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第二章 九幕

 鎖術。アコクにおいて鎖術とは、長い鎖を使った武術を指す。

 成立経緯として、まず縄を使った捕縛法である縄術があった。縄術はかつて十天に登録されていたが、より攻撃能力が高かった鎖術の登場後、入れ替わる形で鎖術は十天として登録された。

 しかしながら鎖術の鎖術たる特徴は、魔導合金開発以降に考案されたということである。武術連の定めた特定種別武術「魔導術」に関する規定では、既存の武術に魔導合金を合わせただけの武術は認定しないというものである。したがって初めから魔導合金ありきの鎖術は、十天のなかで唯一の魔導合金製武器を前提とした武術である。最も自由度が高いがゆえに、扱う難易度が非常に高い武器の一つとされ、その特異性ゆえに、近年の武術家たちは鎖術対策を強いられている。


 戦の神の戯れ。彼らの戦いはそうとしか形容できない。観衆はかつて見たムーリアリア戦を思い出す。彼らの方が異次元であった。人としての延長、それをはみ出した枠にいる二人の戦いだった。しかし今目の前で起きているのは、自分たちの等身大の先にある景色。故により生々しく、肌に感じる遠さ。

 鎖が蛇のようにうねりながら暴れ、棒を持つ男の体をかすめていく。男は体を全身全霊で動かし、手にした杖で払いながら確実に躱していく。鎖を操るのは鎧姿の男。その手元は繊細に動き、芸術品や楽器のように鎖に触れる。鎖がシュウの体をまたかすめたとき、ジンの手元から鎖全体に一瞬電流が走る。通り過ぎたはずの鎖が、巻き戻される映像のように再びシュウを襲う。シュウはこれを見て即座に躱す。胸元でフィオラが光ると、ジンの周囲に火球と氷塊が多数発生し、一斉にジンに向かって飛来する。ジンはシュウのフィオラが光った瞬間に鎖を勢いよく引き戻し、中央あたりを掴んでいた。両手のそれぞれで鎖を繰り、秩序を持って暴れる鎖が結界のようにジンの周りを囲み、火球と氷塊が全て防がれる。

 その隙間を縫って棒を振りかぶったシュウが矢のように飛び込んでくる。ジンは一瞬、鎖に強い操作を加えながら上空に放り投げた。手が空いたジンにシュウは躊躇なく棒を振り下ろす。ジンは鎧のつけられた両手をうまく使いながら、これに対応。無数の攻防がなされている間に、放り投げた鎖が結界を維持したまま落下し、襲い来る火球や氷塊を防いだ。足元に鎖が落ちるころには両者の応酬も止み、束の間の休止が訪れる。


 この攻防が理解できている者は観衆にいない。ロイにも途中から何が起きているかわからなくなった。何かは起きているということだけしかわからない。この瞬間は少なくとも、まるで二人だけの世界になっているかのようだ。


「すごいな。武器だけじゃなくて素手の武術まであるのか」

「これを出すとは思いませんでしたけどね」


2人は笑みを浮かべながら語らう。


「楽しいな、おい」

「楽しいのは結構ですが、魔術を使い過ぎて体力切れなんてことはないでしょうね」


シュウは体勢を落とし、低く構える。


「安心しなよ。まだまだ楽しめる!」


 武器を打ち合う音と戦闘音、そして魔術による気温の急激な変化と風。観衆には何が起きているかわからない。シュウやジンを目当てにやってきた新規層は唖然としている。普段の二人からは想像もつかない猛々しい姿は、意外性にときめくというよりは、困惑が強いのだろう。

 

「本当にすごいな」


ロイが意図せず呟いていた。


「憧れてるの?」

「きっと僕なら素手同士でも相手にならない」


ユーリの声かけを無視するかのように、ロイは続けた。

 マリアは文化の違いを強く感じていた。数十歩先が遠い世界のように感じる。前もってジンから説明されていたとて、その距離は物理的なそれよりも遠い。

 決闘とはあくまで何かを決するために闘っているはずなのだ。しかし今や両者は闘うために闘っている。比べ合い、互いを理解しながら、自分に何ができるのか、表現している。

 マリアの胸中にわずかな高揚が訪れる。もちろん文化的な違いを強く感じている。きっとロイなら敵わないのだろうということもわかる。強さだけがこの崖のような文化の違いに橋をかけられるのだ。シュウでようやく釣り合う。そして自身でもこの違いを渡ることができることを、予感している。


