抗争の当事者になろうとしている落ちこぼれ
カクヨム、アルファポリスで同時掲載
大幅に書き直しました。展開や登場人物に色々変更があります。読んだことある方もぜひ読み直して下さい。
※ Xにイメージイラストがあります
「あんたはあんたで、カリニャの潜伏先を探るためにここに来たのか」
「ああ」
蛇の道は蛇。
自身で築いたツテで辿り着いた。
「ここに戸籍屋がいるのか?」
「いや、元締めはキョウラ団のサアズだ」
「キョウラ団…。じゃあ、リンポの旦那は?」
「シモト団の団長だ」
「残念だったな。奴は俺の縄張りの外の人間だ」
コジリの助言に従い向かったが、潜伏場所ではなかった。
庁舎長とはいえ、街の全てを把握しているわけではない。
そもそもカリニャの目的を見誤っていた。
「…なら、お前からの仲介は無理か」
「そうなる」
カチルは小さく息を吐いた。
無論、すんなり会わせてもらえるとは思っていない。
だが当てが外れたとなると、別の手段を考える必要がある。
「まあまあ、カチルの旦那。そう悲観しなさんな」
ケイシは含みを持った口調で言う。
「実はな、旦那は前からサアズに相当な嫌悪感を持っているらしい」
「何…?」
「姐さんの言う通りだ」
リンポが一歩前に出る。
「…つまり、どういう事だ?」
「サアズ、ひいてはキョウラ団のシノギは外道が過ぎる。俺も人のことは言えねえが、あんな奴を野放しにし続けるのは気が引ける」
「じゃあ…」
リンポは口の端を吊り上げた。
「とっちめられるのなら、協力してやるよ」
この街は幾つもの派閥が点在している。
連中は日々いがみ合っているが、その大半は小競り合いで終わる。
だが、頭領が動けば話は別だ。
一つの判断が全面戦争に発展し、街の勢力図すら塗り替えられない。
そしてそれは、他の派閥をも巻き込む火種になる。
大ごとになりかねない状況。
それでもリンポは、サアズ潰す気でいた。
「で、どうやってサアズと直接やり合う?」
「借金のカタで流れた戸籍なんかは売りっぱなしだ。しかし、背乗り用の戸籍となると別だ」
リンポは意味ありげに笑う。
「確か、高値で取引されているのだな」
「ああ。だからこれにはサアズ自身が出張る」
「大将自らとは、ずいぶんと手厚いな」
「過去を捨て別人として生きようとしている人間に売る。もし下手を打ってしまえば…」
「全てが台無しだな」
リンポの声が少しだけ低くなる。
「だから徹底的に痕跡を消す。関わる人間は厳選するし、顧客をゆするなんて真似も絶対にしない」
「なるほどね。この手の商売は一度でもシクったら終わりだからな」
「そういうことだ。つまり…」
リンポは口角を上げた。
「サアズを見張れば、いずれカリニャと接触する」
ようやく、姿をくらませたカリニャへの筋道が見えた。
場の空気がわずかに熱を帯びる。
だがその中で、アヤンだけは複雑な表情を浮かべていた。
「あの…ユリィさん」
「どうしたの?」
「話に出てきた人たちって、すごく頭がいいですよね。どうして、ちゃんとした仕事で活かそうとしないのですか?」
純粋な視線で問いかける。
人の本質を突くような問い。
ユリィは、言葉に詰まり悩む。
「えっと…、そっちの方が儲かるから…かな?」
「はあ…、そういう残念な考えの人が多いのですね」
微妙な空気が流れる。
だが、カチルたちは構わず話を進める。
「それにしてもお前、この女とは会ったばかりだろ?よく手を貸す気になったな」
「それはだな…」
リンポが言い淀んだ、そのとき。
「……」
背後から、刺すような気配。
「この姐さんに睨まれたらよ…さすがの俺でも逆らえねえのよ」
乾いた笑いと共に肩をすくめる。
