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座頭の石 (ざとうのいし)  作者: とおのかげふみ
第五章

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ep.7 嫉妬

雨がしとしと降っている。


屋根を雨粒(あまつぶ)が叩き、地面の水溜まりが(あふ)れて川のように流れ乾く暇も無いほどだ。


本格的な梅雨(つゆ)が来た。

山中では、平地よりも早く梅雨の季節が早くやってくるのだろうか?


「また雨なの、買い物に行けやしない。お宅のとこはどうしてるの?」


「おい、また雨か? 仕事にならんぞ」


「洗濯物も溜まる一方。外で遊ばないで、汚れるでしょ」


「本当にもう、雨ばっかり」


平年より早い梅雨の訪れに、人々の会話は雨のことばかりになっていた。


雨が続くせいで、(よし)水茶屋(みせ)を開けることが出来ない。


家の(たくわ)えが、どれくらいあるのか分からないが、何の役にも立たないのに住まわせてもらってるのは申し訳ないと、


(わず)かでお恥ずかしいんですけど、食事代の足しにでも使って下さい」


ある日、(つる)はそう言って手持ちの金銭を由に差しだした。


由は眉をひそめそれを弦に押し戻すと、こう言った。


「つるちゃん。店でも家でも手伝いをしてもらって助かってるのに、給金が払えなくて申し訳ないと思っているのはこっちのほうよ... お願いだからこんなのは止めて頂戴」


「そんな、よしさんには十分良くして頂いてます。わたしは居候させてもらっている身で何も出来てないですから... 」


「そんな事ないわよ。本当に助かってるし、たえも喜んでるわ。それにね、こんな言い方も変だけどもう家族みたいに... 私は妹みたいに思ってるのよ。だから気にしないで」


弦はそう言われて、胸が温かくなると同時に恥ずかしさで逃げ出したくなった。


「つるちゃんが心配してくれるのは嬉しいけど少しは蓄えがあるから大丈夫。雨が止めば町からまた物売りが来るから、値切って買い溜めて置くの。いずれ雨も止むわよ。それまでの辛抱」


そう言って由は笑った。



そんな雨が降り続く今日も半日が過ぎて。


いま弦の前で由は、妙を膝枕で寝かせながら自分の着物を裁断した布を(つくろ)い、妙の身体に合わせて仕立て直している。


遅めの朝食の片づけをした後の夕食の下ごしらえをするまでの間、手持ち無沙汰(ぶさた)で弦は暇を持て余していた。


(いし)さん、全く帰って来ないし、つるちゃんも寂しい思いをしてるよね」


「私はそうですけど。いっさんは糸の切れた(たこ)みたいな人ですから、町で気楽に暮らしてますよ。気が向けばふらっと戻ってきますから」


弦は家を囲む戸板を打つ雨音に耳を(かたむ)け、心ここにあらずという感じで由から顔を(そむ)けている。


「いつもそうなの?」


「はい」


好奇心が頭を出して、由は二人の話を聞きたいと思ったが、興味本位でズカズカと立ち入ることは(はばか)られる。


自分にも人に話したくない過去があり、それは誰かが土足で立ち入って良いものではない。


そうやって、(しばら)く会話のない時間が過ぎていった。


戸口に目を向けていた弦が、ふと呟いた。


定吉(さだよし)さんは、晴れた日は必ずと言って良いほどいらっしゃるのに雨の日はあまり来られませんね。どうしてなんでしょう?」


「そうね。定吉さんも色々と忙しいから、雨の日くらいお(うち)でゆっくりしたいんでしょう」


雨の匂いとともに寒さがヒタヒタと家の中に入ってきた。

弦は身じろぎもせずに戸口を眺め、また呟く。


「こちらに来て、ゆっくりされたら良いでしょうに」


由は縫い針を置いて、黙って弦を見つめた。


「定吉さんに此処(ここ)に来て欲しいの? つるちゃん」


そう言った自分の心に、モヤモヤとしたモノが渦巻いている。

自分の中の嫉妬のような、そのおかしな感情に由は戸惑った。


それは由が好きじゃない感覚で、弦に自分がそんな感情を抱いていることに苛立った。


弦の異性に対する愛情は、石に向けられている。

彼女に定吉を想う気持ちなどあるはずがないと分かっていても、それでも嫌な感情は心に留まって消えない。


弦は、ゆっくりと由に顔を向けた。


「わたしが? ...よしさんではなくて?」


弦の視線は、由の心の機微(きび)を冷たく突き通してきた。

その眼力(めじから)に押されないように由は、強く弦を睨み返した。


弦は微笑みを浮かべた。

弱いところを強気で隠す、そんな心中を見透かしたような目。

背中がゾワっとした。


...彼女の年齢(とし)でどんなものを見て来たら、こんな眼差(まなざ)しができるようになるのだろう


喉元がゴクリと音を立てた。

由は、弦の視線に耐えきれず(うつむ)いた。


...怖い.


由は息を吸うと、勇気を振り絞り顔を上げた。

前を見ると、弦にはさっきまでの恐ろしさは無く、普段通りの愛らしい姿で、キョトンと目を丸くして由を見つめていた、


「いつも荷車を引いて送り迎えして頂くだけでは申し訳ないので、たまには一緒に食事でもされたらどうかと思ったのですが... 差し出がましかったでしょうか?」


「ごめんなさい」と弦は頭を下げた。


「あ、違うの、そういう意味じゃなくて」


由が慌てて、手を振りながら腰を浮かす。

すると、由の膝に頭をもたせ掛けぐっすりと眠っていた妙が、頭を床に落とした。


ゴン! と、大きな音がした。


「)《〔(・・«!ー!__:/〕」


少しの静寂の後、寝ぼけて起き上がった妙が大号泣し始めた。


「たえ、ごめんね。痛かった?」


「たえちゃん大丈夫? コブできてない?」


外の雨音よりも大音量の妙の泣き声が、部屋中に響いた。

二人とも妙を(なだ)めるのに必死で細かい事は忘れ、何日か立つとこれはただの笑い話になった。









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