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ぞわぞわさん  作者: 大河 亮
第四章
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2

 加奈の時以来だ。生嶋の通夜に来た島崎はそう思った。家族葬だった加奈の通夜とは違い弔問客はそれなりに多い。芳名録に記帳するための列に並びながら周りを観察していた。列の少し前には本田の姿も見える。内心帰りたかった。これだけの人たちに愛された生嶋をみすみす死なせてしまったのだ。今日来ている人たちの中には当然生嶋の両親もいることだろう。子供に先立たれる親の辛さは誰よりも知っている。どんな顔で会えばいいと言うのだろうか。酒を飲んでいなければもしかしたら生嶋も自らの身を守れたかもしれない。自分が飲ませたばかりにこうなってしまったのかもしれない。そんなことを考えながらもここ数日島崎は酒を飲んで寝ることしかしていなかった。家にある酒をかたっぱしから飲んで、酒がなくなれば買いにいってまた飲む。そして意識を失うように眠りにつく。それだけ酒を飲んで記憶がなくなればこんなに辛い気持ちにならない。いっそ死ねばこんな思いしなくていい。加奈が死んだ時は江美子がいたのであまり酒は飲めなかったが、当時も同じことを考えていた。飲ましてくれない江美子を残酷だと思ったこともあったが、結局毎日飲んだところで記憶が失われることはなかった。死んでしまうことはなかった。だが大事なのは一番残酷なのは自分自身ということだ。これだけ悲しい気持ちになっている理由は自分に負い目があるからだ。加奈の自殺を止められなかった自分。生嶋に酷いことを言ってしまった自分。それが無ければ5年前も今日も大切な人との別れを惜しむだけでよかったのに。そんな無意味な想像だけが島崎の頭の中を支配していた。


 記帳を終えた島崎は本田の元へ挨拶に行くと。「あぁ父さん。少しは休めてるか?」恐らく休めているとは思っていないだろうが形式的な質問を本田はした。「ぼちぼちです」島崎は疲れた顔で答える。「そうか。まぁ元気になったらまた捜査に参加してくれ。父さんの力も必要だ。それにしても本当に残念だよ」そう言って本田は生嶋の遺影を見た。少し若いような気がする。恐らく学生時代の写真を使っているのだろう。遺影の生嶋は笑っている。この時の生嶋はこんなに早く自分の通夜が行われるとは思っていなかっただろう。当然だが。あの笑顔を見ているとあの恨めしそうな目を思い出してしまう。よくもこの笑顔を奪ったなと言われているような気になる。島崎はまた生嶋から目を逸らす。すると目を逸らした先にいた女性と目が合った。驚くことに倉井歩美が喪服を着て立っていたのだ。倉井は会釈をしてから島崎に近付いてきた。「本日はご愁傷様です。知っている人に会えてよかったです」ずっと引きこもっていた人が久しぶりに外に出たのだから不安だったのだろう。倉井は少し安心した様子だ。「よく出てこれましたね」島崎はなんとも不躾な言い方をしたが倉井は気にせず。「生嶋さんが亡くなったと聞いていてもたってもいられなくて。意を決して飛び出してきました」確かに生嶋は間違いを犯した倉井を叱り、連絡先まで教えていたので恩を感じても不思議はないが、引きこもりが治る程のものなのかと島崎が不思議に思っていると。「あの日の後、私生嶋さんにお礼の連絡をしたんです。それからはよく私の辛かった時の話なんかを聞いてもらってて。だから今日は私...」倉井はそれ以上話せなかった。どうにも恩を感じていただけではなさそうだ。そんなつもりは生嶋にはなかっただろうが、そんなことを言う必要はない。彼女にとっても生嶋は大切な人だった。それでいい。


