第二章 十一幕
「有名人になったな」
カフェテラスにてジン・ランは俯いて考える。同じ卓にはマリアとユーリ、ロイも同席している。ジンは全身に簡易的な治療を施している。周囲の席は人が避けるように空いており、遠巻きにジンを見ている人も何人かいる。
あの決闘から数日、ジンとシュウはそれぞれが噂の種となった。どちらも良い意味で有名人ではあったが、今は必ずしもそうではなくなってしまった。好き好んで暴力に身を任せた野蛮人、そんな印象が少なからず残っている。
決闘自体がそういうものではあるが、本来は魔術の実力比べという意味合いが強い。離れたところから氷や炎をぶつけ合って、能力が劣る方が押し負けて終わり。そんな常道が成立しつつある中で、明らかに肉薄の暴力でやり取りしたという事実が与える影響は、それなりに大きかった。
「まぁ最近の決闘で、先に殴る蹴るをし出したのはロイくんだけどね」
ユーリは飲み物を飲みながらロイを指差す。「いやぁ」と照れながら、ロイはテーブル上のお菓子に手を伸ばす。ユーリが少し睨みつけるが、ロイは特に気にしなかった。
決闘後、ジンの快気祝いと勝利祝いを兼ねてちょっとした茶会が開かれている。しかしジンは決闘の中で生じた疑問をひたすらぶつけるので、実質反省会のようになっている。
「構築魔術というのは、建築魔術の一段階上の技術で、まるで本物の建物のような空間を作るんです」
マリアは構築魔術の説明を懸命にしている。あの戦いの中でジンにとって初めて触れる概念が多すぎた。マリアの説明にも興が乗るというものだ。
「それで最近の研究で、建築魔術による閉空間の中にいることで」
「魔術効率が上がるってわけ」
テラスの店外側から男が声をかける。マリアが驚きながら見上げると、治療跡が多く残るシュウが立っている。
「先輩、お久しぶりです」
「人伝に聞いてたけど、本当に元気そうだね。傷つくなあ」
そう言いながら隣から椅子を一つ掴み、マリアたちの卓についた。店の奥を見ながら、手を上げる。
「冷たいお茶ください」
呼びかけるように声をかける。店員は怯えるように返答し、店のさらに奥に引っ込んでいく。
「嫌われたな。前はこんな大声で呼び立てなくても近くに来てくれた」
そう微笑む。先日の決闘にはシュウを目当てに来た女性も多くいた。彼の元の印象を持つ人なら、幻滅してもおかしくはないのかもしれない。
「しかし君、結構余裕だったろ。委員会のやつらが言ってたよ。よく考えたらフィオラなしの人間が決闘なんてやったら死ぬんじゃないかって。しかし終わった君ときたらほとんど無傷なんだもの、驚いたってよ」
決闘を通して何か吹っ切れたのか、シュウは口調がすっかり砕けている。店員がそそくさと飲み物を持ってきて、素早く机に置いて素早く去っていった。
「完全に無傷のつもりだったんですから、想定外でしたよ。先輩こそ随分軽傷じゃないですか」
「言うじゃないか。俺が軽傷なのはフィオラと君のおかげ。ちょっと手加減してたろ。おかげさまで男前になった」
なんのことかわからない、という風にジンは視線を外して笑う。
「それで、構築魔術っていうのはある意味では、究極の魔術なんですね」
「まぁね、自分でもできるとは思ってなかったけど、あの時は何と言うか、何か制限みたいなのが外れてた感じはあるかな」
そう言ってシュウは飲み物を口に運ぶ。マリアたちは特に喋ることもなく、黙って話を聞いている。この二人が作る独特の世界に踏み込めずにいるのだ。
「あの、最後のやり取りって何してたんですか?」
恐る恐る手を挙げたのはロイだった。ある意味戦いに身を置く彼も、混ざりたかったのだろう。
「そう!俺も気になってたんだよ」
想定外の食いつきにロイだけでなくマリアたちまで驚いてしまう。
「結構良い発想だと思ったんだよな。杖で止めてるけどエネルギーだけ溜めてさ、外したら一気に発射みたいなの」
