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ぞわぞわさん  作者: 大河 亮
第三章
25/37

10

 時刻は19時半。島崎は本庁の相棒と共に警察署に戻ってきていた。全く新しい発見は無かったが、いつも通り松井に報告しに行かなければならない。松井への報告を済ませ島崎が帰ろうとすると、生嶋が自分の机に座っているのが目に入った。そういえば最後にしっかりと話をしたのは廃ビルで子供たちを探したときだ。島崎が近付くと生嶋も気付いて。「お疲れ様ですぅ」と言いながら小さく会釈する。机の上にはノートパソコンが置いてあり、何か調べものをしていたようだ。「なんだ残業か」「もう帰りますよぉ」そう言った生嶋は疲れた顔をしていた。若い生嶋でも歩き回っての捜査が続き流石に疲れたようだ。島崎がふとノートパソコンの画面を見てみると、幽霊とはどんなもの?、幽霊を見つけるには、幽霊が苦手な物、幽霊が出やすい場所、幽霊を成仏させるには等の幽霊に関することばかりが映し出されていた。「お前何調べてんだ」島崎は声を荒らげてはいない。だがそうとわかる言い方だった。「別に幽霊のことを調べてただけですよ」「なんでだ」「なんでって島崎さんならわかってるんでしょう。犯罪者の心理をあれだけ見極められるんだから」それを聞いた島崎は机を強く叩いて。「なんでだ!」島崎が声を荒らげたので周りは騒然とした。だが島崎も生嶋もそんなことは気にしていなかった。「警察が大人数で毎日歩き回って捜査してるのに、全然犯人像が浮かんでこないなんておかしいじゃないですか。今行動しないとまた死人が出ますよ」「なにが今行動しないとだ。お前がやってるのはただの現実逃避だ。そんなもんなにもしてないのと変わらないんだよ。それなら靴に穴が開くぐらい聞き込みして回った方がよっぽど有意義だろ」「もう十分歩き回りましたよ!でもこんな殺しは幽霊にしか出来ませんよ!」とうとう生嶋は立ち上がって声を荒らげた。周りの刑事たちは呆気にとられていた。島崎が声を荒らげていることに驚いている者もいれば、内心生嶋の考えに共感する者もいただろう。しかし島崎には許せなかった。この一年ずっとコンビとしてやってきた。全てではないが自分が教えられるものは教えてきたつもりだ。なのになんでこんな腑抜けになってしまったのか。「お前、刑事向いてねぇよ」島崎の辛辣な一言に対して生嶋は何も反論しなかった。ただ少し悲しそうな表情で島崎を見つめていた。


 本当はそんなこと思っていない。警察署の入口で後悔しながら島崎は立ち尽くしていた。あの後何も言わずにここまで降りてきてしまった。怒りに任せて言ってはいけないことを言ってしまった。いや、違う。生嶋に対する怒りは半分だけだ。普段の島崎なら幽霊のことを調べていた生嶋を叱ることはあっても、あんなことは言わないだろう。問題はそれより前。加奈がぞわぞわさんだと言われた時だ。その時から島崎は怒りのような悲しみのようなもやもやした気持ちだった。そのタイミングで生嶋が幽霊のことを調べていたので、加奈のことを言われたような気になりつい沸点に達してしまった。要するに八つ当たりであんなことを言ってしまったことになる。自分の機嫌が悪かったから酷いことを言うなんてのは最低な行為だ。この前江美子にもそんなことをしてしまった。最低だ。島崎がしばらく呆然と立ち尽くしていると、生嶋が降りてきた。「よぉ新。今帰りか?」不気味な愛想笑いを浮かべながら島崎が生嶋に話し掛ける。「お疲れ様ですぅ。今から帰りますよぉ」言い方はいつも通りだったが、生嶋も少し曇った顔で答えた。「飲みに付き合えよ」「あ、はい」気まずい雰囲気だったがなんとか誘うことができた。


