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第二章 八幕

 正式名称「魔導術」。ミリー地方における通称は東方魔術。この技術がミリー地方で日の目を見ない理由。最も大きな要因は、それが武術に組み込まれたことだ。

 武術家たちの興味はアコク地方にのみに絞られ、それが国外へ向くことはない。また、その肝となる技術、魔導合金は、アコク政府が合金の構成が国外に漏れることを警戒し、輸出を厳しく禁止したことも背景に含まれている。

 合金開発当時、武術家たちはこの技術を自分たちが握る武器に組み込むことに躍起になった。しかしある地域で考案された武術以外への活用事例が、最もうまく活用できたとされている。武術連に申し出はなく、武術連も仮にこの活用方法で武術を考案しても、特に高く評価できない限りは認可しないとしている。ジンが身に纏うそれこそが、最高評価とされる技術である。


 ジンがうなじあたりにある機構を操作すると、肌に密着しているかのように見えたそれは、甲殻のように盛り上がり、少しずつ上体全体に展開していく。手首までだったものが指まで覆い、首を隠すようなものが頭全体を覆った。人々はそれをただ眺めることしかできず、何が起きているのか全く理解できずにいる。


「鎧…?」


マリアが小さく呟いたのを、ロイもユーリも聞き逃さなかった。


「ヨロイってなに?」


すかさずユーリがマリアに向かって問いただす。ロイは躊躇したのか一歩出遅れ、自分も興味があるというのを態度で示す。


「あ、えっと。鎧っていうのは、すごく昔の、それこそまだミリー地方で普通に戦争があったころ、戦う人たちが着てた防具だよ。あれを着ていれば、攻撃されても簡単には死なないっていう」

「ロールベルさん、よく知ってるね」


ロイが感嘆のため息を漏らす。ユーリはそれを聞いて少し考え込む。


「つまりあれは、硬いってことだよね?」

「うん。金属製が多いと思う」

「それって魔術相手だとすごく不利じゃない?」


盲点だったと、マリアとロイが思わず反応をこぼす。

 ユーリの指摘は最もである。ミリー地方において、はるか昔にあった戦乱の時代。通常の軍人同士の戦闘は、武器を持って鎧をまとって行われていた。いずれも金属製。その後の平和な時代にやってきた魔術という技術革新。その後の長い平和期間。つまり魔術が生まれた時期と鎧が使われていた時期は、重なっていない。しかし重なっていたとしても、鎧は廃れていただろう。魔術を使えば鎧の防御優位性というのは、ほとんど無効化されてしまうからだ。金属製の鎧は熱しやすく冷えやすい。熱を主に扱う西方魔術では、あまりにも有利がとりやすい。そんなことはユーリでなくても、少し考えればわかることだ。

 シュウの脳裏にも当然同じ考えがよぎっている。だからこそ動揺する。ジンがそんなことを考えていないはずはないからだ。


「それ、物理攻撃を通さないってやつだろう?」


シュウは鎧を知らないが、その目的は一目見て理解できたようだ。シュウはジンに声をかけ、反応を伺うことにした。


「魔術相手では、いくらなんでも不利なんじゃないか」

「ご心配感謝するが不要だ。この鎧がただの鎧でないことは、すぐにわかるだろう。魔術など、大した脅威ではない」


顔も鎧で隠れてしまい、シュウは表情を確認できないが、不遜な顔をしているのだろう。シュウは新しく身につけた武術の構えを解き、棒ではなく杖を構える。

 「大した脅威ではない」というジンの言葉が喉に引っかかる。怒りではなく、むしろ興味が優っている。これまでの流れを経て、彼が根拠のない大口を叩くとは思えなかったからだ。観衆の理解が追いつく前に、シュウのフィオラが輝く。

 フィオラが光り、足元が一気に氷結すると同時に杖の先から炎が放出される。マリアやジョージほどではないが、それなりの規模があり、何より早い。魔術師の常套手段としては、まず氷と炎を形成してからそれらを操作するが、シュウの魔術は展開を優先し、速度だけならマリアよりも早い。炎は放射状に飛び出し、水のようにうねりながら進んでいく。大きな波のような炎にジンが呑み込まれたかのように見えた。

 次の瞬間、炎が急激に形を変えたかと思えば、攻撃の範囲外にジンが移動していた。観衆はまだしも、シュウにも何が起きたかは理解できない。凍りつき、ただ驚くことしかできない。