リンポはケイシからの視線を本能的に感じ取っていた。
「ねえアヤン。誘拐されたとき、どんな感じだった?」
「はい…。最初は頼れそうな人だと思ったんですけど…」
アヤンは少し視線を泳がせる。
「監禁されたときに向けられた目が、あまりにも怖くて…その場に座りこんでしまいました」
「そうなんだ…」
鈍感なのか、ユリィはさほど思っていない。
「昔からああなの?」
話を振られて、コーフは一瞬戸惑う。
やがて、そっとユリィの耳元に口を寄せた。
「ええっと…。子供の頃、ケンカ自慢の男の子を一睨みで引き下がらせていましたね」
「なるほど」
ユリィの子供時代にも似た話がある。
男子たちに暴力女と呼ばれている女子がいた。
恐れられてはいたが、実際ケンカをしている所は見ていない。
「そのせいで、みんなに怖がられていましたけど」
「ビビ!なんか余計な話していない!?」
ケイシの声が飛ぶ。
「ひぃ!」
小声のつもりだったが、しっかり聞こえていた。
(もしかして、それでいつもビクビクしていたのか?)
コーフは慌ててユリィの背後に隠れ、道着を掴む手を震わせる。
(あのあだ名。それってこいつが原因なんじゃないのか…)
ふと、そんな考えがよぎる。
家の近所。
そこから始まる他人との交流。
気が合う合わないに関係なく、その輪に居続けることを強いられる。
そうやって、人は幼いうちから“気を遣う”ことを覚えていくのだ。
「方法がある事は分かった。だが、奴が動いてからじゃ遅くないか?」
「おいおい」
リンポは呆れたように鼻で笑った。
「俺が、脅威になる相手を遠くから眺めてるだけのバカに見えるのか?」
「つまり…」
カチルが目を細める。
「間者を潜り込ませている、ということか」
「そういうことだ。やられてから動くような連中が生き残れるほど、この街は甘くない」
「違いないな」
カチルは短く頷く。
「となると…向こうも同じ事をしているんじゃないか?」
「ああ。いるな、確実に」
リンポは即答した。
敵の懐に入り込み、情報を抜く。
それは国家間では当たり前の手段だが、この街でも例外ではない。
「誰が間者か…、目星は?」
「それが分からん」
これは一行にとっては大きな問題だ。
協力が得られても、それが脅威にもなる危険性がある。
「つまり、あんたの手下も下手に使えねえな」
「そうなる」
組織としては恥ずべき事態。
しかし言い訳はせず認めた。
「じゃあ俺たちが来たことも…」
「とっくに伝わっていそうだね」
残念そうな口調でユリィが挟む。
「いや、あんな派手に騒動を起こせば伝わるぞ」
辛辣な指摘。
全員の視線が一斉にユリィへと向いた。
「えっ…、俺のせい?」
思わず声を上げるユリィ。
皆がジト目でため息を吐く。
「…とにかく、だ」
カチルが仕切り直す。
「ここにいる人間であっても、迂闊に情報を出せられないってことだな」
「残念だが、その通りだ」
リンポはきっぱりと言い切る。
信用できるのは、ここにいる仲間だけ。
それ以外は、すべて疑うしかない。
サアズが仕切るキョウラ団の本拠地は、ここからわずか数区画先にある。
この一帯は、その日暮らしの日雇い労働者向けの簡易宿や飲食店が密集する区域だ。
このような場所では盗難や乱闘が絶えない。
当然、店側も黙ってはいない。
軍役上がりや、腕に覚えのある者を用心棒として雇うようになる。
その結果、用心棒を斡旋する商売が始まった。
だが、それが新たな火種となる。
雇われた者の多くは、もともと素行の悪い。
やがて用心棒通しの争いが頻発し、さらには宿の客に因縁をつけ、暴行や恐喝に及ぶようになった。
結果、治安は以前より悪化した。
サアズは、そんな用心棒の中の一人だった。