 いつものラーメン屋に入った二人だったが、会話はあまり弾まなかった。元々雑談をしあう関係ではないので尚更だ。このままでは埒が明かないと思った島崎は。「お前は最近どんなこと捜査してるんだ」二人が確実にディスカッション出来そうな話題を振る。「最近は目撃者の子たち三人の周りを調べてます」そう言って生嶋は自分の鞄から何枚かの資料を出した。資料には小林琳人、入江大地、斉藤光貴の三人の個人情報と家族や友人関係等が書いてある。クラスは違うが三人とも同じ小学校に通っているようだ。一つの街の中という狭い範囲で起こった殺人なので、不思議なことではない。「調べてみると三人ともお金持ちの家みたいですよぉ」島崎が三人の両親の職業を見てみると。小林琳人の父親は義父が会長を勤める工業グループの一社で部長をしており、母親は専業主婦。あの家は琳人の祖父が購入したということだろう。入江大地の父親は名刺を貰ったので知っていたが、母親も有名病院に勤める医者だった。斉藤光貴の父親は日本料理店を営んでおり、母親はその店の仕入れを担当している。「斉藤光貴くんのお父さんのお店すごい繁盛してるみたいですよぉ。海外でも評価されててちょっと有名みたいです」外国人にも評価される程人気の日本料理なら食べてみたいものだ。財布と相談といったところか。島崎は鼻から深い息を吐く。「松井警視はお金持ちはなにかと恨まれたりするからよく調べろって言ってます。島崎さんはどう思います?」「違うだろ。殺されたのは金持ちじゃない連中ばかりだ。俺が犯人なら金持ちの家の子供に殺人を目撃させるんじゃなくて、直接親か子供を殺す」生嶋は少し嫌な顔をしたが納得はしたようで、資料を鞄に戻した。


 その後も世間話をしたり、事件の話をしたり、また黙ったりしながらも酒は進んでいき、気付けばもうすぐ22時。少し飲み過ぎてしまった。生嶋とこうしてゆっくり話したのが久しぶりだったのが原因だろう。たまには悪くない。毎日は御免だが。だが結局大事な一言が言えていない。言わないといけないそう思いながらもなかなか決心がつかないでいた。「そろそろ帰りますかぁ」少し機嫌のいい生嶋がそう言って立ち上がった。島崎は少し迷いながらも立ち上がり会計を済ませた。


 会計を済ませた島崎は店を出たが、生嶋がなかなか出てこない。店の中でアキラとなにやら話をしている。少しの間待っていると少し照れながらも嬉しそうに生嶋が出てきた。「なに笑ってんだ」「いやぁちょっとアキラさんにデートを申し込んできたんですよ」「いつだよ」「今の事件が解決したらですぅ」いつだよ。島崎はそう思ったが嬉しそうな生嶋のために黙っておくことにした。第一アキラは本当にデートしてくれるのだろうか。しかしいくら酔っ払っているとは言っても、警察署で島崎が言ったことはあまり気にしていないのだろうか。それならその方がいい。また明日から別々に捜査をして、知らぬ間に時間が経ち忘れていく。またコンビに戻ったらいつも通りの二人だ。それならばわざわざ謝って気まずい雰囲気にするようなことはしなくていい。これでいいんだ。島崎はそう思った。「じゃあな新。明日は二日酔いで仕事に来るんじゃねぇぞ」島崎の冗談に生嶋は笑いを含んだ睨み顔で。「もぉ、あの時はすみませんでしたぁ」そう言ってしばらく笑いあった後。「ではお疲れ様です。ありがとうございました」そう言って生嶋は少し深めに頭を下げた。島崎は軽く右手を上げて挨拶するとそのまま家に歩いていった。少し歩いた所で後ろ髪を引かれるような気持ちになり振り返ってみると、生嶋もゆっくりと自分の家の方に歩いている。「また明日な」そう小さく呟いて島崎はまた歩いていった。

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