「見えなかったんじゃないですか?」


鎧の向こうから、籠った声でジンが呼びかける。その問いかけに、シュウは何も返すことができない。本当に何もわからないからだ。

 これまでもシュウは何度かジンと会話を交わしているが、基本的には余裕を見せていた。それは相手を気分を乗せないためでもあり、時間を稼ぐためでもある。そんなことができたのも、理解できないとはいえ、ジンが起こす現象について、おおよその検討はついていたからだ。

 しかし今回は違う。そもそも見えなかった。その速さは身体能力や武術の腕で説明がつくようなものではない。とっさに彼の頭にはロイの移動魔術が思い浮かんだが、それにしても速すぎる。推測するにも観察が必須である。


「僕ばかり西方魔術を知っていて、こちらの技術をそちらがほとんど知らないのも公平ではないので、一応説明しますね」


ジンは直立のまま大柄な態度をとり、棒を肩に乗せる。


「魔導術。こちらでは東方魔術と呼ばれることが多いですが、要するにその正体は力学的エネルギーを電気として蓄え、好きな時に取り出せるという技術です。詳細はまた後日」


シュウはこれを虚偽だとは考えない。

 ジンがわざわざこんなことを言ったのは、時間稼ぎが目的だった。ジンが纏っている鎧。これは魔導合金を使用した最新式のもので、武術とは関係がない。鎧格闘術というものがあるわけではなく、単なる装備にすぎない。鎧の内側には骨組みのような機構が仕込まれており、要所が魔導合金製である。この魔導合金部を作動させることで、全身の動きを肉体よりも早く伝達することができ、先ほどのような高速移動が可能になっている。先ほどは脚部衣服の下に仕込んだ機構のみの箇所を起動することで、素早く移動している。

 これらの機構はあくまで動作の起こりを支援するのが目的であり、それだけで完全に動いているわけではない。基本的な移動の原動力は肉体である。そのため、肉体によって動かしたエネルギーを移動しながら蓄えることができる。

 魔導合金は電流としてエネルギーを取り出す以上、熱を持ちやすく、現行の技術では同時に冷却することができない。したがって温度が上がりすぎないように動きを抑えるしかなく、上がりすぎたら使用することができない。ジンの目論見ではシュウの遠距離攻撃は大した脅威として映っていなかったが、想定よりも高速度広範囲の攻撃だったため、彼の鎧は魔導術による動作ができなくなっている。

 そのための時間稼ぎとして情報を開示。これは開示したところで、負けることはないという自信の表れでもあった。

 彼の鎧の冷却も、まもなく完了する。


「武術をこの短時間で作り上げつつあなたのことだ、この技術の核にたどりつくのも時間の問題。その前にけりをつける」


ジンが重心を落としながら棒を構える。鎧を着たことでその空気はより武者らしくなっている。

 観衆は唾を吞むことすら憚られる静寂の中で、その重い空気に押しつぶされそうになっている。思い出したのだ。これが試し合いとはいえ、命のやり取りの模倣であることを。これは闘争であるということ、そして自分たちがそれを安全圏から娯楽にしているという、安心を改めて実感している。

 シュウは大きく深呼吸し、同じように重心を落とす。少し考えてから杖を構えたが、それを見たジンの体が一瞬強張る。鎧の仮面の下の僅かな動きをシュウは感じ取り、心の下でほくそ笑んだ。

 ジンの動揺の正体。シュウの構えは、ジンが知るどの武術にもないものだったのだ。考えられる可能性は2つ。

 一つはシュウが作り上げつつある武術が、東方の武術とは異なる進化をしつつあるということ。全く同じ変化を辿るという理屈で通す方が難しいだろう。文化や考え方も異なる地域ならば、似た武器でも違う発展をするのが普通と言うものだ。

 もう一つは、これが意味のない構えである可能性。これも捨てきれない。いくら武術を作り上げつつある天才とはいえ、時間がなさすぎる。こけおどしで適当な構えを見せて動揺を誘い、魔術で攻撃する作戦は有効だ。

 シュウは上体の構えを解かずに、ゆっくりと足を動かす。ジンとの距離を一定に保ったまま、円を描くように周回を始める。鋭く睨みつける眼光には、緊張や決意もあるが、真意がばれやしないかという不安が大きい。