 通夜が始まりお経しか聞こえなくなると島崎はまた生嶋のことを考えていた。アキラにデートを申し込んでいた生嶋。あいつは幸せな気持ちで帰っていたのだろうか。ラーメン屋を出たときのあの嬉しそうな照れ笑い。幸せな気持ちのまま殺されたのなら少しはマシだろうか。いやあいつは膝を殴られてから頭を殴られている。更には名刺を取り出してもいた。幸せな気持ちのまま死んでなどいないだろう。都合よく解釈して楽になろうとしても駄目だ。あいつは殺されたのだから幸せに死ぬなんてことがあるわけがない。島崎はまた自己嫌悪に陥っていた。すると突然。「父さん」隣に座っていた本田に小さい声で呼ばれる。どうやら焼香の順番が回ってきたようだ。親族は名前を呼ばれるがその他の弔問客は前に座っている者から順番に焼香していく手順になっている。島崎は慌てて立ち上がり早歩きで焼香台の前まで進み、生嶋の両親の方を向いた。今日初めてしっかりと顔を見た。二人とも泣いている。その顔を見た島崎はほんの一瞬だが動くことができなかった。何も考えられなかった。なんとか両親に一礼して焼香をする島崎。少し長く目を瞑り手を合わせていた。


 通夜が終わり島崎はそそくさと帰ろうとしていた。だがそうはいかなかった。「島崎さんですよね」声のした方を振り返ると、生嶋の両親が立っていた。島崎は両親の方へしっかりと向き直り頭を下げた。「息子から話は聞いております。とてもよくしていただいたそうで。本当にありがとうございました」父親がそう言うと二人して深々と頭を下げた。やめてくれ。お礼を言われる資格はない。「息子はよく島崎さんはすごいと申しておりました。島崎さんの下で色々教わって一人前の刑事になるんだって」次は母親がそんなことを言った。生嶋が酔っ払ったときに言っていたことだ。だが今となってはもう無意味だ。「あいつ高校生の時財布を落としたことがありまして、その時交番のお巡りさんがすごくよくしてくれたそうで、それ以来自分もあんな警察官になりたいと、困っている人に寄り添える警察官になりたいと。だから本当に警察官になった時は誇らしかった」「そうでしたか」もうやめてくれそんな話聞きたくない。両親が泣きながらする話なんか聞きたくない。「明日の葬儀もよろしければ来てくださいね」母親の言葉に島崎は首を横に振れなかった。よろしければというのは辛い言葉だ。島崎はもう少しだけ話した後、生嶋の両親と別れた。終始顔を見て話さないといけないのも辛かった。


 今日はまっすぐ家に帰ろう。そう思って島崎が帰り道を歩いていると。「あ、島崎さん。今帰りですか」ゴミ出しをしていたアキラに声を掛けられた。知らぬ間にいつものラーメン屋の前まで帰ってきていたようだ。アキラはいつもの快活な雰囲気ではなく、少し落ち着いている。恐らく生嶋が死んだことを知っていて、喪服姿の島崎を見て通夜の帰りだと察したのだろう。しばらく話をしていた二人だったが、長々と話し込む間柄でもない。「でも本当に残念です。生嶋くんが亡くなるなんて。寂しくなるなぁ」その言葉を聞いた島崎はプツンとなにか切れるような音を感じた。「なぁ一つ聞きたいんだが、アキラちゃんは本当に新とデートする気はあったのか。事件が解決したら、あるいはデートの前日にでも、ごめん酔っ払って言った冗談だと思ってたで済ます気じゃなかったのかい?」気付いたらそう聞いていた。アキラは少し困ったような笑顔を見せながら。「え?」と聞き返す。その反応が答えだ。人気のあるアキラのことだから、客にデートや交際を申し込まれることもあるのだろう。生嶋もその一人でしかない。無理なお願いを聞く必要はないと思う。だが生嶋にとっては本気だった。大事なことだったはずだ。あいつは酔っ払っていたとしてもそんな冗談は言わない。本気の言葉を冗談で済まされる気持ち。どうなのだろう。少なくとも自分がとやかく言うことでは決してなかった。「すまんアキラちゃん。おっさんの戯言だよ。じゃあまたな」島崎はアキラの顔をできるだけ見ないように早足で帰っていった。だがどうしても嫌な気持ちは拭えない。途中でコンビニに寄りウィスキーを買うとラッパ飲みし始めた。家に帰れるだろうか。別に帰れなくてもいい。そう思いながらまた一口ウィスキーを飲んだ。

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