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座頭の石 (ざとうのいし)  作者: とおのかげふみ
第四章

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ep.17 複製

弥切(やキり)は、冷めた顔で、冷めたおでんを(はし)でつついている。


「他にある? 一体何が言いたいんだ」


「二通かそれ以上か? ともかくもう一通は、確実に嘆願書があるということだ」


...もう一通? バカげた話だ。嘆願書のような大事なものが、何通もあるはずがない


「嘘を吐くな」


弥切は、定吉(さだよし)に向け、テーブル上に一枚の紙を(すべ)らせた。


「それを見ろ」


定吉は、紙を手に取ると睨むように見た。

焦げた後があり、端は切れ、(つたな)い文字で何か書いてある。


「これがなんだ? 子供が書いた手紙か?」


「字じゃなく内容を読め」


定吉は怒りを抑えながら、その紙をじっくりと見た。


『おそれながら書きつけをもってたんがんたてまつりたくそうろう

おわりの国かりばぐん子げのしゅく

おわりのかみだいかんのところわけし預かり

こげしゅくの町 多のやせいべえの子 すえ

こげのしゅく町代、多のやあるじ、すけごろうについて・・・』


定吉が呟く。


「・・・たんがん」


「嘆願書の残りだ。それだけが、なぜか焼け残った。すえの執念かもしれんな」


弥切は、箸を置いた。


「お前も、それを子供が書いた字だと言っただろう。俺はずっと、すえの下で便利使いをしてたから、すえが書いた文字は分かる。お前は、すえが嘆願書を誰かに代筆させたと思うか? それはおそらく、原本を写したもんだろうよ」


「写した?」


「そうだ。すえは、手紙でも礼状でも、人には任せず自分で書いた。まして、嘆願書なんてヤバいモノを自分で書かないはずがない。俺が見つけたそれは、すえが書いた嘆願書の写しってことだ」


弥切がその考えに確信を持っているのが伝わる。


「それが本当だとしてだ、なぜ?そんなことをする必要がある」


「それは、すえにしか分からねえな。知りたきゃお前が、墓にでも行って聞いてこいよ。 それは、すえの眠る枕の下に置いてあった。おそらく自分が死んだ後に見つかるようにと思ったんじゃないかと俺は思う


「見つけた者が、すえの字じゃないと気付けば、俺と同じように自筆で書いた同じ内容のものが何処かにあると思う。それに賭けたんじゃねえかな?」


...屋敷で見つかった嘆願書の内容は、必ず助五郎(スケゴロウ)へと伝わる。中身は、あの男が今まで築いていたものを、全て壊す力がある


この町のどこかに存在する嘆願書。

それが見つかるまで、助五郎が安心して眠れる日は一日も無いだろう...


「すえは、死んでも(殺されても)タダじゃ転ばなかった。(すげ)え女だよ」


ヒヒヒ と弥切はほくそ笑んだ。


「俺はな、すえが書いた嘆願書を持ってるのは、よしだと思ってるんだがな」


見上げると、定吉が驚いた顔で自分を見ている。


「他に考えられる奴は、いないからな」


そうして、定吉を見ながら酒を(あお)った。


...酒が水だ、味がしねえ


「お前聞いとけよ。よしに、嘆願書をお持ちですかね?ってよ」


「ふざけるな!」


定吉は、この件に(よし)(たえ)を巻き込むつもりはない。


「じゃあ、この話は終わりだな。ソの河の工事が終わり、ソの郷が子毛(こげ)の分村となれば、助五郎(ダンナ)権力(ちから)は今とは比べものにならないほど大きくなる


そうなりゃ、もう俺たちには手出しする術がない。ダンナはこの辺り一帯を支配して、俺たちは死ぬまで従うだけだ。そうだ、よしは誰に(はば)る事もなく、ダンナが自分の(モノ)にするだろうな。結局、お前がやってる事はそういう事だ、よしや、たえを奪われるために力を尽くしてる」


