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座頭の石 (ざとうのいし)  作者: とおのかげふみ
第五章

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ep.2 約束

江戸に戻っても、仕事も無ければ住むあても無い。

お金も使い、帰る旅費も無い。

手に職も無く、吉原(よしわら)以外の世界を知らない(よし)にとって、世間は未知数の世界。

恐怖の方が先に立った。


由は数か月前、最後に清兵衛(せいべえ)と会った時、約束の証にと渡された手紙を持っていた。

やむにやまれず、その手紙を(すえ)に差し出した。


陶は黙って父の字と(おぼ)しきもので書かれた手紙を読み、ひとり納得したように頷いた。

そして考え込んだ後、二言(ふたこと)三言(みこと)、由に質問すると、こう言った。


貴方(あなた)が良いのなら、今日から、屋敷に住み込んで奉公人として仕事をしなさい」


そう言って手紙を畳の上に置き、由へと返した。


由が手紙を受け取るべきかどうか迷っていると、陶はクスッと笑った。

由よりも年上だけれど、引き込まれるような愛らしい笑顔だった。


後で知ったことだが、由が相手をするはずだった娘は、陶の父、清兵衛が家族には内密に囲っていた(めかけ)との子供だった。

大っぴらに出来ないから、わざわざ江戸で手習いをしてくれる相手を探し、遊女の中から選んだのも家族に知られないようにする為だったのだろう。


清兵衛は、亡くなった後に、あの世から娘に全てバレたのを見て、どんな思いをしてるだろうか?


清兵衛が亡くなってから、子供を抱えた妾の女性は生活に困り、恥を忍んで多の屋を訪ねて来た。

そこは本妻の住む所。

どれほど怖しかっただろうか、

しかも子毛(こげ)では名家の多の屋である。

部屋に通された女性は、(すえ)を見ると、怯えて黙り込んでしまった。


陶が見るその女性は、やつれた顔で髪に(くし)も通していない有様、着物も着古(きふる)して(こす)れたもので、妾の暮らしは決して優雅な生活では無かったようだ。


女性が地蔵のように固まっているだけなので、陶から声をかける。


「貴方は父よりずっと若いのに、なぜ父の子供を産もうと思ったの?」


まだ二十代くらいの女性で、陶の父とは釣り合わない。

もっと羽振りの良い暮らしができる相手も居ただろうにと、陶は疑問に思った。


その女性は、おどおどとしながらか細い声で応えた。


「だんなさん、とても優しいかったです。わたし、奥様に申し訳ない... 子供出来て、産みたかったです。ごめんなさい」


「そう... そうなのね」


「旦那様、いつも大丈夫か? 嫌な思いをしてないか? 聞きました。わたし人にやさしくされなかったから、嬉しかったです。ご飯食べれて、寝る所出来て、だんなさま奥様居るから、たまにしか会えない、でも幸せでいました」


女性の腕に、無数の傷跡が見て取れた。

彼女が今まで、どれほど辛い境遇だったのかが想像できた。きっと言葉の通り父の妾となり、毎日食事が出来て住むところがある。

たったそれだけの事だけど、彼女にとっては幸せな事だったのだろう。


「ごめんなさい」


女性は、迷惑をかけて申し訳ないと何度も謝った。

陶は取り敢えず、彼女が子供と二人で食べれるだけのお金を用意した。

そして、一人では子供を育てられそうにない彼女に、妻を亡くし身の回りのことに困っていた良人(りょうじん)後添(のちぞ)えになるよう説得した。


いまは、彼女はその男性と子供と一緒に子毛を去り、風の便りにどこかで幸せに暮らしていると聞いた。


陶は、父が家族に黙って何年も生活の面倒をみていた妾に対しても冷たくあしらわなかったように、突然現れて、江戸から父との約束でやって来たと話す元遊女の由に対しても、きちんと話を聞き、放り出そうとせず仕事と住む所を用意した。


陶の優しさは計り知れない。


陶の夫で、現在の多の屋の主人である助五郎(スケゴロウ)も、先代が約束した事だからと(こころよ)く受け入れてくれた。


...これで、明日から安心して生きていける


「働き始めるのは、屋敷にも慣れて、少し落ち着いてからで良いのよ」


と陶は言ったが、由は与えられた部屋に荷物を置くと、その日の内に屋敷の奉公人の先輩方に挨拶回りをした。

その夜は部屋の片付けをしてから眠る。

次の日は朝早く起きると、朝食の手伝いをして、当たり前のように働き始めた。


陶は、そんな由を気に入り自分の近くに置くようになった。

由は、陶の下で屋敷の家内仕事や問屋(みせ)の諸事の事など、多くの仕事を学んだ。


最初は、仕事を覚えるのに精一杯だったが、二十日もすると要領が分かり、少しは余裕も出来て、多の屋の事も分かってきた。


陶は、普段は元気そうに見えるが、体のどこかが悪いらしく、たまに部屋で寝ていることがあった。


ただ(とこ)()せながらでも、家内の用向きを奉公人に指示して、問屋業務も(おろそか)にはしない。


頭の回転が速く聡明で、商才もあった陶が、多の屋を動かしていると言っても過言ではない。


陶は冗談交じりに、言った。


「わたしが男に生まれてたらね」


と笑いながら。






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