 場の空気が弓のように張り詰める。先に動いたのは、シュウだ。強く足を踏み込み、一気にジンとの距離を詰める。体を効率的に使って横から杖を振り、頭部を狙う。行動自体はジンの想像を超えていない。しかしジンの想定外は彼の視野の隅で同時に発生している。それは、彼の足元が氷結して身動きができなくなっていた事。そしてシュウの傍らから、火球が胴体へ向けて飛んできている事だった。

 ジンは歯を食いしばり、頭部への攻撃を逸らす。杖は肩へと狙いを外し、火球が鎧に染み込むように吸い込まれる。思わず呻き声を上げながらも、ジンは棒を地面に強く突き立て、氷を砕く。その隙にシュウは距離を取る。

 一連の攻防の後、両者とも視線を外さず、荒い呼吸を整えようとしている。そしてその静寂を破ったのは、またしても彼だった。男の口角が加虐的に上がる。


「やっぱりな、よく効くだろ。魔術」


鎧の下でジンの顔が曇るのが見えるようだ。


「察するに、頭部への物理攻撃は有効打になる。魔術よりも対処を優先したくらいだからな。しかし魔術を侮ったのは失敗だ。単に炎を飛ばしてるんじゃない。西方魔術で扱ってるのはあくまで熱、エネルギーそのものだ。たしかに火で防具を炙っても、エネルギーの幾らかは無駄になる。だがエネルギーそのものを物質にぶつければ、その損失は限りなく少ない。ミリー地方の産業ではな、木を燃やすことはあっても、鉄を火で溶かすことはないんだ」


シュウは身振り手振りを付け加えて、興奮気味に説いた。ジンはそれを黙って聞くことしかできない。全てが、何から何まで見抜かれている。おそらくは、鎧の真意さえも。


「そして頭部の防具を外さない理由。お前、本当は顔を隠したいだけなんじゃないか?」


思わず力が入り、鎧から音が立つ。


「実際、速く動けるんだろう。だがそんなことよりも、お前は俺に観察されたくなかった。そういう意味でも防具は有用だ」


シュウの才覚に、ジンは唖然とするほかない。全て、全て見抜かれている。掌の上だ。魔術と近接戦闘の同時活用ができない振りをしていたことにも気づけなかった。ジンが先ほど受けた火球は鎧の温度を確実に上げ、ジンはそれなりに重度の火傷を負っている。


「それで、次は何が出てくるんだ? まさかこれで終わりではないだろ」


シュウは不敵な笑みを浮かべて手招きする。二位の肩書きは伊達ではない。更にはジンという武術の担い手が、この才能を開花させる肥料となってしまった。シュウは今この瞬間、ムーリアリアにも匹敵する力を持つと言っても過言ではない。

 では肥料そのものとも言えるもう一人の男は、これを受けて何を感じるのか。ジンは頭部の鎧に付けられた機構を操作する。錠が外れるような音が鳴り、頭部の鎧が分解されて地面に落ちる。


「素晴らしい。才能が開花する瞬間を目の当たりにできた」


ジンは微笑む。脇にある鎧の隙間から手を入れ、何かを操作すると胴体の鎧も外れる。むき出しになった胴体には魔導合金製の機構だけが残っている。見るからに繊細な仕組みをしており、どこかに石でも挟まったらたちまち故障しそうだ。


「もちろんこれで終わらせるつもりはありませんよ。互いに腹の中を全て見せ、純粋な技量の勝負になったとき、我々はようやく真の意味で戦うことができる」


そう言って棒の中心を捻るように絞り込むと、くるりと棒が捩れる。カチッという音が鳴り、ジンが勢いよく棒を引っ張ると、中から長い鎖が蛇のように出てくる。そこまで太い棒でも無かろうに、どうやって入っていたのかもわからない。ジンは鎖の中央あたりを、手に乗せるようにして広げて持った。両端に棒がついた長い鎖は、ゆっくりと構えるジンの足元に横たわっている。

 ジンが鎖を強く掴むと、鎖は一部が物理法則を無視したかのように揺れる。眠りから覚めた蛇のように持ち上がり、先端の棒がシュウを睨みつける。これは魔導合金が仕込まれた武器だ。


「いざ」


何が言いたいか、シュウにはよくわからなかったが、彼の胸中は昂って仕方がない。血の巡りが遅いと感じるほどに。もっと速くと心臓が震える。シュウのフィオラはその期待に応えるかのように、強く輝いている。

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