↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
16/17

16:質問

 悲しいほどに捗らない。


 アデルは教科書を開きながらもふわふわした頭に失望を覚え、気分を切り替えようと顔を上げた。


 クレマンが黙々と勉強を進めていた。……いや、よく耳を澄ませると、独り言を言っている。が、やっぱり真面目に勉強はしている。


 それと自分の現状とを比べ、じわじわ自分が恥ずかしくなってきたので、アデルはペンを握り直した。


 まずは、計画を立てなければ。いきなり猛勉強して配分を間違え、いつもより成績が落ちたら笑えない。


 初めに、考査までの日数、取れる勉強時間を計算してみる。今日が十二月二日。ということはあと十八日だ。


 早起きして朝に二時間、夜に三時間取ると、五時間は勉強できる。加えて昼休みも考えると、多めに見積もって一日六時間。


 合計百時間程度取れるわけだから、それを今回の科目に均等に割り振ってから、得意科目の時間を苦手科目に回してみる。


 などと頭を捻らせていると、クレマンが食事を摂り始めたので、軽い雑談のように聞いてみる。


「……クレマン様は、勉強計画をどうされていますか?」


 それとなく自分で書いた計画表を閉じる。彼は微笑ましそうに笑った。……この笑みは、多分、全部バレている。この人は本当に優秀な侍従なのだろう。ここまでよく気づく人、そういない。いや、アデルが知らないだけかもしれないが。


「一時間を一区切りと考えて、各教科に割り振っていますね。各教科の合計時間が大体同じになるように、かつ飽きないように得意科目と苦手科目を交互にやっています。あと昼休みは休憩ですから、好きな教科をやっていますよ」


 クレマンはそこで明るく苦笑した。ちょっと珍しい表情だ。ある種開き直っているみたいな、おちゃらけた表情。


「なんて格好つけましたが、大体は気分です。そもそも主人の都合でその日取れる勉強時間が変わってきますし。最終的に問題が解けさえすれば、どんな方法でも間違いではありませんよ。……あ、いえ。僕の場合を聞いているんですよね。一週間に一度全教科基礎問題を解いてみて、駄目だったところを次の週重点的にやっています。あとは前日の分を翌日しっかり復習すること、くらいですかね。僕がしているのは」