転機は、組織内で起きた大規模な乱闘だった。
収拾のつかなくなった現場を、サアズがたった一人で鎮めた。
その数ヶ月後。
仲間が別の組織の用心棒に、集団で叩きのめされる事件が起きた。
怒り狂う仲間を宥め、サアズは単身で雇用主のもとへ乗り込んだ。
そして謝罪と賠償を、交渉で引き出した。
その働きが評価され、サアズは雇用主の右腕へと取り立てられる。
以後、厄介事はすべて彼に回された。
気づけば依頼は他所からも舞い込み、サアズは組織の垣根を超えて信頼を集めるようになっていた。
やがて、サアズは一帯の用心棒たちを掌握するようになった。
当然、それを面白く思わない者もいた。
雇用主は酒に溺れ、サアズへの不満を吐き散らす日々を送る。
だがある日、何の前触れもなく姿を消した。
それを報告したのは、サアズを敬愛する用心棒だった。
「親方は、もう戻らねえでしょう」
それだけを告げた。
サアズは深く追及しなかった。
そして、誰も詮索しなかった。
そうして、自然とサアズが頂点に立った。
だが彼は、用心棒をまとめるだけで満足する男ではなかった。
この街には、訳ありの人間が山ほど集まっている。
そしてその中には、表では活かせられない“腕”を持つものも少なくない。
(そいつらの能力をうまく使おう)
この一帯は、警備兵すら寄りつかない無法地帯だ。
よっぽどなことがない限り、外から手が入る事はない。
その土壌が人材を呼び込んだ。
サアズは活用できる場を与えた。
戸籍屋も、その一つだ。
誘拐、人身売買、人専門の運び屋。
経歴を作り、手配する仲介人。
さらには、痕跡を消す始末屋までも揃っている。
それらすべてが組み合わさることで、完全ななりすましが成立する。
簡易宿の一角に、妙な部屋があった。
表からは他と変わらない。
だがその一室だけ、正面の入り口からは入れない構造になっている。
壁は暑く、部屋は広い。
下の階にも、隣にも客は入らない。
寝床とわずかな物置しかない他の部屋より何倍も広い。
とはいえ、一般的な客室と比べれば充分に手狭だ。
収益を考えれば、明らかに無駄な間取り。
実際、普段は使われることのない部屋だった。
だがここ数日、そこに人の出入りがある。
「おう、いいか」
「どうぞ」
短いやり取りの後、戸が開く。
三人の男が入ってきた。
中央の男の背こそ低いが、異様に横幅がある。
肩と腕の筋肉が盛り上がり、ただ立っているだけで圧を放っていた。
左右に控える二人は、さらに一回り大きい。
三人が揃えば、部屋の空気が一気に重くなる。
「待たせたな」
「いや…、そんなことは」
先にいた男は視線を逸らしながら答えた。
目の前の男、サアズは山賊の頭のような風貌をしている。
敵意はないはずなのに、まともに目を合わせてられない。
「本物のバハタカは、もう出てこねえ」
淡々と告げられた言葉。
だが、その意味を理解するのに時間はかからなかった。
「…本当に、問題はないんのだな?」
思わず確認してしまう。
一瞬の沈黙。
サアズはわずかに滲みよる。
「顔が分からない状態で、手足と頭がバラバラにされて、それぞれが別の場所に埋められていたら、どうなると思う?」
淡々と話すその口調。
そこに罪悪感は見当たらない。
男は息を呑んだ。
(聞くまでもなかったか)
同時に理解する。
奴らの仕事は完璧だ。
「ごっ…ご苦労だった。これで私は、その男として生きられるのだな。サアズの旦那」
「ああ」
サアズは短く頷く。
「明日、国境近くの街まで送る。新しい身分証、忘れんなよ」
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