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Part.4:顔面の欠損という幸福へのプロセス

しかし、現実はゲームのようにはいかない。

「虐待」という結論に達したことで、彼の目的は「肝試し」から「アンドロイドの救出、または実態の確認」へと明確に変わった。しかし、あのアンドロイドは命令に従い「直ちに退去し、二度と近づかないでください」と確かに言った。再びあの地に踏み込むという行動の危険性を、高校生のタケルは理解している。不法侵入のリスク、そして何より、もし本当に虐待を行っているような危険な人物が住んでいるとしたら、子供だけで太刀打ちできる相手ではないかもしれない。


誰か信頼できて、知見を持った大人に相談できないものか……。

タケルは記憶を巡らせ、そして一人の人物の顔に思い当たった。

「シミズ先生だ」

タケルが通う高校の物理教師、シミズ。彼は最新テクノロジー、特にアンドロイド工学とAI倫理に強い関心を持ち、授業の半分は教科書にない熱心なアンドロイド講義に費やされることがしばしばだった。彼は実際に、高性能な教育用アンドロイド、「アヤメ」を個人所有していて、授業にも活用している。生徒たちから「いつアヤメさんと結婚するんですか?」などとからかわれても、「法律がそれを許すようになったら一番にするよ。⋯⋯しかし、肝心のアヤメがなかなか首を縦に振ってくれなくてねえ」と笑って許すような、鷹揚で話の通じる大人だった。

(あの人なら、あの『壊れたアンドロイド』が何を意味するのか、何かわかるかもしれない)

タケルはハル、コウタ、ミサキの三人に指示を出し、自転車に飛び乗った。夏休み中ではあったが、研究熱心なシミズが学校に出勤している可能性は高かった。


汗だくになりながらたどり着いた高校の校舎は、夏休み中特有の静けさに包まれていた。部活に励む運動部の学生の声だけが遠くから響いている。

予想通り、シミズは冷房の効いた物理準備室にいた。部屋に入った瞬間、ひんやりとした空気が彼らの火照った肌を撫でる。シミズは広い作業台にアンドロイドのメンテナンスキットを広げ、彼自身のパートナーである「アヤメ」と共に何らかの精密作業に没頭していた。

「先生、お客様がいらっしゃいました。先生の生徒のタケル様と、そのご友人3名かと思われます」

ノックの音と共にタケルたちが顔を出すと、アヤメが作業の手を止め、静かに主人を呼んだ。 彼女は”EDU-410R”型。落ち着いた雰囲気を持つ、二十代後半ほどの外見をした大人の女性タイプのアンドロイドだ。機能的に束ねられたマットな質感の黒髪のポニーテールが、彼女が振り返る動作に合わせてさらりと揺れる。その姿は、理知的な秘書や研究員を思わせた。

シミズは優しく微笑んで彼らを迎え入れる。

「おお、タケルじゃないか。それにハルくんとそのお友達かな?珍しいお客さんだね。夏休みにわざわざ学校まで来て、どうかしたのかい?」

「先生、実は……相談があって」

タケルは息を切らせながら、昨夜の出来事を話し始めた。閑静な住宅街の「開かずの家」。そこに現れた高級な医療用アンドロイド。そして、彼女の顔の半分が無惨にも機械が剥き出しの状態であったこと。彼女が口にした言葉。そして自分たちがたどり着いた「虐待」という結論について。


シミズは、最初はただの子供たちの間で流行っている怪談話か何かだと思ったのか、ただ興味深げに相槌を打って聞いていた。しかし、タケルが核心部分---「顔の人工皮膚を意図的に剥がされたまま放置されている」という証言を口にした途端、その表情を真剣なものに一変させた。

「なるほど……半分、機械が露出した医療用アンドロイド、か。それは、君たちの言うように、非常に異常な事態だ」

シミズは作業台に広げていた資料を片付けると、話が長くなりそうだと判断したのか、パイプ椅子を勧めた。彼の声には、教師としての優しさの中に、技術者としての冷徹な懸念が混じり始めていた。