 まあでも、とクレマンは苦笑した。


「僕は頭が良い方ではないので。少しでも空いた時間にちまちま予習復習を進めていますから、あんまり深く考えないかもしれません」


 なるほど、とアデルは頷いた。計画を立てる暇があればとりあえず勉強してみるのがクレマンの方法らしい。


 彼に倣って、昼休みは好きな科目を、放課後は苦手科目をやっていこう。

 アデルはそう決め、得意科目の歴史に手を出した。


「ありがとうございます、頑張ってみます」

「応援していますよ」

 そうにこりと笑みを零し、クレマンはサンドイッチを口に入れた。


 そして集中すること三十分。


 予鈴が鳴ってはっと気がつくと、もうクレマンはそこにはいなかった。


 大慌てで荷物をまとめ、室内庭園を出ようとベンチを立った。と、アデルの傍にメッセージカードが置かれているのを目に留める。近づいて文字を読む。


 勉強頑張ってください。ささやかながら、贈り物を。――クレマン。


 読みやすい整った文字で、そう書いてある。


 そっと拾い上げ、カードの下に置かれていた白い箱を目にする。


 じーっと見つめ、アデルはそれを大切に握りしめると、室内庭園を飛び出し教室へと急いだのだった。

 口許に笑みを浮かべながら。





 寮の自室で、勉強用の机に向かい、アデルはそわそわと白い箱に触れた。


 ざらりとした感覚は箱に使われている素材の高品質を証明している。それに、美しいオーロラ色。強力な守護の魔法がかけられている証拠だ。


 長方形の白い箱である。


 ひとしきり眺め満足したアデルは、ドキドキしながら、ぱかりと蓋を開けた。


 目に飛び込んできたのは、繊細な細工のリラが、くるりと円を描いている光景だった。


 ブレスレットだ。淡い桃色の花びらが五枚咲いている。並んだ花の隙間から、控えめながらはっきりと顔をだす金色はなんとも高級感のある艶を放っている。


 アデルは一目でそのブレスレットに夢中になり、頬を紅潮させた。それを息を止め見つめる瞳は、えも言えぬ輝きを宿している。


 ふわあと口許をゆるゆるに緩め、手袋姿で手を伸ばす。


 意識すれば、魔力を纏っているのが分かる。色味が美しくなるように、オーロラ色が出なくなるよう、複雑な魔法がかけられている。壊す心配はない。


 が、勿論手元は慎重になる。


 アデルは空気に触れるようにブレスレットを手首に通した。


 恐る恐る天井にあげ、魔法で浮かぶ光の球に透かして見る。


 半透明な桃色が、光をたっぷりと反射してこれ以上ないほど可愛らしくアデルの手首で咲いていた。


 ぱーっと顔を輝かせ、ねえねえと口を動かし、傍のナタリーに手を突き出した。


 喜びすぎて声も出ないアデルの笑顔に、彼女は侍女らしい笑みで対応してみせた。


「あらあ、よかったですわね。でもお嬢様、お勉強はどうなさいましたあ?」


 アデルははっとして、手をひっこめた。じんわり顔が熱くなる。


「そ、そうだったわ。こんな素敵なものをいただいたのだから、せめてお勉強を頑張らないと」


 今日はここからここまでのページの問題八割以上正解するまで、絶対に寝ない。


 アデルは気合を入れなおし、机に向き合いなおったのだった。


 右手にしておくと、ペンを使うときに必ず視界に入るのでやる気が都度補充される。


 ブレスレットの効果か、はたまた目標を設定したのがよかったのか、ややいつもの就寝時刻を超えながらも、無事に集中して目標を達成でき、アデルは達成感で満たされながら、すぐに眠りに落ちたのだった。







 さて、そんなこんなで授業も昼休みも放課後も勉強に集中できていたアデルだったが、一つの難題に当たっていた。


 授業中も真剣に受け、予習復習も欠かさなかったが、どうしても理解できないところがあるのだ。


 理解できなかったところは、当然先生に質問しなければならない。


 クレマンはここ数日勉強に没頭しているようだったし、迷惑はかけられない。


 結局前回の授業のことについて、よくわからなかったな……。


 アデルは授業終了と共にそんなことを考え、教壇に立ち質問に応じる教師の姿を見つめた。


 質問内容を考える。声をかける内容を考える。


 声が震えてしまう気がする。どもってしまう気がする。


 それに、先生の周りには生徒が沢山いる。質問をする人もいるし、社交界の話をする人もいる。


 ……あの中に、入らないとなの……?


 でも、見つめるだけじゃいけない。


 行かなければこのままもやもやする羽目になる。


 ひい、ふう、と深呼吸を済ませ、アデルは該当部分の参考書を開いた。


 目を閉じ、心の中で質問を唱え、目を開く。


 重たい腰をあげ、アデルはそろそろと先生を囲む生徒に近づいていった。


 にこにこと会話を交わすご令嬢たちから少し距離を取った位置で、彼女たちが話し終えるのを待つ。


 ぽつんと参考書を握りしめ、一体何分待っただろうか。

 ようやく生徒たちがはけたので、アデルはおずおずと近づくと、先生を見上げ問いかけた。


「あ、あのっ、先生」

「はい、どうされましたか?」

 声が裏返ったものの、無事に声を届けることができて、汗が噴き出た。


 少し息を吐き出しながら、アデルは口を大きく開けた。


「ここ、こちらの問題について、質問、が、あるのですけれど」

「そこね。よく躓くのよね。大丈夫よ、そんな不安そうな顔をなさらないで」

 快活に笑われ、アデルはかっと顔を赤くした。こくこくと頷くが、顔に出ていたことへの羞恥が引いてくれない。


 が、先生は無情にも時計に目を走らせ、鞄を持ち言った。

「ただ、説明が面倒で……ごめんなさいね。(わたくし)はもう移動しなければなりませんから、今は答えられないわ。空いている時間、いつでもいいから職員室にいらっしゃい。明日でも明後日でも大丈夫ですからね」


 困り顔で微笑み、彼女は去っていってしまった。


 アデルは、さーっと青ざめた。胸元に視線を移す。バックンバックンとうるさかった心臓が、焦りゆえにさらに跳ねる。


 ……どうしよう。職員室、怖いわ……。


 ただでさえ緊張感が漂っていて近寄りがたいというのに、なんでもカッコイイ先生がいるとかで、よく女子生徒がたむろしているのだ。無駄に。そこに突っ込んでいく勇気は、生憎もう残っていなかった。


