表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

81/168

第81話 カレンの受難

 アロエにカレンちゃんを家に招待するように言ったら早速次の休みの日に家に来ることになった。


「この子がカレンちゃんです!」


「カレンです。アロエちゃんにはとてもよくしていただいてます。あの、こちら季節のケーキです。お口に合うと良いのですが……」


「これはどうもご丁寧にありがとうございます。この包装はル・ジャルダン・デ・ビゴーですか。連日行列を作っている人気店の……これを購入するのにかなり並んだのではないですか?」


 ル・ジャルダ……何だって? トワに任せて正解だったな。俺にはこれを入手するための苦労とか分からなかった。というかなんでトワは包装を見て分かるんだ? 俺もスタバとかなら分かるけどさ。いやだからなんだって話だよな。気の利いた対応はトワに任せておこう。


「コーヒーを淹れてくるよ」


「じゃ、お皿を用意してこようかな〜」


「なら私は……やることがないな」


 ミーナ……立ったり座ったりしてないでカレンちゃんとお話ししてなさい。


「カレンちゃんはエッセンス商会の一人娘なんですよ」


 貴族とのコネクションが作れることを考えれば子供を学校に通わせるのは投資として悪くはないからな。むしろお金に余裕のある大きな商会なら当然の選択だ

。調味料や貴重なスパイスを販売しているエッセンス商会が大きくなってくれるのは俺としては大歓迎だ。


「ほう……ならば将来は家業を継ぐということか?」


「え、えっと……そ、そうです」


 ミーナの問いにカレンちゃんがおどおどしながら答える。いかんせんミーナは硬すぎる。別に冷たいというわけではないが、特別優しいというわけでもない。至ってニュートラル。でもまさか子供を相手に同業者を相手にするような態度で行くとは思わなかった。


「緊張しちゃうよね〜。ミーナはただでさえぶっきらぼうだし」


「むぅ……」


 たしかにミーナは愛想を振り撒くようなタイプではないからな。それで言うとフィーは普段の軽い口調をさらに柔らかくしている。目線の高さもちゃんとカレンちゃんに合わせていて威圧感を取り除いている。予想以上に子供の相手が上手い。


 うーん、ミーナもそこまでやれとは言わないけど、やっぱり硬いんだよな。なんとかならないものか。俺が思案していると、トワがわたしに名案がありますとアイコンタクトを送ってきた。


「ミーナお姉様、少々失礼いたします」


「お、おい! ちょ、トワ、急に何を!?」


 一体何が始まるのかと思ったらトワがミーナの脇をくすぐりはじめた。これはどういうことだ……?


「いえ、笑えば表情が柔らかくなるかと」


「あははははは! 分かった! 分かったからやめてくれぇ!」


 術もなく涙を流しながら笑い悶えるミーナをカレンちゃんはポカンと口を開けながら見ていた。


「ね、別に怖い人じゃないでしょ?」


 すかさずアロエがカレンちゃんに問いかける。良い連携だ。散々くすぐられたミーナはぜぇぜぇと息を切らしていたが、それで怖い人のイメージを崩せたのなら安い代償だろう。やられた本人は納得できないだろうが。


「トワ! ぶっきらぼうで仏頂面なのはお前も一緒だろ!」


 お返しとばかりにミーナがトワに指摘する。つまりはトワも同じ目に遭うべきだという主張らしい。たしかにトワもフィーのように愛想があるタイプではないし、面白いことがあっても感情を前に押し出して大笑いするようなタイプでもない。


「ミーナお姉様。わたしは出来ないのではなくしていないだけですよ」


 そう言うと、トワの纏っていた空気がどことなく和らいだ。本人は軽く微笑を浮かべているだけなのだが、それが気品に溢れているというか胡散臭さがないというか……たったそれだけで好意的な印象を受ける。


「表情、声音、目線、姿勢、空気。これらをコントロール出来れば相手に与える印象もコントロールが可能です。海千山千の貴族を相手にするなら、こういった腹芸は身につけておいた方がいいですよ」


 流石は元王女様。気品って作れるもんなんだ。ここまでくると腹芸というより技術というか、一種の人心掌握術じゃないか? 