「あれですか。まぁ僕はロイくんの移動魔術を見てましたからね。それにこっちの武術に『弓打ち』っていう、押さえておいて威力を上げる技自体はあるんですよ。不意を突く発想はよかったですが、僕の場合は慣れてましたから」
ジンがそう言うと、シュウはため息をついてうなだれた。
「何だよ、お見通しだったってわけか」
そう言って注文したお茶を飲み干し、立ち上がる。店員が奥で身構えている。
「ちゃんと払うって!ここに置いておくから」
そう言ってシュウは代金をカップのの近くに置いた。
「マリアちゃんは嫌われてないかい?」
財布をしまいながらたずねる。マリアは急に話しかけられて透かし身構えた。数日前の心に滑り込まれたような感覚が消えていない。
「は、はい。私は元から交友関係がほぼ無いので」
シュウは「そう」とだけ言いながら微笑む。
「先輩はこれからどうするんです?」
ジンが顔を上げてたずねる。シュウは何かを考えるように視線を外し、また笑う。
「しばらく武術のことを考えたいな。次はもっといい勝負ができるといい」
そう言って、元二位は立ち去っていった。ジンを除き、マリアたちはその背中の力強さを不思議そうに眺めていた。敗者の背中がかくも気力に満ちているのを、見たことがなかった。
「で、これからどうする?」
ユーリが体を伸ばしながら気怠げに話す。気付けば全員の飲み物は空になり、お菓子もわずかに残るばかりだ。
「僕は特に予定は無いなぁ」
「私も無いですけど、できれば」
マリアは何かを喋ろうとして、途中で止める。奇妙な間を不思議に感じた三人はマリアを見る。何かを思い出したようにマリアはジンに頭を下げた。
「あの、ランさん。ありがとうございました。決闘を、ある意味肩代わりするようなことをしていただいて」
「いや、あれは」
ジンは狼狽しつつ、とりあえず頭を上げるように促した。そして改めて話そうとして、ふと違和感を感じる。チカチカと火花のように眩い。
マリアと目が合っているのだ。光が透き通るような金髪が麦のように風に靡き、眼鏡越しにまっすぐと自分を見据える双眸は空を見ているようだ。
「ランさん?」
話を始めないジンを不思議に感じたマリアが怪訝そうに声をかける。ジンは目が覚めたかのように、かろうじて反応して何回か瞬きをした。ロイとユーリは目配せをして、残り二つのお菓子をそれぞれ手に取り、それを軽くぶつけた。マリアが不思議そうに眺めていると、ジンが咳払いする。
「俺は二位と戦いたかったっていう理由があったから、どちらも利点があるやり取りだったよ。だから気にしないで」
頭をかきながらジンは答える。本心だった。
「それでも、ありがとうございました。それじゃ」
そう言いながらマリアは財布から静かに代金を出して、席を立つ。ユーリが驚いたようにマリアを見上げる。
「え、何か用事あるの?」
「いや。無いと言えば無いけど、あると言えばあると言うか……」
「無いのね」
ユーリは笑みを浮かべてマリアの手を掴む。
「ロイくん、東方魔術のこと聞きたいんじゃない?」
「あ、聞きたい!」
ロイは東方の神秘に目を輝かせる。マリアは気まずそうに目を泳がせる。漂った先でジンと目が合う。するとジンも口角を上げ、意地が悪そうな顔をする。
「俺もマリアさんにもっと魔術の話が聞きたいな」
「そうと決まれば!」
厳密には決まっていないがユーリが財布から代金を素早く取り出し、卓に置いた。お菓子と自身の飲み物の分が含まれている。
「とりあえず市場に行くか」
「この時期は葉物野菜が美味しいよ」
ロイとジンも財布から代金を出した。マリアは少し恥ずかしそうに声を出す。
「おすすめのお店があるので、紹介します」
三人は少し待って、目線を合わせて笑いをこぼした。
周りの事情をする人は少し距離を持たせてすれ違う。そんなことは気にも留めず、彼らは歩く。天才は世に貢献する時間を犠牲に、友と笑いながら歩んでいく。




