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14:王子様

「現代魔法学において、魔法系統に優劣は存在しないとされています」


 アデルはペンを持ち、魔法の石板に魔力インクを用いて記述していく先生の手を追った。

 成績がそのまま将来に直結するので、皆真剣だ。特に元々の家庭学習の積み重ねが少ない下位貴族は追いつくのに必死である。


 かくいうアデルもそうで、普段ならばぼんやりと思索にふけることもない。


 しかしその日、教壇に立った教師の言葉に、つい思考が飛んだ。


「ただし、闇系統(あんけいとう)光系統(こうけいとう)に限っては例外で、皆様もご存じの通り、光系統(こうけいとう)に付随する色、白はルーセヴェルにおいて非常に強い意味合いがあります」


 この国に王太子は未だ存在していない。


 第一王子のラウルが、闇系統(あんけいとう)魔法を使うからだった。加えて、闇系統(あんけいとう)魔法を示す黒い髪と黒い瞳を持つ姿は、アデルたちより上の世代からは恐怖の象徴、もっと言えば悪しき神の眷属たる象徴であったのだ。


 よって、現在の主要貴族のほとんどの支持を得られていないのがラウルという存在であった。


 幸いラウルに王位継承の意思は薄く、争いになる可能性は低い。第二王子が王太子になればよい、と大半の大人が思っていた。が、生憎第二王子は素行がとにかく悪い。恋多き御方、とでも言おうか。


「正確には、ありました、でしょうかね。世代を経るごとに意味合いが薄れてきているため、恐らく皆様のご子息やご令嬢が育つ頃には、白にも特段意味がなくなることでしょう」


 現在のアデルたちのときには既にラフィネ教の力は落ちており、学園の施設や教科書にその名残を垣間見るのみで、そこまでがっつりと教えを守っているわけではない。


「さて、本題です。我が国はラフィネ教の信仰者を国民とし、魔法国家として発展を続けてきました」

 しかしそれはあくまでもアデルたちの話で、数世代前まではラフィネ教の力が強かった。教養ある高位の貴族であればあるほどラフィネの教えが染みついているわけだ。


「前回お話したように、数世紀ほど前から魔法医療革命と呼ばれる魔法技術の発展で、平均寿命が大きく伸びました。これにより、家督継承も徐々に遅くなっていきます」


 さらに、高位の貴族であればあるほど婚姻は早く、世代交代が遅い傾向にある。


 高位の貴族は幼少期に婚約者が決まっており、経済的にも余裕があることから子供が多く安定している割合が高いのだ。つまり、学園卒業と同時に結婚するものの、しばらくは両親の仕事の補佐をしながら第一子を育てることがほとんど。


 というのも、昔は『神の御力』たる魔力が優れていることが重要視されており、魔力というのは年を重ねるごとに成熟していく。全盛期を迎える前に亡くなることも少なくないのだ。ゆえに、若輩者である子がある程度年を重ねるまで待ってから家督を譲る、というのが一般的だった。


「これにより、国力が大幅に上がりました。革命に大きく貢献した大魔法使い、ロドリク・ド・ヴィアボルトの存在もあり、このときの教皇、アダン・ド・ルーセヴェル聖下は、当時の隣国パーキーに対し宣戦布告をし――」


 つまりなにが起こるかというと、比較的アデルたちの考えに近い者が家督を継いでいる下位貴族は第二王子の素行の悪さと長子であることを理由に第一王子を王太子に推し、上位貴族は素行が悪くとも能力はあるし、悍ましい容姿をしていない第二王子を王太子に推す。


 下位貴族と上位貴族の意見がぱっくりと割れてしまったわけだ。


「――見事勝利を収めたルーセヴェルは、武功を挙げた数名に家名を授与したのですが、ここで元々の貴族――純魔法使い貴族と呼ばれる者から反発が起こり、魔法使いが伝統的に名乗ったとされている『ド』の文字を消した家名を与えることにいたしました。これが現在でも続いており、元平民はドがつかないわけです」


 そこでどうにかしようとしたのか、王家はヴィアボルト家に婚約者になってくれるよう頼んだ。最初は、第二王子に。つまり、当時の国王と王妃は第二王子の方を王太子にしようとしていたのだ。が、そのタイミングで王位が切り替わってしまった。理由は様々だが、王妃の病状悪化、国王の魔力の衰えが大きな理由だと説明されている。


