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座頭の石 (ざとうのいし)  作者: とおのかげふみ
第五章

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ep.4 絶句

(よし)はその日に暇乞(いとまご)いを願い出た。

(すえ)は黙って受け入れたが、助五郎(スケゴロウ)はそれを知ると不満気な顔で言った。


「急いで辞める事は無いだろう。考えたほうが良いんじゃないか?」


助五郎は未練(みれん)たっぷりのようだったが、由の意思は固い。

陶が受け入れたというなら、助五郎も無理強いは出来ない。

最後には渋々「分かった」と承知した。


悪阻(つわり)はあったものの、由のお腹はまだそれほど目立っていない。

屋敷の奉公人にも、妊娠を気付かれずにいた。


妊娠の噂が広がる前に、陶は(ひそ)かに手を回し、身重(みおも)の由が安心して子供を産み育てられるよう、定吉(さだよし)に由の今後を託した。

定吉は、陶の頼みを(こころよ)く受け入れた。


由はソの郷に住まいを移すことになったが、少し問題があった。


その頃、助五郎に和久(わく)家を通して江戸から内密の通達があり、多の屋はその対応に追われていた。

それは、ソの河に橋をかけるという、幕府の命令である天下普請(てんかぶしん)の工事。

定吉は、助五郎から工事の責任者を任され、その準備に追われている。


その為、由が子供と暮らす家の立て直しに取り掛かれずにいた。

仕方なく、ソの郷に移り住む事が決まっても、由は屋敷に留まっている。


屋敷内での今までの仕事は、完全に手から離れていた。

忙しくしていた毎日が嘘のように、静かで平穏な日々を過ごす。

住めるようになったという連絡が来て、急にその翌日の朝、出ていく事となった。

身支度はとうに済ませていたので、一日をかけて部屋を隅々まで掃除して、後は明日の定吉の迎えを待つだけとなった日の夜。


由は、陶に呼びだされた。




数日前、陶は部屋替えをしていた。


その部屋は、廊下で繋がっているが屋敷の別棟にあり、広大な敷地内で表玄関からみれば奥の奥。

助五郎が集めた人相の悪い破落戸(ゴロツキ)どもが『(ラン)の部屋』と呼ぶ、その部屋に近い人気(ひとけ)が全くない場所。


時折、(すす)り泣く女の声や悲鳴が聞こえて来る事がある。

屋敷の奉公人が怖れ、毛嫌いする場所だった。


陶がその部屋に移ってから、部屋に足を踏み入れた者はいないと聞いていた。


あれほど社交的で、人と会うのが好きだった陶が、いまは誰とも会うことなく独りひっそりと暮らしている。

身の回りの世話をする奉公人とも、障子を隔てた廊下で最低限の会話をするだけで、顔を見せることがなかった。


その部屋で、陶が待っている。


由は、この場所に来るのも初めてで、少し迷いながら長く暗い渡り廊下を歩き、ようやく部屋に辿(たど)り着いた。


緊張から手足が震え、からからの喉は、唾を飲んでも(うるお)すことが出来ない。

なんとか絞り出した声は、自分のものとは思えないほど(しわ)がれていた。


「奥さま、 よしが参りました」


廊下から声をかけると、かすれた声で「入りなさい」と返事があった。





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