の愛』に裏切られた元婚約者が、ヤンデレ化して戻ってきました  作者: 黒木メイ


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14/20

元婚約者はどうやら危険な仕事をしているようです

 監禁生活〇日目。――〇日目と表現しているのは、今が何時なのか、ここに来てから何日経ったのかすらわからないから。しばしば強制的に眠りにつかされては、時間感覚を保つこともできない。

 この部屋には時計もない。あるのはベッドやテーブルという最低限の家具だけ。それ以外で必要になったものは、都度オーギュストが部屋に持ち込み、使い終わったら回収して出ていくので、ほんっとうに何もないのだ。


「することがない、というのは……こんなにもつまらないものなのね」

(せめて本があれば、暇つぶしくらいにはなったでしょうに……)

 そんなカタリナの思考を読んだかのように、ノック音が鳴った。返事を待たずに扉は開く。

 オーギュストの手には分厚い本が一冊。


「はいどうぞ」

 差し出された本と彼の顔を見比べ、首を傾げた。クスリとオーギュストが笑う。

「どうして分かったのかって? それはカタリナのことだもの。そろそろ、娯楽が必要になってくるだろうと思って」


 当然のような顔で言うオーギュストにいら立ちが込み上げてきた。

(そもそも、あなたのせいだというのに! いけない……落ち着かないと)

 カタリナは本を受け取り、感謝の言葉を述べた。口調はとげとげしいものになったが、それでも彼は嬉しそうだった。


 じっと見つめられては本に集中できない。結局、カタリナは本を読むことを諦め、読んでいるフリをして、思考の海に浸ることにした。

 限りなく情報は制限されているが、それでもわかることはある。



 まず、今のオーギュストは冷静に見えて、そうではない。


 あれは、監禁生活が始まって間もない頃。

 彼がご機嫌な時を狙って、カタリナは尋ねた。


「今、クロムウェル侯爵家はどうなっているのかしら。……せめて、エリオット様たちがあの後どうなったのかだけでも教えてはもらえない?」


 それは、ただの事実確認のための質問だった。しかし、オーギュストにとっては地雷だったようで。

 笑顔が消え、ハイライトの消えた瞳がカタリナを貫いた。

「一番気になるのがソレなの? そんなにあいつらが大事?」

「っ」

 両肩を掴まれ、骨が軋んだ。


「ちが、そうではなくて、彼らは私が招いたお客だから。ホストとして確認する義務が、ある、でしょ」

 痛みを我慢し、できる限り、私情は排除し、ただの確認作業だと告げればオーギュストの瞳に微かに光が戻ってきた。

「ああ、そういう……カタリナは責任感強いからね。でも、もう気にする必要はないよ。カタリナは知らなくていい」

 そんなわけにはいかないと返したかったが、カタリナはぐっとこらえて口を閉じた。



 あの時、理解したのだ。彼の精神状態は未だ不安定。何がきっかけで揺らぐか分からない。なので、できる限り刺激は与えない方が良い。大事なことを尋ねるタイミングはより慎重に。



 次に、この家には本当にカタリナとオーギュストしかいない。訪ねてくる人もいない。もしくは、いたとしてもそれはカタリナが意識を失っている間。

 オーギュストがカタリナを眠らせるのは不定期だが、どうやらタイミングはきちんと選んでいるらしい。


 禁忌薬を使ったのは最初の頃だけ。それ以降は一般的なものばかりを使用している。ただし、形状は多岐にわたる。飲食物に仕込んでいる時もあれば、睡眠導入効果がある香を焚いたり、とカタリナの警戒を毎回かいくぐるようにして手を変え品を変えてくる。なお、香を焚かれた際、こっそり消そうと試みたことがあった。その時は……酷い目にあった。