「しかしここでアダン聖下が原因不明の変死を遂げ、子どものサミュエル様が即位します。彼は妹のアデライド様に属国となったパーキーの女王を任せることで支配体制を強固にしていきました」


 新しい国王と王妃は、第一王子と第二王子の両親だ。また、王妃は他国の王女。ラフィネ教には馴染みがなく、むしろ生まれた順番を重視する国の出である。


 彼女は、ヴィアボルト家に第一王子の婚約者になってくれないかと契約を持ちかけた。


 当然これをヴィアボルト家は拒否。


「これがきっかけとなり、ペールドール――現在のパーキーでは女性優位の文化が出来上がったとされています」


 マノンの方をちらりと見て、先生は付け足した。貴族ならば誰でも知っている歴史だが、マノンは違う。マノンはほうほうと目を輝かせてノートを取っていた。


「さて、パーキーから流れてきたものはルーセヴェルのラフィネ教に対する信仰を大きく揺るがすことになります。絶対宗教政治と呼ばれた政治体制に変革が起こりました。戦後百年ほどかけ、パーキーの文化がルーセヴェルに流れ来たほか、ゆっくりと不況に陥っていきます」


 しかしここで、王妃は大胆な選択を取った。王妃としての権限を大きくそちらのお嬢さんに譲る、というような内容を契約に盛り込んだのだ。


 ヴィアボルト家はこれを了承。王太子は決まったかに思えた。が、他の高位貴族としては黙っていられない。なにせ旨味がないのにラフィネの教えに背く存在を王に据えなければいけないのだ。


「この動きを危惧した、サミュエル聖下の後を継いだセザール聖下は『不法狩り』と呼ばれる強固な弾圧体制を築きました。結果、度重なる増税や、その過剰な弾圧に反発した大魔法使いアレクシ・ド・ヴィアボルトが発起」


 よって下位貴族と高位貴族の対立は変わらず進み、何度か不穏な瞬間があったものの、概ね平和に、何年も、何度も話し合いがなされ、第二王子殿下が十五歳になったタイミングで総合的に評価しようということで決定となった。


 まあつまり、体のいい先送り、というわけだ。


「彼は魔法使い革命と呼ばれる革命を起こし、見事を勝利を収め、セザール聖下の娘、オドレイを娶り、『ルーセヴェル』の名を引き即位します。現在のヴィアボルト公爵家は、この大魔法使いアレクシ・ド・ヴィアボルトの弟にあたるアメデ・ド・ヴィアボルト公爵閣下が始祖となります」