「あの二人って何を賭けて戦ってるんだっけ」


呆然としながらユーリが呟く。マリアがしばらく考えても思い出せずにいると、苛立ったようにユーリが声を荒げる。


「マリアとの決闘でしょ」


そうだったとマリアは思い出した。そして戦う男たち二人を見る。


「本当に?」


マリアは改めて自分が彼らの意識の外にいることを実感した。


 先に膝をついたのはシュウだ。息も絶え絶え、杖を本来の杖のように地面についている。

 魔術は本来、集中を要するものである。単純なものしか使用していないとはいえ、これほどの運動をしながら魔術を行使できるのが異常なのであり、むしろこれまで動けていたのが不思議である。


「まぁ、これくらいですか」


東西魔術のどちらが優れているか。そんなものを物差もなく測るの行為には意味がないが、強いて言うなら東方魔術は繰り手の疲労を度外視すれば、人体への負荷はない。咳き込みながらシュウが立ちあがろうとするが、膝が震えてうまく立ち上がれない。


「敗北宣言をすることで、決闘の決着とすることはあるんですか」


ジンが審判である副委員長に声をかける。シュウから目は離していない。


「可能だよ。勿論今までもそういう事例もあったし」

「だそうです」


鎖を握る手に力を入れると、鎖は自ずと動き始め、スルスルと棒の中に収まっていく。やがて元の長さになり、ジンは棒を掴み直して固定した。


「負けを認めてください」


シュウは大きく息を吸って深呼吸するが、途中で咳き込んで呼吸は整えられない。


「いいや、どうだろうね。自分でも不思議なんだ」


跪いた姿勢から睨み上げてジンとシュウの目が合う。そして心が真に屈服していないことを、ジンは悟る。驚きを隠せずにいるとシュウの口元に笑みが浮かぶ。


「東方魔術はまさしく人の技だ。武術も同じ。人間という優れた生き物が積み上げてきた研鑽。なんとも素晴らしい」


シュウが杖を両手で掲げる。その棒は間違いなく魔術師が掲げる「杖」だ。先ほどまで体を支えるために地面についていたものとは違う。


「だがこの西方魔術こそは、まさしく人外の御業」


シュウのフィオラが凄まじい光を放つ。マリアの最大出力に及ばずとも、それを想起させられる眩い光。


「フィオラに愛されるのは、俺だ!」


シュウが地面に杖を突き立てる。シュウから等距離にある観衆の足元から氷の壁が生えてくる。それは円形に連なり、勢いよく高さを増していく。やがて天井を作るように中央に伸びていき、空間が囲われる。

 それだけでなく、戦闘域の地面からは棒状の氷が何本も生えている。多少まばらであるが、決して少なくはない。

 壁面も棒にも意匠が施され、まるで本物の建築のようである。観衆は壁面や空間を見て明らかに動揺している。

 ジンは動揺こそしたものの、氷の領域に対して目的を図りかねている。当然これは戦闘行為であるはずだが、ミリー地方に来て日の浅い彼にとっては情報が少ない。

 しかし特に気に留めていなかった観衆の反応に、ジンは違和感を覚える。観衆は周囲の者と会話して、感心とも取れる態度だ。壁や棒の意匠に興味を取られ、空間の広さに意識を向けている者もいる。ロイやユーリも同じようだ。


「なんだ?」


ポツリと呟き、異様な気配を感じて後ろに跳ねる。気配の正体は言うまでもない。シュウがゆっくりと立ち上がる。その表情は大きな達成感、多幸感に満ちている。


「構築魔術」


マリアは静かに呟いた。

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