「カタリナが嫌なら仕方ないね。はい、これ今目の前で飲んで」

 と渡された薬。飲むのを渋ると、顎を押さえられ、口の奥にねじ込まれた。

 苦しくて、屈辱的で、思い出したくもない記憶。


 あの時のオーギュストは完全に別人だった。目をギラギラさせ……正直初めて彼を怖いと思った。それでも、せめての抵抗に彼の指を嚙んだのに、なぜかその嚙み痕を嬉しそうに舐めていたのだ。


 以後、同じ目には遭いたくないと、カタリナは無駄な抵抗を止めた。

(やはり、衝動的に行動したところで上手くいく可能性は低いのよね。せめて、成功確率五十パーセント以上ないと……)


 もう一つ分かったこと。これは推測混じりにはなるが。

 オーギュストは……犯罪まがいのことに手を染めているかもしれない。監禁ではなく。別件で。

(この隠れ家の購入費や、維持費。使用している高品質な魔道具の数々。そして、市場に出回らない禁忌薬。その全てを賄えるほどの資金源や伝手がどこから出ているのか。サウェル公爵家なら可能でしょうけれど、除籍の危機にあった彼が独断でこれだけのお金を動かせるとは思えない。――となると、パトロンがいるか、あるいは相応の『報酬』を得られるリスクの高い仕事に就いたと考えるのが妥当……)


「カタリナ。集中できないみたいだね」

 耳元で囁かれ、我に返る。

「そんなこと、ないわ……」

「嘘。いつものカタリナならもっと早いスピードで読み進める。今は、いつもの二分の一の速さだ」

 そこまで的確に指摘されてしまっては、ぐうの音もでない。


 黙っているとオーギュストから本を奪われた。

「何をっ」

「気分転換にお風呂、入れてあげる」

「!……い、いい」

 カタリナは顔を真っ赤にして首を横に振った。


 しかし、すでにオーギュストの中では決定事項らしく、用意をすると言って部屋を出て行った。

(さ、最悪だわ……)

 以前は好んでいた入浴。けれど、今のカタリナにとっては避けられるなら避けたいものの一つとなっている。というのも、介助人がオーギュストだからだ。

(いくら目隠しをしているとはいえあんな……あんなの既成事実と変わらないじゃない)


 入浴の準備が整ったのか、オーギュストが戻ってきた。

「さあ、いこう」

 さっとカタリナに目隠しをし、背中と膝裏に手を通すと、軽々抱えあげた。


 オーギュストは迂回して目的地までと向かう。どうやってそのことにカタリナが気づいたかというと、一度目と二度目では到着までの秒数に明らかな違いがあったからだ。案の定、今回もまた違った。


 空気に湿り気を感じる。浴室に到着したらしい。

 ゆっくりと降ろされ、目隠しを外される。カタリナは促されるまま、今度は目を閉じているオーギュストに目隠しをした。


 自分で脱げるところまで脱ぎ、無理な場所はオーギュストの手を借りる。目が見えない彼の指先は触らないでいい場所にまで触れる。そのたびに声を抑えるのに必死だった。

 カタリナが体を強張らせるたび、オーギュストの手も一瞬止まる。

 無言の中、衣擦れの音と、互いの呼吸音だけが響く。

「も、もういいわ」

 カタリナがそう言うと、オーギュストは無言で下がった。

 心臓がうるさい。頬が熱い。見えていないとわかっていても、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。


 体はカタリナが自分で洗う。オーギュストから洗われそうになった時、「それだけは無理!」と死守した。以前は使用人に塗ってもらっていた香油も、手が届く範囲を塗って他は諦めている。そもそも、この環境下では、香油を使えるだけ贅沢だ。


 髪を洗うのはオーギュストの役目。それだけは彼も譲らなかった。断れば、強制的に全身洗われそうな雰囲気になったため、妥協案として呑んだ。

「どうかな、かゆいところはない?」

「……ええ。気持ちいいわ」

 実際、オーギュストの力加減は絶妙で気持ちが良い。

(これも、事前に勉強してきたのかしら……こうやって誰かを実験台にして……)