 そのまま月日は流れ、現在。


 そのラウルのあやふやな立ち位置が、これ以上ないほど致命傷を与えている、地獄のような学園の空気。


 ……入学して数か月経ったあたりでは、これほどではなかった。


 第一王子殿下――ラウルの顔立ちが、整っていたからだ。


 入学後、恐らくはマノンがきっかけになって前髪を上げると、今まで陰鬱そうで近寄りがたい、と評価していた周りは、簡単に掌を返した。


 大半の若き紳士淑女にとって、ラフィネの教えは話半分に聞き流すものだった。例外なのは高位貴族、つまり数少ない一部の人間だけ。


 特にご令嬢の熱の上げ方と言ったら凄まじく、黒髪黒目だなんてカッコイイ、と一部で黒色モチーフのアクセサリーが流行るほどだった。


 親元から離れる全寮制ということもあり、ある種異様な熱に包まれていたように思う。



 孤高の王子様だとか言われて、廊下を歩くだけで歓声が止まらない光景が繰り広げられた。


 そもそもが優しい人だった。思うに、日頃から魔法の制御は成績が落ちようと弱めにしていたようだったし、出来る限り魔法は使わず過ごしていた。

 加えて、頭痛かなにかで常に目つきが悪いものの、それゆえに素の柔らかな表情がより魅力的だった。


 若者というのは単純なもので、それだけでこの人の味方をして気に入られたい、と思うのだ。


 そのせいで、数か月後になにかをきっかけに仲良くなったマノンへの嫌がらせが過激になったが。


 アデルだって顔でまずは好きになって、マノンを嫉視していた。


 自分を含めて、皆加害者だった。


 授業終了の鐘が鳴った。

 歴史が終わった。ということは、これで今日の授業は終了だ。


 号令がかかり、ふわふわと片付けを始める。連絡事項などについては侍女の方に届いているはずなので、アデルたちは授業だけ受けて寮に戻ればよい。


 トントンとノートを揃え、鞄にしまう。


 ……もうすぐ定期考査だし、学園書庫に寄って帰ろうかな。


 そう思い立ち、アデルは教室を出ると、学園書庫の方へと歩いた。

 放課後に行くのは久しぶりかもしれない。大抵、アデルは昼休みか朝に本を借りて、寮の自室で読むことが多いのだ。


 暖かで奇麗な言葉を愛で、暖かで奇麗だと思う。それだけで、自分まで暖かで奇麗な人になれる。そんな気が、する。


「……あ! ラウル様! ちょっと! 最近避けてますよね!」


 ゆったり物思いに耽っていると、視界の端で淡い桃色が跳ね、アデルとすれ違っていった。


 暗い場所に日が差したような錯覚。アデルはぱっと後ろを振り返った。


 ずんずんと黒髪の青年に近づいていくのは、マノン・ブーロ。


 アデルは本を抱きしめながら、凍りついた。即座に顔色が失われる。


 そのときばかりは、うるさい陰口も聞こえなかった。


「……そんなことは、ない」


 睨み気味の目を、ぎこちなく逸らし、彼が言った。


 一瞬で全身から汗という汗が噴き出た。


「嘘が下手くそすぎますよ!」


 ――ラウル・ド・ルーセヴェル。この国の第一王子であり、災禍の源、闇系統(あんけいとう)魔法使い。


 アデルは青ざめたまま、後ずさった。


 耳を塞ぎたくなる悪口、嘲笑が聞こえていないはずはないだろうに、彼らはごく普通に会話する。


「気を抜いたらすぐ奈落に落ちようとするんですから!」


 懇々と片手を腰に当て説教をするマノンに向ける彼の目が、なんだかとても柔らかに見えた。


 入学当初、自分の目を厭うように前髪を下ろしていた彼は、多分もういないのだろう。


「いいですかっ、逃げたらみっともなく縋り付きますからね、そこにいてくださいね」

「……いや」

 マノンがなにやら間合いをはかりはじめた。


 足が、学園書庫に逃げ込んでしまおう、と誘ってくる。肯定さえすれば、いともたやすくつま先の方、彼らと反対側へ走り去ってくれる。そんな姿勢だ。


 顔だけを二人に向け、情けなく本を抱きしめた姿の、惨めなこと。


「わたしが! 二人できちんと話をできる場所に誘導しますから!」

「……」


 けれどもアデルは、その場を離れなかった。目を逸らそうと動かなかった。否、動けなかった。


 ここで逃げたら、またあの大嫌いな自分に逆戻り。そんな気がした。


 そしてそうなったときに再び前へ歩く勇気は、きっと残っていない。


 ラウルはちらちらと周りへ視線を投げ、溌溂とした黄色の瞳に向き直った。


「……分かった」

 彼は無表情を変えると柔らかく苦笑して、マノンが距離を詰めてくるのを許容した。


 そこでようやく、マノンの後ろで不自然に止まるアデルに気づき、彼は首を傾げ、目を細めた。黒髪が頬を滑る。


「…………君は」


 ぼそりと呟かれた言葉に、アデルの心臓が跳ねた。


「ラウル様! いいところを知っているんです! 行きましょう」


