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第三章 四幕

 「以上がことの顛末だ。軽くだけどな」


ムーロは地面を眺めながら他人事のように語った。淡々と、思い出したくない扉を開くように。一同は唖然とし、現実味のなさに口を開くことはできないでいる。


「たしか」


カルロがまず言葉を発した。


「それくらいの時期にルルデアとの関係が悪くなりましたね。それが原因ですか」

「そうです」


答えたのはムーロではなく、ラルバだ。ラルバは事態を知りながらも、細かい過程は知っていなかったため、わずかに動揺が見られる。


「ルルデアに説明したところ、向こうとしてはそういった事態に邦人を巻き込まれた立場なわけで、いくつかの外交手段に使ってきた。しかしムーリアスとしては自国人が被害に遭っているわけで。結果として防衛だけど過剰だよねで折り合いがついた形です」


カルロは少し考えこんでいたが、次に口を開いたのは、意外にも異邦の若人だった。


「つまり、次は本当に犯罪行為に巻き込まれたから弁明がきかない。ユーリさんならなんとかできるかもしれないが、なんとかできたらできたで問題がややこしくなるということか」

「そういうこと。うちとしては問題が起こる前にユーリ・アナベルの身柄を保護したい。流石に犯罪行為なら、犯人確保で穏便に済みそうだが、問題は相手の抵抗だ。前回は一方的な暴行だったこともあり、彼女もある程度加減することができたと思う。相手は幸いにも少しすれば容易に社会復帰できた。だが今回は相手の抵抗次第では、それで済まない可能性がある。そうなると市民課としては?」


ラルバがカルロに手を差し伸べる。


「ユーリ・アナベルを逮捕して起訴する必要が出てくるな」

「そう。だから早く状況を終わらせたい」

「はい。だから呼んでいたんですよ」


カルロが冷静に返すと、ラルバは目を丸くする。すると遠くから鐘の音が聞こえてくる。また道の角から馬に乗った女性が現れる。馬は一同の前で止まり、シンシアが軽く降りる。後ろに乗せた人物も同じように降りる。


「お連れしました」

「ありがとう。シンシアさんは署に戻って、馬車を2台、できれば3台持ってきて。思ったより大所帯になりそうだ」


シンシアは一瞬嫌な顔をしたが、上手く誤魔化してまた馬で走り去っていった。


「お久しぶりです。シシリアさん」

「お久しぶり、カルロ」


シシリアと呼ばれた男はカルロに親しげに挨拶をした。黒い服装をしており、全身には装飾が施されている。


「教父?」


マリアが呟く。教父とは、トライア教における男性司祭を指す。彼の服装は教父のそれだった。


「初めまして、お嬢さん。レンス市所属の教父。ニーノ・シシリアです」

「宗教関係者がなぜ……?」


マリアの疑問はもっともである。事態はすでに警察が法的に対処するものとなっている。しかし彼の参入はこの理屈に矛盾しない。


「この場では、トライア教警ら隊とも名乗った方が良さそうですね」

「彼は聖法に違反する事件事故に対応するトライア教の組織、警ら隊の隊員でもある」


その理屈を聞いてもなお、マリアの疑問は晴れない。本件は魔術師が起こした刑事事件であり、聖法には関係がない。


「当然本件は聖法に違反するものではない。彼には協力してもらいたいことがあるんだ。聖花、フィオラの追跡だ」


ジンがそれを聞いて驚く。ロイも同様の反応をする。


「そんなことができるんですか」

「特に隠匿はされてないけどね。単に世に出ないのと、これは警ら隊にしか許されていない聖事象だからね。直近で接触していたフィオラに触れて、感覚を研ぎ澄ませるといろんなことが辿れるようになる」