 なぜか、もやもやが胸に溜まる。カタリナは余計な感情に蓋をして、目を閉じた。


 浴槽から出た後は、カタリナが自分で身体を拭き、新しい服に着替える。背中側の紐についてはどうしようもないので、オーギュストに手伝ってもらう。この時にはもう彼の目隠しも外れている。

 着替え終わった後は、椅子に座り、彼の手によって髪を乾かしてもらうのだ。きちんとタオルドライをし、香油を塗り、専用の魔道具を使って。

 そして、再びカタリナが目隠しをして、部屋へと連れ戻される。というのが、一連の流れ。



 カタリナが不思議に思っていることがある。それは、オーギュストはカタリナをお風呂に入れる際、極端に口数が減るのだ。入れる前までは嬉しそうな雰囲気を垂れ流すくせに、入れ始めると無口になる。何となく緊張している感じも見受けられる。

 カタリナではなく、どうしてオーギュストが緊張するのか……分からない。

 それに、()()()()()()をするにはもってこいのシチュエーションにもかかわらず、性的な触れ方をされたことは一度もなかった。むしろ、宝物に接するように触れられ、戸惑った。オーギュストの表情を確認すればなにか分かったのかもしれないが、そのタイミングはなかった。いや、あったとしてもできなかっただろう。

 カタリナとて、うら若き乙女。相応の羞恥心を持っているのだ。


 毎回、記憶に残るのは時折触れる指先と、彼の熱い吐息だけ。他のことを思い出し、分析しようとしても、余計なことばかり頭に浮かび、全く役に立たない。

 それどころか、逆に彼の記憶には何が残っているのかが気になってくる始末。

(記憶を消す魔道具があるのなら、入浴のたびに互いの記憶を消してしまいたいわ)

 そうすれば、これほどまでに彼のことを意識せずともすむのに、と強く思う。



 最近、睡眠薬への耐性がついてきたのか、オーギュストの予期しない時間帯に目が覚めるようになってきた。今のところ彼にバレないように装っているが。

 ふと目が覚め、室内を見回す。

「……いないわね」

 たいてい目を覚ました時、オーギュストは室内にいる。そして、カタリナをじっと見ているのだ。

 けれど、今日はどこにもいない。時々、そういう日がある。そして、そんな日は……彼の精神状態が不安定になりやすい。


 物音が聞こえ、カタリナはベッドに横になり目を閉じた。しばらくして、扉が開く。

 足音が近づいてくる。人の気配がすぐ側まで迫っていた。

「カタリナ……」

 カタリナは『今起きました』という風を装い、目を開ける。

「……オーギュスト?」

「うん。僕だよ。カタリナ、カタリナ、カタリナ」


 ぎゅっと抱きしめられ、苦しい。彼の体からはいつもの香水の匂いと、外気の香り、そして……微かな血の匂いがした。慰めるように彼の頭を撫でる。彼の髪が湿っていることから、血を洗い流してきたのが分かる。それでも感じ取れる血の香り。――これが、彼が犯罪に手を染めているのではないか、とカタリナが疑う一番の理由だ。


(オーギュスト……いったい、あなた。外で何をしているの?)

 抱きしめる腕の強さは、助けを求め、縋っているようにも思える。

 カタリナが知る限り、以前のオーギュストは裏稼業とは全く縁のない生活を送っていたはずだ。きっかけがあるとすれば、おそらくこの監禁。彼は今の生活を得るために、手を出してはいけない世界に踏み入れてしまったのではないか……そんな嫌な予感が頭から消えない。


 撫でている彼の髪から、まだ消えぬ微かな鉄の匂いが鼻腔を突く。

 自分の平穏のために目を逸らすべきか。それとも、この状況を打破するため――彼を元に戻すため――にも、いっそ踏み込むべきか。

(なんて考えているけど、この手を振りほどけない時点で答えは決まっているようなものよね……)

 カタリナはそっと冷えて震える体を抱きしめ返した。少しでも彼の体温が戻るようにと。

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