 次の授業の教師が入ってきたので、アデルは我に返り、急いで自席に戻り、机を片付けた。


 ……とにかく今は、授業に集中しないと。


 そう切り替えようと、号令の合図に立つのだが、どうしても気分は沈んでしまうのだった。






 そうしてあっという間に迎えた昼休み。右手に嵌めたブレスレットを眺め、ひとまず学園書庫に向かうことに決めた。


 他に質問があったとしたら無駄足になってしまう。


 ……これまでにも散々範囲内は確認したが、一応、念のため……。


 自分に言い聞かせながら、嫌なことを先延ばしにすべく、彼女は足を延ばした。


 定期考査前には、学園書庫の机を全て勉強用としても使うことができる。そのため、いつも静かな学園書庫は、考査前には賑やかになるのだった。


 いつもの嘲笑が聞こえたので見てみれば、マノンが椅子に座って一心不乱に勉強をしていた。


 ほうほうと感心してみたり、ほああと喜色を浮かべてみたり、むむむっと眉をひそめてみたり、表情豊かである。


 しかし彼女の傍には、問題集が十冊以上積み上がっていた。分厚く、内容も専門的なものだ。


 いつも通りに見えるが、集中しているのが分かる。目はずっと真剣そうだった。


 きっと学ぶことが多くて大変だろうに、口許にはいつもの笑みが乗っている。


 学ぶことが楽しくて仕方がないというようにペンを走らせるマノンに、アデルは衝撃を受けた。


 なにをビビっているのだ、と踵を返した。


 このくらい、頑張らないと。


 よし、とアデルは控えめに拳を作り、職員室へと真っすぐ向かう。ちまちまと歩みを進めるのではなく、自分なりに大股で。


 考査前だからか、それとも時間帯がちょうどよかったのか、はたまた完全なる幸運か。なぜかは分からないが、職員室前に女子生徒はいなかった。


 職員室、と銘打たれたその部屋は、教室とあまり変わらない。白い壁に、白い床。机も教室と似たようなものだ。


 アデルはその白い扉の前で、思い切り息を吸い、コンコンと白い手袋でノックした。扉を、震える手で開ける。


「し、失礼いたします、ラール先生っ」

 当然のように声も震えた。


「あら、アデルさん! 待っていたわ。どうぞこちらにおかけになって」

 ぱっと目につくところにいてくれたので、アデルはほっと肩の力を抜き、そちらに駆け寄った。もちろん、ご令嬢らしい歩き方で。

 彼女の言葉に甘え、傍の椅子に座らせてもらった。


「さて、ここだったわね」

 参考書を示され、こくんとアデルは頷いた。

「これを解くには、まず教科書百ページのこの法則を理解していないといけませんね。前々回の授業でお教えしたけれど、覚えているかしら?」

「は、はい」

 合っているだろうか、と思いつつ、アデルは答えを口にする。


「複合の口頭魔法の場合は、複合の記述魔法に比べ威力が半分になるという法則です。複合魔法は単独魔法に比べ魔力消費が大きく、最高効率の場合は――」


 魔法はとにかく複雑な理論の上に成り立っている。あらゆる世界の法則に干渉できるのだから、当たり前かもしれない。


 ほんの少し魔力が足りなくても、ほんの少し魔力が多くても暴発する可能性がある。


 バケツ一杯の水をコップに移すのと、小さいコップから別のコップに移すのとでは難易度が違うように、魔力も大きければ大きいほど操作が難しくなる。


 そのため、魔力の消費が大きい複雑な魔法を発動させるときには、魔法陣を使用する。


 このときにどれほど美しくたくさんの効果がある魔法陣を作れるか。


 これが、今回質問した学問、魔法構築学においての評価の観点である。


 無駄が多いと、空白が多くなる。つまり、魔法陣が巨大化する。


「ええ、基本の認識は合っています。では問題を振り返ってみましょう。最終的に聞かれているのは、この魔法の魔法陣。この問題から読み取れる情報は――」

 先生にヒントを出してもらい、思考を進める。


 そのうち、アデルは閃いた。

「……! よって、魔法陣構築はこのようになる、ということですか?」

「そう! 正解」

 力強く頷かれ、アデルは手元の解答を見つめた。