陽気に説明しているがとんでもないことを言っている。マリアが咄嗟に反応した。


「あなたは聖人なんですか?」


聖事象を起こす人のことを聖人と呼び、この聖人はトライア教の保護対象となる。そこから考えれば、自由行動をしている彼は例外ということになってしまう。


「厳密には聖事象というか、私がやってるわけじゃないというか。あまりここ言うと君たちを捕まえないといけないんだけど、聞きたい?」


これは聖法における隠匿範囲ということなのだろう。マリアたちは激しく首を横に振った。それを見てニーノは笑う。


「さて、誰のフィオラかな」

「僕です」


ロイがフィオラを胸元から取り出し、ニーノに差し出す。


「お願いします」


ニーノはロイの目をしばらく覗き込む。ロイは少し恥ずかしがりながら、たずねる。


「何です?」

「いや。いい目をしている。まっすぐな目だ」


ニーノはロイのフィオラを受け取り、祈るようにしゃがみ込む。目を閉じて深く集中し深呼吸すると、少しずつニーノの胸元のフィオラが光り始める。それは温かく弱々しい光であり、繊細な脆さを感じさせられる。


「なるほど」


ニーノは目を開き、呟いた。懐から手帳とペンを取り出し、何かを書き込む。


「おそらく南の再開発待機区画ですね。あの辺りは空き家が多い。周囲にフィオラの反応が多数あることから、魔術師が10名くらい集まっています。被害者を込みで勘定してもかなり多いですね」


手帳を少しめくって読み返し、何度か頷く。嫌な予感がしたのか、カルロが声をかける。


「何か?」

「いえ、先のフィオラをもう少し探ったんですが、こちら側でも追っている組織の末端の可能性がありますね。私も本件同行してよろしいでしょうか」


カルロにその予感はあった。だから馬車を多めに呼んでおいたのだ。しかしかえって動きづらくなるのも事実だった。


「わかりました。場所が絞れた以上、君たちはもう帰りなさい。あとはこちらの仕事だ」


カルロはマリアたちに告げる。その通告は至極真っ当で、当たり前のものだ。しかしこれに露骨に拒否感を示したのはマリアとロイだった。


「友達を不安に思う気持ちはわかる」


察したカルロが諭すような口調でロイたちに話しかける。


「それでも君たちを連れて行かない理由は二つ。まずは法的正当性がないこと。そして専門外の市民を巻き込む危険性が許容できないことだ。わかるね」


それは重々理解していた。わかったうえで歯がゆい。彼らは国内屈指の魔術大学の、決闘委員会という現代では極めて稀な、戦闘に身を置く立場にある。しかしそれはあくまで学内の話であり、学校を出れば少し有名な学生にすぎない。彼らに法的な権限は何も与えられていない。確かな実力があるにも関わらず、彼らは双方合意の元で、審判がいる状況で戦ったことがあるだけで、被害者の救出経験もなければ、警察が持つ経験知識もない。この場において学生はただひたすらに無力であった。


「一つ確認したい」


頭の中で考えを整理するマリアとロイに対して、ジンは冷静に挙手した。


「この救出作戦の結果は、我々にどのような形で共有されるのだろうか」

「後日、というか明日かな。署に来てくれれば話そう。それか場所を決めて報告してもいい」


ムーロの回答にジンは考え込む。少しでも早く行動したいカルロに僅かな苛立ちが見える。


「失礼ですが、彼らは?」


食い下がる学生が不思議だったのか、ニーノがムーロにたずねた。


「ムーリアス大学の学生です。それも決闘委員会の上位生ですよ」


感心するようにニーノが三人を一人一人観察する。


「ちなみに、皆さんどういった序列で?」

「俺が2位、こっちが5位。そしてこの子が1位だ」


ジンが即座に答えた。ニーノはさすがに驚いているし、カルロもマリアが1位であること以外は聞いておらず、水準の高さに驚きを隠せないでいる。そして嫌なことが頭をよぎる。


「連れて行けばいいじゃないですか」

「……シシリアさん」


ニーノが陽気に提案した。カルロは心底嫌そうな顔をしている。

 マリアたちは驚いているが、当然である。警察であるカルロから通告された待機。同じような立場である教警のニーノからも同じようなことを言われるとばかり考えていた。


「だって相手は約10名の魔術師ですよ。それも荒事慣れしてる。戦力は多い方がいい」

「かもしれませんが、学生ですよ。何をするかわからない」

「まず、行けるのか?」


ジンが割り込んで話す。先ほどから警察にも臆さず会話を試みているが、彼はマリアたちの中では最年長。かつ徴兵とはいえ元軍事従事者である。気分としては警察とは対等のつもりなのだ。