弥切は顔を背けると、定吉を追い返すように手を振る。


「もう用は無い。お前はただの能無しのバカだ、気付かないのか? お前は、この町をダンナにくれてやるために、ダンナの言いなりになって働いてる。見返りはなんだ? よしも、たえも自由も何もない老後に、ダンナに恨み言を吐きながら、(みじ)めに暮らすだけだ」


その言葉は、定吉の心に深く突き刺さった。

金縛りにあったように、一歩も動けない。


「・・・教えてくれ。なぜ、旦那はあれほど、よしさんに執着してるんだ。()れてるってことなのか?」


弥切は、嗤った。


「惚れた? 本当にお前はバカな奴だ。純情青年か? そんな綺麗なもんじゃねえ。もともとアレは、多の屋に来た時から助五郎(ダンナ)(モノ)だ。よしがどう思ってるかなんて、ダンナは気にも留めちゃいねえよ


堅気(かたぎ)の話じゃねえんだ。それに、たえは子種(たね)の分からねえ子供(ガキ)って云うじゃねえか? あれは、ダンナの子種を(はら)んだっていう(うわさ)もある。自分の子なら、ダンナが、たえに執着するのは当たり前だ。よしだってまだ若い、まだ二人、三人は産めるだろ」


ククク、と弥切は嗤う。


由や妙を侮辱(ぶじょく)する言い草に、定吉は両手で、弥切の胸倉むなぐらを掴み上げた。


「俺とやろうってか? いい度胸だが、此処(ここ)では()めとけよ」


「お前みたいな悪党(クズ)は、散々相手にしてきた。俺を舐めるな」


ハハハ と弥切が嘲笑(わら)う。


「そういう事じゃねえよ。ここで騒ぎを起こせば、お前も俺も面倒なことになるんだ。お前はまさか、屋台(ここ)で俺たちが会ってるのを、ダンナが知らないと思ってるのか?」


「なんの話だ?」


「俺は、この地方の代官でもあり、尾張(おわり)家代々の有力な旗本衆でもある和久(わく)家の次の当主。いま子毛(こげ)で面倒を見てる、ソの河の工事の見廻り役人の世話を任されてる


役人(そいつ)定吉(おまえ)の話を聞きたいと云うから、その間を繋ぐと云う建前で、お前と二人で会う事をダンナに許されてる」


弥切は、定吉の手を払いのけた。


「よしの暮らしを報告するお前のように、俺もお前との会話をダンナに報告している。お前が、どう思ってるか知りたいそうだ。ダンナは、お前が思ってるより、臆病でそして執念深い


「誰が敵かを探ろうと、周りが自分の事をどう思っているか、気を配り、裏切り者の種を見つけようとしてる。実になる前に潰すつもりなんだろう。俺にも監視を付けてる、間抜けな奴だがな」


「監視? 誰のことだ」


「いまは、女を買いに行ってるよ」


一人の男の姿が浮かんだ、八助(ハチスケ)だ。


「だから大袈裟(おおげさ)に騒ぐな、ダンナへの説明が面倒になるからな」


胸倉を掴んでいた手が所在なく、ぶらぶらと定吉の肩にぶら下がっている。

弥切は中途半端な脅しなど、すぐに見透かす。

とことんまで踏み込む気のない狂気は、この男には通じなかった。


「ともかくな、すえが書いた直筆の嘆願書が必要だ。それでなけりゃ、公儀(おかみ)物申(ものもう)すなんて無意味だろう。俺も思いつく限りを探してみたが、見つからなかった。他に託す奴は居ない、よしの他にはな


「ただ俺じゃ、よしから嘆願書の在処(ありか)を聞き出すことは無理だ。だから、お前だ。お前なら出来るだろう、よしから嘆願書の在処を聞き出せ」


定吉は呆然と立ち尽くした。






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