 なんだか凄いものを導き出せたようで、感じたことのない達成感が流れ込んでくる。


 生まれて初めて魔法を受かったときのことを思い出した。母に、まあ、奇麗なお水のお花、と褒めてもらった記憶。アデルの魔法系統は水系統(すいけいとう)なので。


 ありがとうございます、と小さく告げると、彼女はまた質問があったらいらっしゃい、と仕事に戻りかけ、ああそうだわ、と一冊の本を差し出してきた。


 両手で手渡されたそれを、両手で受け取る。


 著者の名前を見て、表紙を開きかけた手が、ぴたりと止まる。


「第一王子殿下がお書きになった論文が載っているの。こちらに載っている魔法陣を使用すれば、魔力を節約することができます。特に、魔力消費の大きな魔法――天候魔法などに応用が利くようになれば、相当な節約になる。気軽に天候を変えることができれば、不作がなくなるかもしれない。――あのような御方を、天才と呼ぶのでしょうね」


 マノンが、大切なハンカチを引き裂かれたとき。なおしてもいいかと聞いてから、魔法で元通りに戻し、丁寧に畳み、両手で真っすぐ返した、彼の仕草を脳裏に描いた。


 ハンカチを繋ぐように溢れたのは、インクのようにどす黒いものだったか。


 あの御人は、自分の魔法を厭うのだろうか。


 どんな気持ちでこの論文を執筆したのだろう。


 ……わたくしが、思えることでは、ないけれど。


 彼が、魔法を扱うこと、魔法について学ぶことを楽しめていたらいい、と思う。


「魔法構築学に興味を持ったのなら、是非読んでみてください。……魔法構築学、不人気なのよね」

 そう彼女は苦笑した。……必修科目の中でも、計算が面倒で特に嫌われがちな科目である。


 じっと表紙を見つめていたアデルは、ぱっと顔を上げ、あ、だの、え、だのと無駄な音を発したあと、ゆっくりと首肯した。


「あ、ありがとうございます、先生。有難くお借りいたします」

「ええ。進級までに返してくだされば、それで構わないから」


 きゅっと本を抱いて、アデルは職員室を去った。


 不安が解消された。それになんだか前向きになれる。


 鞄にしまいこみ、室内庭園の扉を開ける。


 手元の問題集に真摯な眼差しを向ける彼の隣――といっても、人一人分空いているが――に腰を下ろし、早速今習った問題と似通った問題を解いてみる。


 教わったことを一つ一つ思い返しながら進めていき、解答を導き出す。


 期待半分、不安半分で答えをめくると。


 導き出したものと、同じ形のそれが載っていた。


 よしと一人得意げに笑みを作り、次の問題に取り掛かるべくペンを握り直す。


「なにかいいことでもありましたか?」


 びくりと肩を震わせ声が飛んできた右側を見やると、微笑ましいものを見る目でクレマンがこちらを眺めていた。


「……ば、バレてしまいますか。お恥ずかしいですわ……」

 髪を引っ掴みながら両手で頬を覆う。じんわりと含羞を帯びた顔で、気まずげに笑う。


「……き、聞いてくださる?」

 欲が出てしまった。ここ数日、一週間近く、彼と話せていないものだから。


「ええ、もちろん」

 にこやかな愛嬌のある笑みに、アデルははにかみ笑いを向けた。


「先生に、疑問点を質問することが出来たのです。その、わたくし、臆病者ですから。その程度のことでも、出来ると嬉しくなってしまって」

「あははっ。よかったですねっ」


 聞いていると恥ずかしくなってくるほど優しい声音に、無言で首を縦に振った。


「……あの、お勉強、頑張れました。ブレスレット、ありがとうございます」


 貰った日の翌日に言ったのだが、ついもう一度お礼を言ってしまう。アデルが控えめながらにこにこと右手のブレスレットに触れると、若干照れたように頬を引っ掻いたクレマンは、破顔した。


「そんなに喜んでもらえてなによりですっ!」


 こんなものをいただいたら、誰だって喜ぶわ、なんて返すこともできず、アデルは只々照れ笑いを浮かべ、勉強に戻るのだった。

ストックが切れたので不定期になります。すみません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。