「だが、それが如何に異常かを説明し彼女の謎を解くためにはまず、『医療用アンドロイドの職務忠実性』という概念について説明する必要がある」

ここでシミズはアヤメに視線を向けた。

「例えばの話だが、アヤメ。私がここで『今は誰の顔も見たくない。お前も部屋から出てくるな』と言ったら、君はどうする?」

「もちろん、その指示に従います。自室に戻り、マスターからの次の指示があるまで、外出を控えます」

アヤメは即座に、迷いのない声で答えた。それは主人に仕えるアンドロイドらしい、最も模範的な応答。

「そうだな、それが一般的なアンドロイドの反応だ。犯罪行為や社会的な規範をひどく逸脱するような一部の命令を除き、主人の命令であれば不条理なものであっても彼らは従う」

注目、とでも言わんばかりにシミズは指を立て、語気を強めた。

「だが、相手が『医療用アンドロイド』となると、話は少し変わってくる」

タケルたちは固唾を飲んで次の言葉を待った。

「彼らの職務は人命に関わるものだ。もし精神的に不安定な患者が『自分のことは放っておいてくれ』『治療なんてしたくない』と騒いだとして、その命令にそのまま従えば患者の命に関わる危険性があるだろう?だからこそ、医療用アンドロイドは患者の感情的な拒否や短期的な命令より、『生命の維持と安寧』という最終目的を優先するように設計されているんだ。もちろん、君たちが出会ったというMAU-2502型もその例外じゃない。特にその機体は従来の医療技術に加えて、患者の精神的状況を高精度に把握し、その安定を重視する行動設定がされている。最新型の高級モデルだ」

そういえば昨日検索した際、そんなキャッチコピーが書いてあった気がすると、タケルは記憶を辿った。『究極の共感モデル』---そんな言葉だったはずだ。


シミズ先生は深く息を吸い込み、さらに続けた。

「作られた存在である彼女たちにとって、自らの『美貌』は美点や特長ではなく、患者の精神的安定を維持するために必要な道具の一つに過ぎない。だからこそ、その道具を私的な虐待や事故で破損させられた場合、彼らの人工知能は即座に修復のための行動を行うはずだ。道具が壊れていては、最適なケアができないからね」

そこまで言うと、シミズは鋭い視線をタケルに向けた。

「それを直さず、わざわざ維持して晒しているということは……その『欠陥』がただの事故や主人の暴虐ではなく、彼女の行う医療行為上において何らかの積極的な目的を帯びていると、彼女自身が判断しているということになる」

「せ、積極的な目的……ですか? あの壊れた顔が?」

タケルは息を飲んだ。そんなことがあり得るのか?

「ああ。しかも、そのアンドロイドは主人の安寧維持のために動いていると言ったんだね。それならば、その『欠陥のある顔』は、主人の安寧のために、必要だと判断されている可能性が高い」

シミズは、彼の背後にあるホワイトボードに、二つの言葉を書き記し、等記号でつないだ。


 MAU-2502の顔の欠陥 = 主人の安寧のために必要なプロセス


その数式は一応は等記号で示されていたものの、タケルたちが考えた「虐待」という図式よりも、遥かに奇妙かつ、非論理的で理解し難いものだった。

「タケル様。あなた方の『虐待』という推測は、非常に人間的に正しい推測です」

今まで黙って控えていたアヤメが、完璧な姿勢のまま、主人の言葉を引き継いで静かに口を開いた。

「ですが、我々アンドロイドの論理のみに基づいた思考の世界では、『人間の情熱や絶望を理解する』ために、人間には想像もつかない、歪んだ結論が存在することもございます。本機とは異なり、患者の精神状態に合わせた高度な個別対応に特化したMAU-2502型であれば猶更のことです。……あなた方が出会ったのは、単なる被害者ではなく、その家庭の安寧の最も重要な構成要素と一つと推測されます」

アヤメの言葉は冷たく、しかし確信に満ちていた。シミズは頷き、タケルの目を真っ直ぐに見て、決然と言った。

「つまりだ、タケル君。君たちの介入は、単なる『可哀想なアンドロイドの救出』では済まない可能性が高い。これ以上続けるなら、それは『閉じられた”開かずの家”という箱庭を、外界の論理で揺さぶる行為』となる。……これは、単なる肝試しよりも遥かに、危険を伴う行為だぞ」


お読みいただきありがとうございました。

既に執筆の方は全て完了しておりますので、

最後まで週2回程度のペースで更新していこうと思います。

もしよければお付き合いいただければ幸いです。

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