第三章 三幕
ユーリが目を開けるとそこは暗闇だった。正確には頭に何か遮光物が被せられている。身を動かそうとするが、足は縛られ、両手は縛られている。
「お、起きたぞ」
椅子から立ち上がる音。足音が次第近づき、遮光物を取り上げる。急な光にユーリは思わず目を閉じる。そして目が慣れた頃に見えたのは、悪意に塗れた笑顔。
「本当に上玉じゃねえか」
見覚えのない景色に僅かに動揺したが、ユーリは焦らなかった。放置された建物らしく、手入れされていない壁が目立つ。女ばかりが縛られて軟禁されている部屋。その中央に机と椅子があり、二人の男が腰かけていたようだ。近くにいた男はそのまま布のようなものを持って、再び椅子に腰かけた。
「叫ばねえとは、ずいぶん強気な女だな」
「それが取り柄なもんでね。で、あんたらは犯罪者ってことね」
男たちは感心したように互いに目線を合わせる。
「最初の言葉がそれとはな」
「教えてやるよ。お前、というかお前らはな!」
もう一人の男が大きな声で話す。他の被害者たちに言い聞かせるように。
「これからやんごとなき方々に納品する商品だ。ここにいるのは女と、女の魔術師。それぞれ仕事を全うするように」
そう言うとけたけたと癖のある笑い方をする。女性が数名泣き出してしまうが、それよりもあきらめて絶望し、黙ってしまう人が多数だった。諦めてしまうのも無理はない。この国の犯罪行為は見つからないことに長けている。自分はもう誰にも見つけてもらえないと、絶望以外の感情が持てずにいる。彼女以外は。
「そう言えばあいつは?」
「あぁ、野郎に貰った傷が痛むってよ。とんでもない奴がいたもんだよ」
「おい、盛り上がってんな」
入り口からまた、男が入ってきた。もともといた男たちは立ち上がって、頭を下げる。より立場の高い者なのだろう。ユーリはその男にうっすら見覚えがあるが、はっきりとは思い出せない。
「いい感じに集まったが、集めすぎだ。先方は確かに納品した数だけ報酬をくれるが、これは足がつくぞ」
「大丈夫ですよ。バレたりしないです」
「まぁしばらくなりを潜めればいいかもしれないけどな」
高位の男は女たちを品定めしていく中で、黙ってしまう。そして歯を食いしばり、その眼にはわかりやすく焦りと動揺が見受けられる。その眼には、ユーリが映っている。
「先輩?」
「馬鹿野郎が!」
先輩と呼ばれた男は、振り返って思い切り手下の一人を殴り飛ばした。手下が吹き飛ばされ、壁際まで滑っていく。
「何するんですか」
もう一人の手下が突っかかると、先輩はその胸ぐらを強くつかむ。そして目を覗き込むように怒鳴る。
「あいつはユーリ・アナベルだ。どうするつもりだ」
そこでユーリは初めて記憶を呼び覚ました。
「お前、この前いたシュウ・ハリーの取り巻きか。というか、前は気付かなかったけど、あの時の一人だね」
先輩は背中を跳ねさせて振り向く。その顔には動揺がしっかりと表情として浮かんでいる。
「前は気付いてなかったのかよ」
「あの時はだいぶ飛んでたからね。顔なんざいちいち覚えてないよ」
先ほど殴り飛ばされた手下が立ち上がる。その顔には怒りが張り付いているが、一応話を聞こうという冷静さは残っている。
「こいつがなんだって言うんですか」
「こいつはなぁ……」
「ユーリ・アナベルは、ルルデア王国の政府高官の娘だ」
外務事由課のラルバは告げた。そしてムーロは何かを思い出すように俯いて目を閉じる。
「ルルデアとはどこだ」
手を挙げて気まずそうに聞いたのはジンだった。ラルバの言葉に驚きを隠せないマリアとロイの代わりに、カルロが答える。
「ルルデアとはこのムーリアスの北方に位置する王国だ。王国とは言っているが、国民の主な生活地域ごとに3人の王を立て、議会の形をとっている。ただし実態としては1つの地域が実質的に政務を担っている」
「その通り。かの地域は山間部、平野部、海岸部に分けられ、それぞれの地域で王を立ててきた。だが実質的な政務は『人の王』と呼ばれる平野の王が担当しており、さらにその王も人柄だけでやっているようなものだ。事実上、政治を担っているのは、平野の王の秘書である、アナベル氏。つまるところこれが、ユーリ・アナベルの父親だ。そんなユーリ・アナベルが事件に巻き込まれて身の危険が迫っているのは、非常にまずいわけで、外事の私がでてきたというわけだ」
ジンはそれを聞いて、唸る。
「確かに、万が一このままユーリさんが見つからなければ、外交的な問題が発生してしまうな」
「あ、それはちょっと違うんだが、説明がややこしいな」
「あ!」
ムーロが手を叩いて大きく反応する。
「もしかして、ユーリ・アナベルってあの高校の事件の生徒か」
「ご存知でしたか」
「担当だったものでね」
ムーロとラルバだけで話が進んでいくなか、カルロが口を開く。
「彼女に何かあったんですか?」
「この女が政府高官の娘」
「そうだ」
荒ぶる先輩をよそに手下は首をかしげる。自身が受けた暴力とその事実のつり合いを取りかねているのだ。
「わからないか。つまりこの女の捜索に警察が当てる人員は、これまでの比じゃないってことだ」
手下はようやく事の重大さに気付いたようだ。しかし外国人とはいえ、ミリー地方の人種は見かけは大して変わらない。ミリー連合は国境における一般人の入出国を制限していない。つまり彼らの生活には国家ごとの人の違いというのがわかりにくくなっている。ましてや隣国ともなると判別はかなり難しい。彼らは運が悪かった。それは先輩も理解していた。
「次の取引はいつだ」
「明後日です」
「……もたないな。場所を移すぞ」
先輩はどこかに用ができたのか、そそくさと立ち去ろうする。しかし途中で足を止めて振り返る。ユーリを見ている。
「そいつのフィオラは奪ったか?」
「はい。魔術師なのはわかったので」
「ならいい。そいつにフィオラを絶対に近づけるな。そいつは高校のとき、いじめの集団に対して傷害事件を起こし、事態に駆け付けた教員と警察を返り討ちにした実績がある」
手下は信じられないという顔をしながら、辛うじて返事をして、拠点の移動作業に急いで取り掛かる。
「あれは三、四年ほど前か」
ムーロはマリアたちにユーリの過去、国家関係を巻き込んだ、少女の話を。