「す、凄い……こんなにオーラのある人、今まで会ったことないです……」


 俺にはオーラとかさっぱり分からん。一端の商人になるには商品だけでなく人の目利きも大切ということか。


「コーヒーだ。甘さは各自で調節してくれ」


「あ、この匂い……。うちの商会で販売しているあれですか?」


 日本にいた時はいつでも飲めたけど、こっちだとずっと南西にある地方の特産品らしいからな。街中で見かけたこともないし、コーヒーの存在は勉強しないと知らないはずだ。もしかすると跡継ぎとして商会で取り扱ったものは勉強しているのかもしれない。


 俺がみんなにコーヒーを配っているとアロエがどこかそわそわとしていた。


「ごめんなさい。お兄様に給仕の真似事なんてさせてしまって……」


「いいよいいよ。アロエが離れたらカレンちゃんが可哀想でしょ」


 もしそうなったら知らない人に囲まれるカレンちゃんに同情しちゃうわ。こういうのは全く無関係の人とかよりも薄っすら繋がりがある方が下手なこと出来なくて気まずいんだよな。


「ね、早くカレンちゃんの持ってきてくれたお菓子食べよ!」


「そうだな。フィー、切り分けてくれ」


 有名店のケーキらしいからな。俺もそういう情報とか仕入れたほうがいいのか? 休みの日とかに買って帰ったらみんなからの評価も爆上がりするかもしれない。むしろ今までそういうことをしてこなかったのが家族サービスの精神に欠けていると言われても仕方がない。ちょっとこれは反省だな。


「カレンちゃんはお砂糖どうしますか?」


「ミルクもあるぞ」


「ミルクですか……いただきます……」


 ミーナが率先してカレンちゃんのコーヒーにミルクを勧める。ミーナはカフェオレにしてあげると喜ぶからな。


「あ、美味しい。こんな飲み方があったんですね……」


「美味しいですよね〜。お兄様が考案したんですよ」


 いや別に俺が考案したわけじゃないんだけどね。そんな誇らしそうにされると騙しているみたいで罪悪感が。け、ケーキ美味しいなぁ……。


「うわ何このケーキすごい美味しい!」


「あぁ……クリームが全くくどくないな。こんなにクリームを使っていたらもっと胸焼けするのを覚悟していたんだが……」


 そうなのか? 確かに美味しいけどそんな感動するほど美味しいのか? むしろ季節のフルーツをふんだんに使っているところに感動したんだけど。


「このケーキ、バタークリームを使っていますね」


 ん? すまん。ケーキには生クリームを使うのが普通じゃないのか? バタークリームっていうと昔のケーキに使われていて、それこそ胸焼けがするとかクセがあるって聞いたことがあるんだけど。


「おっしゃる通りです。主にケーキ屋では安価で日持ちしやすい油脂を利用したものをバタークリームと称していますが、このお店は牛乳とバターを利用した本物のバタークリームが売りなんです」


 なるほど……よく分からないけど良いものを使ってるってことだろうな。うん、なんかそう言われるとバターの味も感じる気がする。


「す、すみません! そんなこと分かっていますよね。私商品のことになるとつい喋りすぎちゃって!」


「ううん。カレンちゃんの本当に好きなんだって思いが伝わってきて良かったよ。私はもっと聞きたいな」


 フィー、お前さてはイケメンか? どうしちゃったの? 子供の扱い上手いとは思ってたけどそんなことまで言えちゃうの!?


「そうだな。私たちみたいな武骨者は説明が無いと何がなんやら分からないから助かるよ。なぁ、フィー」


 おぉ……ついにミーナまで。分からないことを素直に分からないと言えておまけにフォローまで完璧なミーナさんがイケメン過ぎる。


「え〜、ミーナと一緒のくくりにされるのは心外なんだけど〜」


「なんだとぉ!?」


 なのに何故お前たちは2人揃うとポンコツになってしまうのか! これが分からない!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