Part17:真夏の冒険
「……それで、カズキ兄ちゃん」
コウタが、ワクワクした顔で見上げながら問いかけた。
「外出するって決めたのはいいけど、どこに行きたいのー?」
至極真っ当な質問だ。
だが、その問いかけを受けたカズキの視線は、あからさまに宙を泳いだ。
どうやら彼は「外に出る」という決意を固めることに全リソースを割いてしまい、その先のプランを全く考えていなかったらしい。
「……あー、えーと………そこの角の、自販機とか……?」
ズコーッ、という効果音が聞こえてきそうなほど、子供たち四人は思わずその場で崩れ落ちそうになった。
傍らに立つイリスですら、無表情ながらも冷ややかなジト目で主人を見つめているのが分かる。
「そ、それじゃあさ! 一緒に来てほしいところがあるんだ!!」
このままでは玄関先で冒険が終わってしまうと危惧したハルが、慌てて助け舟を出した。
「俺らの秘密基地……じゃないけど、溜まり場! そこなら、きっと楽しいよ!」
こうして、人間5人とアンドロイド1機という奇妙な一行は、ハルの先導で目的地へと向かうことになった。
だが、外界への最初の一歩は、カズキにとって予想以上に過酷だった。人の視線以前に、物理的な環境が牙を剥いたのだ。
「……暑すぎる」
カズキが呻くように言った。
そう、一歩外に出れば、そこはコンクリートとアスファルトの照り返しが支配する灼熱の世界だ。気温は優に35度を超え、40度にも迫ろうとしている。
イリスが涼しい顔でさしかける日傘に守られているにも関わらず、長期間空調の効いた「箱庭」に引きこもっていた青年の体力は、瞬く間に削り取られていく。
「大丈夫ですか、カズキさん。もう少しですから」
タケルが気遣わしげに声をかける中、彼らは住宅街を抜け、交通量の多い国道を陸橋で越え、小さな川にかかる橋を渡った。
猛暑のせいか、昼下がりの人通りはまばらだった。
それでも、顔の左側に大きな傷跡を持つフォーマルな服装の青年と、顔半分が剥き出しの機械になっているナース服のアンドロイド、そして彼らを囲む笑顔の子どもたちという集団は、あまりにも異様で人目を引く。
すれ違う通行人は皆、ギョッとしたように彼らを振り返り、遠慮のない視線を浴びせてくる。そのたびにカズキは肩を強張らせ、居心地が悪そうに視線を地面に落とした。
そうして歩き続けること15分。
ハルが「ここ!」と指差したのは、彼らが通う小学校の裏手にある、古びた駄菓子屋だった。
木造の平屋建てで、軒先には色褪せた暖簾がかかっている。
中学生になって以降はすっかり足が遠のいてしまったが、タケルにとっても、昔は学校帰りによくたむろした懐かしい場所だ。
開け放たれた引き戸の奥からは、プラスチックのおもちゃが入ったガチャガチャを回す音や、子どもたちの賑やかな笑い声が漏れ聞こえてくる。
「この街には、こんな店もあるんだな……。知らなかったよ」
カズキが、汗を拭いながら感慨深げに呟いた。
彼の知るこの地域とは、ネットの情報と窓から見える景色だけだったのだ。
「入ろうぜ!」
ハルたちに背中を押され、カズキとイリスが店の敷居を跨いだ。
その瞬間、店内の賑やかな空気が、まるでスイッチを切ったように凍りついた。
店番台に座っていた白髪の上品な老婆---店主のおばあちゃんは、特別な反応を示すことなく「いらっしゃい」と声をかけるとニコニコ笑っていたが、店内にいた数人の小学生たちは違った。
彼らは手に持っていたアイスやゲーム機を取り落としそうなほど目を見開き、突然現れた異様な二人組に、驚愕の表情を浮かべた。
店の奥にある10円ゲームに興じていた、ハルの友人らしき男の子が、声を上げた。
「お、ハル、おせーぞ……って、一緒にいるの、誰だ?」
彼はその目を丸くしていた。
ハルたちは、自分たちの「新しい友達」を自慢できる機会だとばかりに、誇らしげに胸を張った。
「紹介するよ! この人がカズキさんで、こっちがイリスさんだよ!」
しかし、初対面の子どもたちの目には、二人の「友達」としての側面よりも、その強烈な「異質さ」が真っ先に映ったようだった。
一人の女の子が、イリスのナース服と機械の顔を見て、連想できる最も的確で奇妙な言葉を漏らした。
「……ナースのオバケ、と」
そして、カズキの顔の傷と、どこか陰のある雰囲気、そして噂話の特徴を一致させた男の子が、恐る恐る口にした。
「……オバケの被害者のお兄さん?」
駄菓子屋にいた子どもたちは、カズキとイリスの顔の傷や機械の露出を、「怖いもの見たさ」の強い興味を持って、興味津々かつ無遠慮に見つめた。
彼らの間には、大人たちが持つような社会的な偏見や嫌悪感はなく、ただ純粋な好奇心と、未知の存在に対する少しの畏れだけが存在している。
カズキは、「オバケ」という言葉に、一瞬だけ身体を強張らせた。過去の絶望が脳裏をよぎったのかもしれない。
だが、彼は子どもたちの瞳に悪意がないことを見て取ると、すぐに自嘲気味な笑みを浮かべた。
隣に立つイリスは、「オバケ」という非論理的な呼称にシステムエラーを起こすこともなく、冷静に子どもたちの顔をスキャンし、敵意の有無を解析している。
(まずいかな……)
タケルは、二人の心の壁が、子どもたちの無邪気な残酷さによって破られそうになっているのではないかと感じ、すぐにフォローに入ろうとした。
だが、その前にカズキが一歩前に出た。
彼は背筋を伸ばし、震える声を抑え込んで、自ら口を開いた。
「……突然お邪魔してすまないね。ぼくの名前はカズキ。彼らの……そう、友達で、君たちも噂で知っているだろう、あの『白い家』に住んでいる人だよ」
駄菓子屋にいた子供たちが、一斉に「ええーっ!?」と驚きの声を上げる。噂の「開かずの家」の住人が、現実に目の前にいるのだ。
「こっちはイリス。ぼくの大切なパートナーで、医療用アンドロイドだ。……言っておくが、2人ともオバケじゃないぞ」
カズキが少し悪戯っぽく付け加えると、続いてイリスが、スカートの裾をつまみ、人間には真似できない角度と速度で、完璧に整ったお辞儀を見せた。
「皆様、お初にお目にかかります。MAU-2502型アンドロイド、”イリス”と申します。マスターであるカズキ様をお支えするのが私の仕事です」
彼女の青い瞳が、静かに店内を見渡す。
「……私をオバケ扱いするのは構いませんが、カズキ様を『哀れな被害者』扱いするのはお止めくださいますよう、お願いいたします。マスターは被害者ではなく、私の最優先保護対象ですので」
そのきっぱりとした物言いに、店内がしんと静まり返り---次の瞬間、わっと歓声が上がった。
「すっげー! 喋った!」
「本物のアンドロイドだ!」
「ねえねえ、その顔どうしたの!?」
恐怖は好奇心へと上書きされ、子どもたちが二人を取り囲む。
カズキは揉みくちゃにされながらも、困ったように、しかしどこか嬉しそうに笑っていた。
お読みいただきありがとうございました。
既に執筆の方は全て完了しておりますので、
最後まで週2回程度のペースで更新していこうと思います。
もしよければお付き合いいただければ幸いです。