 が、彼の話をまるで聞いていないらしいマノンがぐいぐいと彼の服の裾を掴み引っ張っていく。

 誇り高きルーセヴェルの第一王子殿下は、それに逆らえずアデルから目を外した。もう振り返ることはない。


 アデルは彼が背を向けた瞬間、早歩きでその場を立ち去ったのだった。





 見つかった、とまず思った。

 あれだけ見つけられることを望んでいたくせに。

 ぶつくさ自分に文句を垂れながら、アデルは未だドクドクと鳴りやまぬ心臓に手を当てた。


 謝れなかった、と肩を落とす。

 まるで陰口なんか聞こえていないかのように二人で会話をしていた。二人にとっては、きっともう日常茶飯事なのだ。


 それに一時でも加担してしまった罪悪感が、ずっと胸を刺してくる。


 真っ白い床を踏みしめるブーツの音が、やけに響く。


 学園書庫への道は、いつも人が少ない。静かそうな令嬢や令息と時折すれ違うくらいだ。


 アデルが見ていたときはずっと変わらなかった表情が、マノンを前にするとあんなにも柔らかに変わるのだ。


 彼は廊下を歩くとき、必ず人との接触を避ける。自分と触れ合うのを気味悪がる人がいると知っているから。


 彼は人と話すとき、必ず下を向いて話す癖がある。慢性的な頭痛で顔をしかめると、相手に睨まれていると勘違いされるから。


 彼は、誰かが困っているとき、自分がどれだけ貶められようと見捨てはしない。


 そんなにも優しい人が、周りから畏怖の目で見られる。


 無心で歩き続けていた足が、少しずつスピードを落としていった。


 ただ闇系統(あんけいとう)魔法使いというだけで、なんでこんな扱いを受けなければいけないのかな。


 もしもごく普通の魔法使いとして生まれていたら、どれほど人望ある王太子になったのだろう。


 いや、それよりも、もしも彼が王子様でさえなければ。


 ごく普通の平民であったのなら。


 きっと今の時代、闇系統(あんけいとう)魔法使いであるということはさして重要ではなかった。そもそも平民は魔法を使うことが法律で禁止されている。


 ……マノンとの幸せな未来だって、素直に応援できたのに。


 アデルは唇を噛んだ。暴力には慣れていないから、弱めになった。


 残念ながら、ここでは確かに彼は王子様で、ここはお伽噺の世界でもない。


 身分違いの恋は結ばれない。それが当然の現実だ。


 『悪役令嬢』だと揶揄されているカトリーヌの方が正義なのだ。


 貴族としての義務を、王族としての義務を放棄して、自由に恋愛する権利なんてないのだ。


 胸の前、左手で抱きしめた本を強く握る。白い手袋越しだ、大した威力はない。


「でも、恰好いい王子様と不遇な女の子が結ばれるなんて、素敵じゃない?」


 耳に届いた。こそこそと件の三人について話していた、大人しめの令嬢らしい。


 ……王族としての義務?


 アデルはふと、歩みを止めた。じっと白い廊下を見つめ、考える。


 普通の王族ならば、陰口なんて叩いたら即座に首が飛ぶ。

 それが許されているのに、王族としての権利などろくに行使できていないのに、どうして義務だけは果たさなければならないのだろう。


 王族だから闇系統(あんけいとう)魔法使いであることを殊更に責められる。


 …………それにもし、彼の容姿が今のように整っていなかったとしたら?


 容姿というのは良くも悪くも影響が大きい。貴族、王族ならば尚更。

 実際、アデルも含めた令嬢令息のほとんどが、前髪を上げた途端に掌を返した。


 ――彼が『王族だから』得られたものなど数えるほどしかなくて、『彼だからこそ』勝ち取れたものの方が、ずっと大きいのでは?


 ぼんやり考え込みながら再び歩き始め、ふと顔を上げれば、もう学園書庫の目の前だった。


 扉に貼られた紙。目に飛び込んでくるのは、定期考査の文字。


 元学園生徒からの薦め:目標を決めてみましょう! 達成出来たらご褒美に紅茶でもいかがですか? ……学園内喫茶店店主より


 脳裏に思い浮かぶのは、マノンとラウルの、楽しそうな笑顔だった。


 こんなところでも柔らかに笑う二人の、味方でありたい、と切に思う。


 学園での居場所なんてもうなくした。逃げないと決めた。好きになれる自分でありたいと決意した。


 アデルは顔を引き締め、勉強用に開放された机に勉強道具を広げ、椅子を引いて座った。


 もしもこの定期考査で全教科平均以上を取ることが出来たら、マノン・ブーロに謝ろう。宣言するんだ。わたくしは貴方の味方です、と。


 カチリ、と学園書庫の時計が音を立てた。

補足

便宜上『教皇』『聖下』と呼称しておりますが、勿論『ラフィネ教』は実在の宗教とは一切関係ございません。


(今日から十時に投稿をずらします。もしもお待ちいただいていた方がいらっしゃいましたらごめんなさい)

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