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毎日の捜査も虚しく進展は全くなくなってしまった。県外、国外への逃亡も考慮し捜査したが、該当する人物の特定には至っていない。そもそもしっかりとした犯人像が浮かんでいない状態での特定は無謀と言えた。気付けば最初の被害者である豊田龍彦が殺害されてから一ヶ月半が経過していた。最初はやる気に満ち溢れていた松井の顔も今ではやさぐれてしまい、主に所轄の捜査官たちに対する態度がきつくなっている。本庁と所轄の捜査官が掴み合いの喧嘩を起こす等の小競り合いは後を絶たず、最悪の雰囲気の中毎日捜査している状態だ。このままでは事件解決どころか捜査官たちが事件の火種になりかねない。ネットでは警察は無能等の書き込みが多数あり、それもまた捜査官たちの焦燥感を増大させている。島崎は相変わらず蔵和田稔夫の捜査を命じられていた。家を訪ねての捜査は打ち切られたが、毎日稔夫のマンションの下に張り込み、19時に交代の刑事が来るまで見張り続けている。松井の頑固さに呆れながらもそうするしかない。ただ第三の被害者である武井久仁子が殺害されてからは、同一犯による殺人事件は起きていない。人を殺すのはもうやめたのか、刑事の多さに恐れをなしたか、刑事たちが毎日歩き回り世間が騒いでいる様を見て楽しんでいるか。理由はわからないが、島崎は嫌な予感がしてならなかった。
今日も稔夫を見張るために本庁の相棒とマンションの下に来ていた。最初の頃は大声でうるさかった相棒だが、最近めっきり元気がなくなり静かになってしまった。静かになったというよりも、挨拶以外で声を聞いたのはいつだったか思い出せない程、二人の間に会話はなかった。いつものようにのどかに流れていく時間。相棒はどうかわからないが島崎としては悪くない時間だった。他の刑事たちに対しての罪悪感は多少あったが。しかし今日はそうゆっくりもしていられなかった。稔夫が家から出てきたからだ。当然尾行する。そして当然のように近所のスーパーで買い物をする。わかっていたことだ。寧ろ違う場所に行かれる方が困る。スーパーの中では別々の場所で稔夫を見張った。一緒にいるところを稔夫に見られると相棒が刑事だとバレて、これからの張り込みに支障をきたすという松井の判断だ。島崎は元々そうするつもりだったので特に気にしていなかったが、相棒の方はその話を聞いたときかなり松井を賞賛していた。気付けばあれが最後に聞いた相棒の会話だった気がする。そんなことを考えながら稔夫を見張る島崎。見つからないようにしながら買い物しているフリをしなければならない。今のところ稔夫にも店員にも声を掛けられたことがないので上手くいっているのだろう。
何事も起こらず稔夫はレジに並んでいる。会計が終われば恐らくまっすぐ家に帰るか花屋に寄って帰るかだろう。やはり怪しいところはない。またこうして無駄な一日を過ごすのだろう。島崎は小さく溜息をつく。その時ふと一人の女性と目が合った。見覚えのある女性。あちらも島崎のことに気付いたようだが、途端に慌てだし持っていた買い物かごをその場に置いてスーパーから走って出ていった。何故逃げる。今更逃げる理由はないだろう。そう思った島崎は女性を追いかけた。必死だった。五十代になってからは特に体力の衰えを感じていた。それでも絶対に逃がさないという強い思いで走った。相手も必死だったが相当焦っていたらしく行き止まりの道に入ってしまった。島崎は息を整えながら歩いて女性に近付くと。「心配するな酷いことはしない。刑事として挙動不審だった女性に職務質問するだけだ」と言って警察手帳を見せた。「今更何なんですか!私は何も知りませんよ!」強気な言い方だったが少し声が上ずっていた。彼女の名前は安西燈子。高校時代に島崎加奈とクラスが同じだった。「今更って言うならなんで逃げた。なんか疚しいことがあるんだろう」「何を言ってるんですか!」安西は異常な大声を上げた。明らかに動揺している。鎌をかけただけだったが、この様子ならもう少し脅かせば素直に話すかもしれない。「そうか。飽くまでも白を切るつもりなら、署までご同行願えますか」いかにもというセリフだったが、安西は完全に怯えてしまい何も言い返してこない。もう脅す必要はない。刑事に凄まれたら大抵の人間はこうなるとは思っていたが違和感もあった。これまでは強情な奴だったのに今日は比較的素直だ。「なぁ、ここで少し話してくれるだけでいいんだ。そうすればもう追いかけ回されたり、問い詰められたりしないんだから」甘い言葉で安西が話すのを促す。安西は涙目になりながらもまだ迷っていた。だが少しすると。「私、殺される」何を言っているんだこいつは。「殺されるって一体誰に」「加奈に殺される」島崎は鳥肌が立った。同時に怒りが込み上げてきた。加奈に殺される?お前らが加奈を殺したんだろう。「何を言ってるんだお前は。加奈はもう死んでる。お前らにいじめられて死に追いやられたんだ」「違う!私は」「いや、違わない。俺は誰が加奈に酷いことをしたのか知ってる。お前はその主犯格だ。お前はそれをこれまで頑なに認めなかった。なのになんで今更加奈に殺されるなんて思うんだ」島崎の殺気立った顔に安西は気圧されている。だがそれだけじゃない。「加奈は戻ってきたの。加奈は本当に幽霊になって戻ってきたの」さっきから訳のわからないことばかりだ。多少なりとも罪悪感を感じていたから幻覚でも見たのか。「加奈はもう戻ってこない。お前たちが」「加奈はもう三人殺してる!本当にぞわぞわさんになっちゃったんだよ!」それを聞いた島崎は安西を睨みながら近付くと強く腕を掴んで。「どういうことだ!ぞわぞわさんは蔵和田想和子じゃないのか!」「蔵和田?知りませんよ。私たちが高校生だったときはぞわぞわさんっていうのが流行ってて、だからみんな面白がって呼んでたんです」島崎に掴まれながらすごい剣幕で問い詰められた安西の顔は痛みと恐怖で引きつっていた。少しの間島崎は安西を離さなかったが、突然電源が切れたかのようにストンと手が離れた。そして何も言わずに安西に背を向けるとそのまま歩き出した。「待って。助けてください」そう言って今度は安西が島崎の腕を掴んだ。安西の顔は恐怖でぐしゃぐしゃになっている。島崎は安西の手を振りほどいて、何事もなかったかのように歩いていった。
気付けば蔵和田稔夫のマンションの下に来ていた。島崎に気付いた相棒が島崎の元に駆け寄ってきて。「何やってたんですか!」久しぶりの大声だった。「すみません。挙動不審な女性がいたので職務質問をしていました。特に問題はありません」他人事なら正に言葉通り。嘘は言っていないつもりだ。他人事ならば。それからも相棒は島崎に対して文句を言っていたようだが、島崎には全く届いていなかった。加奈がぞわぞわさん。そんなことはありえない。幽霊など存在しないのだから。頭ではわかっている。だが幽霊なんていないというのは他人事だから言えることだ。大切な人が死ねば幽霊でもいいからいて欲しいと思うのはおかしなことではない。それなのに三人も人を殺していると言われどうして喜べるというのだろうか。ここまで捜査してきた事件の犯人が娘だと言われることがどれだけ辛いことか。そんなことはありえない。結局島崎は交代の捜査官が来るまでずっと考えていた。