「可能ですよ。実はレンス市の条例がありまして。ムーリアス魔術大学の決闘委員会に正式に登録、認可されている5位以上の序列を持つ学生には、公的機関から協力要請をだすことができるんですよ。滅多にというか、一度も適用されたことのない条例なので、知っている人はそうそういませんが」

「私は要請しませんよ。こんな危険なこと。そもそもその法律も昔の決闘の結果でできたものらしいじゃないですか。それが残っているのがおかしな話なんですよ」


決闘委員会自体は昔からある。決した戦いの結果に応じて、決闘委員会は強い権力を以てこれを実現してきた。しかしマリアたちが知る範囲ではそれは学内に限られる。ムーリアリアが様々な免除制度を持っているのも、決闘委員会の権力ゆえだ。


「そもそも、何で学生の組織が行政に影響を及ぼしてるんだっていう話なんですよ」


カルロの指摘は最もだ。理由は至極単純。決闘委員会の権力を裏付けるのは、上部権威者の存在だからだ。

 学校の運営組織の上層部にも委員会を支持するものがおり、彼らの働きかけでこの制度は実現している。であれば、同様の存在が学外にいれば、その手は学外にも届く。もちろん行政に影響を及ぼしたのは問題だったかもしれないが、意味のないものとして軽視され放置していたのは、行政側の失態ともいえる。


「でも、法としての根拠はある」


マリアは呟いた。カルロが苦い顔をする。法の存在を知りつつも、どうにもできなかったのだろう。しかし、彼にも考えはある。


「確かに、法的な根拠がないわけではない。だがこの条例の前提が満たせればの話だ。私は君たちに要請するつもりはない」


条例の前提は、公的機関からの協力要請。つまり警察から学生に協力要請をした場合のみ、マリアたちは同行することができるのだ。


「これでいいか。一応言っておくが、教警は国際組織だ。公的機関とはあくまでムーリアスの公務機関を指している。シシリアさんが連れていくと言ったところで、それには法的根拠がないぞ」

「なら私から要請する」


カルロが少し黙り、怒りを抑え込む。大きく息を吐いて、声の主を睨みつける。


「どういうつもりですか、外事課」


ラルバが、マリアたちに協力要請をした。ラルバは睨みつけるカルロにひるまずに、理由を述べる。


「私は警察組織のものだから、当然条例の適用対象だ。そして彼らを連れていく根拠は一つ。彼らがユーリ・アナベルの友人だからだ。彼女の暴走を食い止めるのは、前回の事件からも困難だ。さっきも言ったが、外事課としては今回の事件は穏便に済ませたい。ゆえに、彼らに来てもらい、ユーリ・アナベルの保護時に、問題ができるだけ発生しないようにする」

「あくまでもその戦闘技能によるものではないと」


「そうだ」とラルバは頷く。その態度は決して真摯とは言えず、謙虚とは言えない。かと言って横柄なわけではなく、厳粛だ。自身が今しているのは相談ではなく宣言だと、そう言いたいのだ。

 カルロは頭に手を当てて唸る。はっきり言うが、こんなことをしている場合ではない。拉致誘拐の事件、教警も注視している犯罪組織。不可視の犯罪の尻尾を掴んでいる。少しでも時間をおけば、対象はまた雲隠れする。そうなれば今被害に遭っている被害者の救出は、実質的に困難になり、あらたに潜在的な犯罪が増えかねない。

 すぐ、とにかく早急な解決が必要だ。外事課の言うことは一理ある。しかし彼の頭によぎるのは、学生を連れて行くと言うこと。倫理と合理の狭間で、ものの数秒で彼の頭は回転する。

 馬車が鐘の音と共に遠くから近づいてくる。焦燥に駆られる状況を破るのは、意外な人物だった。


「私は、マリア・ロールベルです」

「全員連れて行く。早急に準備しなさい」


馬車が2台到着し、それぞれの御者が声を張る。


「乗り込め!」


全員が突発的に反応し、馬車の中に乗り込む。御者が手元の棒を倒すと扉が閉まり、彼らは走り出した。

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